055 俺は忘れない
文字数 1,763文字
ヒイラギは、ライデンボクの村では重要な戦士だった。頭領の信任も厚く、盗賊団との戦いでは前線で奮闘し村を勝利に導いた。
舟着き場でカツラを逮捕しようとした際の言動で分かるように生真面目だ。馬鹿げたことを嫌う。でも執念深くない。良心的でユーモアに不足した、分をわきまえる副官タイプであった。親が村の出身ではなかったので、特権階級にはなっていない。それをひがむ男ではなかった。村民には厳格だが冷淡ではなかった。
川原でうずくまる人間がヒイラギだと気づいたとき、まずハシバミとツヅミグサは、超常現象でないと知り安堵した。続いて戸惑ってしまった。そして村に何かが起きたと気づく。
「カツラに声の正体を教えて、ここに連れてきてくれ」
ハシバミはランプをツヅミグサに渡す。「それと、ベロニカを村に報告へ行かせて。でも、誰も来させないように。武装して待機だ」
ツヅミグサが下流へ駆ける。ランプがなくなると、まいったな、すでに暗闇だ。と思う間もなく、火打石の音がした。むきだしのロウソクを持った顔が浮かび上がる。汚れて疲れた若い男。髭はまだらだ。
「君を信じていいかな。僕らは昔でいう一文無しだ。辛い目にもあってきた。そして頭 は病気だ。助けてほしい」
ハシバミは、その男が舟着き場に現れた上士の一人であることに気づいた。名前は知らない。千人いない村だったけど、カブの仕業で世代単位か隣組単位で実質的に隔離されてきた。だから言葉を交わした人のが少なかった。
「お前はなんで、この人を野ざらしにして隠れていた?」
「君たちの気配がして逃げた。ヒイラギのお頭を動かせなかった。いまのお頭は野犬にも勝てないし、僕もかもしれない」
「君は僕を知っているか? 僕はライデンボク頭領の村から――」
ハシバミが言いかけたとき、ランプが近づいた。
「ヒイラギさんだと?」
カツラはうずくまる人を見て目を丸くしたが、すぐに腰を落とす。「ヒイラギさん、俺だよ、カツラだ。あんたが俺を呼んだのだな」
ヒイラギはカツラを見返すだけだ。
カツラがロウソクを持つ男を照らす。
「なんだ、ブルーミーかよ。ほかに誰がいる?」
「げげ、まじにカツラかよ? 奇跡じゃね? ……僕だけだ。僕とお頭だけ」
「……カツラか。やっとお前を見つけた」
ヒイラギが安堵したように言う。「君も覚えている。ハシバミだ。褐色の肌の君は……」
「彼はツヅミグサです」ハシバミが答える。「ヒイラギさん、まずは移動しよう。ここから十分ほど登れば建物がある。そこに仲間がいる。ここだと危険だ」
「はは。――お頭。森の人間が川の人間に言いました。さて、なんと言ったでしょう?」
ブルーミーの問いかけに、ヒイラギがぽかんとする。
「正解は、あっ人間だ。ここは危ないな」
毒があることを言いやがって。ハシバミはブルーミーを睨む。
「こいつを咎めないでくれ。こいつの口うるさいおしゃべりがなかったら、私はとっくに行き倒れていた。そして、そこへ行かせてもらうよ。……野犬が追ってこない。ここには近づきたくないみたいだな。他の縄張りか、それとも君たちを恐れているのか」
ヒイラギが立ち上がる。
*
ランプとロウソクだけで五人が傾斜を登るのはたいへんな手間だった。ツヅミグサが笛を二度鳴らす。意外なほどすぐに笛の返事が戻ってきた。続いて灯りが見えた。
ツユクサが一人で降りてきた。
「早すぎるぞ。待機していろと、ベロニカに言われなかったか?」
ハシバミが強い口調で言う。
「ごめんなさい。独断で来た。でも明かりが必要だよね」
ツユクサはもう一つランプを持っていた。
叱るのは後日だ。たいした勇気だと感心したし、助かりもした。それほどペースが上がることなく六人は丘を目指す。この道も整備しないとなと、ハシバミは思う。
***
「静かにしてくれ」
焚き火を囲む仲間たちに、カツラが言う。
「そう。ヒイラギさんとブルーミーだ。彼らになにがあったか知らないけど、二人とも疲れている。だから今夜は建物で休んでもらう。俺も疲れたから一緒にひと休憩する。飯は俺のぶん残しておけよ」
それからカツラが振り向く。ハシバミを見る。
「君は、呼ばれた俺の代わりに飛び出してくれた。ハシバミ。俺は忘れないぜ」
