第94話「昼間から不謹慎な!」

文字数 2,512文字

 ニーナの正体を見極めようと、声を張り上げんとするヴィリヤ。
 しかし!

「ヴィリヤ様!」

 部下のゲルダが声を掛けた。

 ふたりが立つ、ここは店の入り口。
 ニーナとヴィリヤが話している間に、長い行列が出来ていた。
 英雄亭が人気店ゆえ、ヴィリヤ達の後ろに新たな客が並んでいたのである。

「ヴィリヤ様……このまま話していては他の者の迷惑となります。とりあえずこの子に案内して貰いましょう。貴女、お名前は?」

 さすがに、ゲルダは冷静である。
 今迄、居酒屋(ビストロ)へ入った事はなかったが、少なくともヴィリヤよりは世間慣れしていた。

 ゲルダに聞かれて、ニーナは即答する。
 「ホッ」とした。
 やっと、まともな会話が出来るからだ。

「ニーナです、お客様」

「じゃあ、ニーナさん。2名で食事をしたいの、案内をお願い出来る?」

「はい、かしこまりました!」

 安堵の表情を浮かべるニーナに案内されて、ヴィリヤとゲルダは席に着いた。
 ふたりが見渡すと、この店の客は殆どが冒険者のようである。
 まだ日も高いのに皆、酒を飲んでいた。
 酔っぱらっている者も大勢居る。
 英雄亭のみならず、この国の居酒屋(ビストロ)に見られる日常の光景であった。

 だが、ヴィリヤは眉をひそめる。
 彼女には酒を飲むのは絶対に夜、且つ静かに少量だけという自分で決めたローカルルールがあった。
 
 元々は、父から躾けられた教えであるが、絶対に正しいと信じている。
 だから外で飲むのは、王宮で開かれる年数回の晩餐会だけ。
 それも乾杯のグラスに、軽く口をつける程度だ。
 
 昼間から、飲んで酔って騒いでいる周囲の客は、何て不謹慎だと思う。
 そんな事を考えていたら、ニーナの声で現実に引き戻される。

「お客様、まずお飲み物をお願いします」

「飲み物?」

 首を傾げるヴィリヤに、ゲルダがフォローを入れる。

「ヴィリヤ様、この子の言う通りにしましょう。まず、飲み物を注文(オーダー)する形式みたいですよ」

「飲み物……」

 再び、繰り返したヴィリヤへ、ニーナは元気良く返事をする。

「はい! 絶対ではありませんが、皆さん、そうされます」

 返事をしたニーナを見ると、爽やかな笑顔を浮かべていた。
 
 「やはり!」とヴィリヤは思う
 自分の直感は、間違ってはいない。
 この少女が、ダンの『もうひとりの妻』なのだと。
 以前会ったエリンという少女、『自称ダンの妻』に比べると、だいぶ素直だなと感じる。
 ニーナを凝視するヴィリヤへ、ゲルダが再び促す。
 このままではまた、入り口での二の舞となってしまうから。

