第125話「エリンとヴィリヤ③」
文字数 2,764文字
ふたりが話そうとしているのは、いわゆる『コイバナ』だ。
女子の好きな話題のひとつだが、自然な流れでそうなっただけで、別に意識はしていなかった。
何度かヴィリヤは、深呼吸する。
心のうちを、秘めたる思いを話すのには、少し勢いが必要だから。
「エリンさん、私がダンをこの世界へ召喚した
「…………」
エリンは無言で頷いた。
当然、エリンは知っている。
今迄の『全て』を、ダンから聞いていたから。
でも、本来は許されない事である。
昔のヴィリヤなら、酷くダンを咎めていただろう。
何せ、『勇者ダン』の事はエルフの国イエーラとアイディール王国間、限られた者しか知らない国家機密なのだから。
当事者以外の『第三者』へ、むやみに告げる事は重大な『契約違反』となる………
しかし、エリンはダンの『妻』である。
ふたりの様子を見ると分かる。
人生を共に歩む者へ、お互いに全てを明かし、身も心も預けた……
と、いう事なのだろう。
ヴィリヤはまさか、ダンが自分以外の女へ目を向けるとは考えていなかった。
お仕置きをされてから、分かり合え、愛が芽生えたと信じていた。
ヴィリヤはまだ、理解していない。
ダンが、ヴィリヤの『面倒』を見ているのは……
単に『仕事上の付き合い』だけなのに、ヴィリヤは自分がダンから愛されていると思い込んでいる。
愛する者同士、秘密を共有している……
そんな、大いなる誤解があったのだ。
ヴィリヤは強い視線を感じる。
見れば、エリンが睨んでいた。
「ヴィリヤ、貴女……ダンへした事、反省してる?」
「え? も、もしかして……」
「ええ、ダンへ散々酷い事言ったし、無茶もしたでしょ?」
今なら思い当たる。
相手へ思い遣れる気持ちを持ったヴィリヤなら。
だから、エリンから言われ、素直に反省出来る。
エリンの指摘が、大好きなダンの事だから……尚更である。
「………はい、私は未熟でした。今も世慣れたとは言えませんが、ダンを召喚した頃の私は思い上がった子供でした」
「そうかもね、だからお尻ぺんぺんされたんだよ」
「え? お、お、お尻!?」
「そう! ダンにお尻ぺんぺんされて、叱られたでしょ?」
エリンから出た衝撃の発言。
ヴィリヤにとっては、永遠に隠したい『黒歴史』である。
当然ながら、ヴィリヤの顔は真っ赤になる。
「う、うわぁぁ! お、お尻ぺんぺん!? そ、そ、そんな事まで聞いたのですかっ!」
「うん! 聞いてるよ」
エリンの声を聞き、ヴィリヤの興奮が醒めて行く。
自分がお仕置きされたのを知っているのも、当たり前かもしれない。
妻であるエリンは、全てを知っているのならと。
「確かに叱られました……でも、あの時私は……ダンから絶対に乱暴されると思いました。貞操の危機だと怯えていました」
思い出す、ヴィリヤの目が遠い……
あの日、怒ったダンの魔法で自由を奪われ……
「ごろり」と芋虫のように、床へ転がされ……
抱えられ、尻をむき出しにされた時は……絶望しかなかった。
本当に……怖かった。
声も封じられ、無言で悲鳴をあげ、泣き叫んでいた。
話を聞いたエリンは口を尖らせた。
ダンに対する信頼が、エリンに反論させる。
「乱暴って? 女性にムリヤリ、エッチするって事? もう! ダンはそんな事するわけないじゃん」
「はい! エリンさんの言う通りです。ダンは女性に対し、嘘や暴力を使って性的欲望を満たすなど、不埒な事は絶対にしません」
「だったら、何故?」
「ダンはそうですが、世間一般の男は違うじゃないですか? 女が隙を見せると男はケダモノになる! 私はゲルダや、王宮のパトリシア様からそう習いました」
ヴィリヤの言う通りかもしれない。
街や酒場でエリンに声を掛け、口説こうとした男達には、欲望がはっきりと表れていた。
人目がなければ、力づくで!
という、
はっきり言って、思い出したくもない。
ヴィリヤの言う事は、確かに事実だ。
エリンは、肯定するしかない。
「う! それは認める」
エリンが同意したのを見て、何故か、ヴィリヤは勝ち誇る。
今迄は防戦一方だったのが、「一本取れた!」と感じて嬉しいのかもしれない。
「宜しい! では……話を戻しますと、仰る通り、あれで私の目は覚めました。ソウェルであるお祖父様も、お父様も絶対にあんな事しませんから」
ヴィリヤにとっては、初めての『お仕置き』
お尻ぺんぺんは、相当『強烈』だったようだ。
エリンは、ほんの少しだけ苦笑していた。
思い出し笑いに近い、想像である。
「でも、ダンは手加減してくれたでしょ……」
「ええ……後から考えれば………私のお尻を打つ手には、全然力を入れていませんね……」
「じゃあ、痛くはなかったよね?」
「はい……でも、あの時は痛みより、怖さと恥ずかしさの方が勝っていましたから……さすがに泣いてしまいました」
「…………」
「でもそれ以来、壁が消えました……」
「壁?」
「はい、召喚してからずっと、ダンは私に対して何となくよそよそしかった……すなわち壁がありました」
「…………」
『壁』があるのは当然である。
ヴィリヤは、召喚したダンに対し、思い遣りもなく、傲慢な態度をとっていたから。
「でもあの件以来、思いっきり遠慮なく物言いをしてくれるようになりました……言ってくれる事は、面白く興味深い内容で、全部私の為になるものばかりでした」
「…………」
ダンは……優しい。
エリンは、改めて思う。
心の底から反省したヴィリヤを許し、ちゃんと受け入れてやったのだ。
エリンが、気が付けば……ヴィリヤの目は潤んでいる。
熱に浮かされたようになっている。
これは、恋する乙女の目だ……
「ダンは私をいつも助け、足りないものを補ってくれる……物言い自体は結構、厳しいですが、優しく気遣ってくれる。王宮魔法使いという立場の私の為、恥をかかさないように、常に立ててくれる。私をちゃんと褒めてもくれる……」
「…………」
「ダンと居れば、私は成長出来る……日々、はっきり実感していました。そして気が付いたらダンを好きになっていました……以上です」
「…………」
「さて……私は、全て言いましたよ、今度はエリンさんの番です」
ヴィリヤはそう言うと、エリンを正面から、「じっ」と見据えたのであった。