カツラを先頭に三人はクラブハウスの廃墟へ向かう。ランプが見えなくなる。
舟着き場でカツラを逮捕しようとした際の言動で分かるように生真面目だ。馬鹿げたことを嫌う。でも執念深くない。良心的でユーモアに不足した、分をわきまえる副官タイプであった。親が村の出身ではなかったので、特権階級にはなっていない。それをひがむ男ではなかった。村民には厳格だが冷淡ではなかった。
川原でうずくまる人間がヒイラギだと気づいたとき、まずハシバミとツヅミグサは、超常現象でないと知り安堵した。続いて戸惑ってしまった。そして村に何かが起きたと気づく。
「カツラに声の正体を教えて、ここに連れてきてくれ」
ハシバミはランプをツヅミグサに渡す。「それと、ベロニカを村に報告へ行かせて。でも、誰も来させないように。武装して待機だ」
ツヅミグサが下流へ駆ける。ランプがなくなると、まいったな、すでに暗闇だ。と思う間もなく、火打石の音がした。むきだしのロウソクを持った顔が浮かび上がる。汚れて疲れた若い男。髭はまだらだ。
「君を信じていいかな。僕らは昔でいう一文無しだ。辛い目にもあってきた。そして
ハシバミは、その男が舟着き場に現れた上士の一人であることに気づいた。名前は知らない。千人いない村だったけど、カブの仕業で世代単位か隣組単位で実質的に隔離されてきた。だから言葉を交わした人のが少なかった。
「お前はなんで、この人を野ざらしにして隠れていた?」
「君たちの気配がして逃げた。ヒイラギのお頭を動かせなかった。いまのお頭は野犬にも勝てないし、僕もかもしれない」
「君は僕を知っているか? 僕はライデンボク頭領の村から――」
ハシバミが言いかけたとき、ランプが近づいた。
「ヒイラギさんだと?」
カツラはうずくまる人を見て目を丸くしたが、すぐに腰を落とす。「ヒイラギさん、俺だよ、カツラだ。あんたが俺を呼んだのだな」
ヒイラギはカツラを見返すだけだ。
カツラがロウソクを持つ男を照らす。
「なんだ、ブルーミーかよ。ほかに誰がいる?」
「げげ、まじにカツラかよ? 奇跡じゃね? ……僕だけだ。僕とお頭だけ」
「……カツラか。やっとお前を見つけた」
ヒイラギが安堵したように言う。「君も覚えている。ハシバミだ。褐色の肌の君は……」
「彼はツヅミグサです」ハシバミが答える。「ヒイラギさん、まずは移動しよう。ここから十分ほど登れば建物がある。そこに仲間がいる。ここだと危険だ」
「はは。――お頭。森の人間が川の人間に言いました。さて、なんと言ったでしょう?」
ブルーミーの問いかけに、ヒイラギがぽかんとする。
「正解は、あっ人間だ。ここは危ないな」
毒があることを言いやがって。ハシバミはブルーミーを睨む。
「こいつを咎めないでくれ。こいつの口うるさいおしゃべりがなかったら、私はとっくに行き倒れていた。そして、そこへ行かせてもらうよ。……野犬が追ってこない。ここには近づきたくないみたいだな。他の縄張りか、それとも君たちを恐れているのか」
ヒイラギが立ち上がる。
*
ランプとロウソクだけで五人が傾斜を登るのはたいへんな手間だった。ツヅミグサが笛を二度鳴らす。意外なほどすぐに笛の返事が戻ってきた。続いて灯りが見えた。
ツユクサが一人で降りてきた。
「早すぎるぞ。待機していろと、ベロニカに言われなかったか?」
ハシバミが強い口調で言う。
「ごめんなさい。独断で来た。でも明かりが必要だよね」
ツユクサはもう一つランプを持っていた。
叱るのは後日だ。たいした勇気だと感心したし、助かりもした。それほどペースが上がることなく六人は丘を目指す。この道も整備しないとなと、ハシバミは思う。
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「静かにしてくれ」
焚き火を囲む仲間たちに、カツラが言う。
「そう。ヒイラギさんとブルーミーだ。彼らになにがあったか知らないけど、二人とも疲れている。だから今夜は建物で休んでもらう。俺も疲れたから一緒にひと休憩する。飯は俺のぶん残しておけよ」
それからカツラが振り向く。ハシバミを見る。
「君は、呼ばれた俺の代わりに飛び出してくれた。ハシバミ。俺は忘れないぜ」
カツラを先頭に三人はクラブハウスの廃墟へ向かう。ランプが見えなくなる。