「ヴィリヤ様、飲み物を注文しましょう」

「分かりました! では……ハーブティーを頂きたいわ!」

「ハーブティ?」

 ニーナは、首を傾げる。
 他店は知らないが、冒険者向きの居酒屋である英雄亭にはないメニューだ。
 ヴィリヤが、「酒は飲みたくない」と感じたから、代用品を勧める。

「お客様、あいにく当店にハーブティはございません……代わりに温かい紅茶で宜しいですか?」

 メニューになければ、普通は代用になる違うモノを注文する。
 飲食店へ入った時の『作法』である。
 しかし、ヴィリヤは妥協するという『作法』を知らない。

「紅茶!? 貴女は何を言っているの? 何故ハーブティが無いのですか?」

 何故無い? と言われてもニーナには答えようがない。
 店主モーリスの、判断だからである。
 
 基本的には、滅多に注文されない品は置かない。
 英雄亭のような居酒屋(ビストロ)で、ハーブティを頼む客などは皆無であるから。

「申し訳ありませんが……」

 ニーナがやんわりと断っても、ヴィリヤは納得しない。

言語道断(ごんごどうだん)! ハーブティはエルフが一番好む飲み物なのですよ! この店に無ければ急いで取り寄せなさい! 分かりました?」

 店のメニューにないものを取り寄せろ?
 ニーナが街中で目にするエルフは高慢だが、そこまで常識外れではない。
 しかし……ヴィリヤはそのような常識が全く無かった。

 断固としたヴィリヤの口調を聞いて、ニーナは困り、口籠ってしまう。

「ええっと……」

 こうなると、ヴィリヤの要求は止まらない。
 益々、エスカレートして行く。

「何を愚図愚図しているのですか? これは命令です! 店員、大至急手配しなさい、そして適温にして速やかに持って来るように!」

「も、申し訳ありませんが……ご対応しかねます。当店には紅茶とジュースはありますのでどちらかをお選び下さい……」

「店員! 私の命令が聞けないのなら厳罰に処します! そして……」

 ヴィリヤは言い放つと、すっくと立ちあがる。
 ゲルダは、悪い予感がした。
 果てしなく暴走する、ヴィリヤの波動が伝わって来たのだ

「ヴィリヤ様、駄目です!」

 しかしゲルダの制止は、ヴィリヤにはきかなかった。
 英雄亭に響き渡る大きな声で、ヴィリヤは叫んでしまったのである。

「そこで昼間から酒を飲んでいる方々! まだ明るい昼間から何という不謹慎な! お酒は夜、静かに少量を飲むものです! 即、飲むのは中止! 飲んでいるお酒は直ちに口から吐き出しなさい」

 店内が一瞬、「しいん」となった。
 酒に酔った冒険者は、気が大きくなっている。
 そして酒は楽しく飲む以外、ストレス発散の為に飲む場合が多い。

 ヴィリヤに向かって、非難の眼差しが集中した。
 罵声も上がる。
 何人かの冒険者は怒りの余り、立ち上がる。
 運が悪い事に、エルフ族とは犬猿の仲である、ドワーフ族の冒険者も居たから始末が悪かった。

 と、その瞬間。

「こら! 馬鹿エルフ! 無理ばかり言って! エリンの可愛い妹、ニーナを虐めないで!」

「おいおい、ヴィリヤ。お前は本当に常識外れだぞ」

 腕組みをして、睨んでいるのはエリン。
 そして意外な事に、調理人の服を着たダンがヴィリヤの前に現れたのであった。
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登場人物紹介

☆ダン・シリウス

本作の主人公。人間族の男子。

魔法、体術ともに圧倒的な強さを誇る魔法使い。

特に火と風の魔法を得意とする。

飄々とした物言いだが、性格は冷静沈着、情に厚い部分も。但し、女性に対しては基本的に奥手。

召喚された異世界で、創世神の神託が出る度、世界へ降りかかる災いを払う役目を負わされた。

だが王都暮らしを嫌い、一旦役目を果たせば、次の神託まで、普段は山里に隠れるように住んでいる。

ある時『世界の災厄である悪魔王』を倒す仕事を請け負い、絶体絶命のピンチに陥ったエリンを、偶然に助けた。

☆エリン・ラッルッカ

地の底深く暮らす、呪われしダークエルフ族の王女。地の魔法の使い手。

突如、攻めて来た悪魔王とその眷属により、父と一族全員を殺される。

しかし、悲しみに耐え、前向きに生きると決意。

絶体絶命の危機を救ってくれたダンと共に、地上へ……

ダンの自宅へ強引に『押しかけ』た。

☆ヴィリヤ・アスピヴァーラ

エルフ族の国、イエーラから来た、アイディール王国王宮魔法使い。

水の魔法の使い手。エルフ族の長ソウェルの孫娘。

ダンを異世界から、『勇者』として召喚した。 

傲慢な振る舞いを、ある日ダンからたしなめられ、以来熱い想いを抱くようになる。

☆ニーナ

人間族の国アイディール王国王都トライアンフ在住の女子、ビストロ英雄亭に給仕担当として勤める。孤児であり、両親は居ない。双子の兄が居たが、ある迷宮で死んだらしい。

以前店で仕事中、ガラの悪い冒険者に絡まれた。だが、ダンに助けられ、彼に片思い状態である。

☆ベアトリス・アイディール

アイディール王国王女にして、創世神の巫女。

ある日突然、巫女の力を得ると共に、身体の自由を殆ど失い、更に盲目となった。

ダンに神託を与え、世界へふりかかる災厄を防ぐ。

巫女として役目を果たす事に生き甲斐を感じながら、自らの将来に対し、大きな不安を抱えている。

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