第4話 「神の代理人」

文字数 2,315文字

 ダンにより、横抱きにされたエリン。
 今迄と打って変わって、笑顔で抱かれたエリンを見て、アスモデウスが憎々し気に罵る。

「うじ虫人間がぁ! 我が花嫁をずうずうしく抱くとは……下郎め!」

 しかしエリンは、嫌悪感を(あらわ)にする。
 どうやらアスモデウスから、勝手に『嫁扱い』されたのが気に入らないようだ。
 菫色の瞳を怒りに染めて、きっぱりと言い放つ。
 
「勝手に決めないで! いつ誰がアンタの花嫁になったのよ! まるで寝取られみたいに言わないで、気持ち悪いっ」

 何と!
 エリンの口調が、先程と180度変わっていた。
 今迄の王女然とした言葉遣いが怒りの余り、急に蓮っ葉なものになっている。
 しかしこれが本来、エリンの『素』のようであった。
  
 エリンから思いっきり拒否られたアスモデウスは、音が鳴り響くほど、凄まじく歯ぎしりする。

「ぎぎぎぎぎ! エリ~ン、今ならまだ許してやる。うじ虫人間の手を振り払って余の(もと)へ来い」

「イーダ! おとといおいで! あんたに抱かれるくらいなら、エリンは死んだ方がマシよ」

 「べ~っ」と舌を出し、再度拒否したエリン。
 アスモデウスの下へ行くどころか、ダンに縋りついて甘えている。

 ダンといちゃつくエリンを目の当たりにして、とうとうアスモデウスは『切れた』ようだ。

「くははっ! よくぞ言った、仕草や言葉遣いまで下種女になり下がりおって……こうなったら仕方がない。おい、うじ虫人間! 貴様を倒せばそんな性悪下種女を娶らぬとも釣りが来るわぁ」

 だが、アスモデウスの捨て台詞的な『反撃』に今度はエリンが切れた。

「な! そんな性悪下種女って!? 何言っているの!? あんたみたいな超が付く下劣な最低悪魔に言われたくなぁい。ううううっ、エリンを馬鹿にして! ゆ、許さな~いっ」

 怒ったエリンを見て、だいぶ溜飲が下がったに違いない。
 余裕が出たらしいアスモデウスが、ダンに向かって、せせら笑う。

「ぎゃはははは! うじ虫人間よ、お前のような、矮小な下郎に触れられた汚らわしい女などくれてやる! もう金輪際要らぬわ」

 アスモデウスの挑発に、エリンはもう怒り心頭である。

「悔しい! ダ~ン、あいつの事、めっためたにやっつけて! ぶちのめして!」

「おお、任せろっ!」

 ダンは、ふたつ返事で気安く請け負った。
 聞いた、アスモデウスが一喝する。

「馬鹿がっ! 余を舐めおって! 汚らわしいうじ虫と売女(ばいた)め、骨も残さず我が炎により焼かれるが良い!」

 アスモデウスは、大きく息を吸い込んだ。
 騎乗されている竜も、主と同じく「かあっ」と大きく口を開ける。 

 その瞬間。
 アスモデウスと竜の口から、灼熱の炎が吐かれたのである。
 これこそ、アスモデウスが持つ武器のひとつ煉獄の炎(ゲヘナ)だ。
 冥界で永遠に燃え続ける恐るべき業火であり、地上のものなどすべて焼き尽くしてしまう。

 しかしダンは、全く表情を変えない。
 左手でしっかりとエリンを抱きながら、すっと右手を挙げたのである。

 アスモデウスと竜から吐かれた炎がダン達を襲い、瞬時に塵にするかと思えた瞬間。

 何と!
 不思議な事が起こった。
 アスモデウスと竜から放たれた灼熱の炎が、だんだんと小さくなり、ダンの手に吸い込まれるようにして消え去ったのである。
 そして煉獄の炎(ゲヘナ)が吸収されると同時に、ダンの身体が眩く輝き出していた。

 アスモデウスが驚愕している。

「ば、馬鹿な! 何物も焼き尽くす我が煉獄の炎(ゲヘナ)を魔力として吸収しただと!? こ、これが神の代理人(エージェント)の力なのか!?」

 アスモデウスの吐いた聞き慣れない言葉にエリンが首を傾げる。

「ダンが? 神の代理人(エージェント)!?」

「はぁ? 俺もそんなの知らねえなぁ……」

 エリンと同様、ダンも心当たりがないらしい。
 ダンの言葉を聞いたアスモデウスがわめき散らす。

「き、貴様! 自分が何者か、どんな力を持つのか、全く分かっていないのか!?」

 しかし、ダンの目は醒めている。

「知らねぇ……そんなの今更どうでも良いよ」

 アスモデウスが拘る『神の代理人(エージェント)』に対して、ダンは全く興味がないらしい。
 しかしアスモデウスがここまで拘るとは……
 神の代理人(エージェント)と呼ばれる存在が、とてつもない凄いものらしいという事だけを、エリンは感じたのである。
 
「ぎぎぎ、き、き、貴様ぁ! どうでも……良いだとぉ」

「ああ、神の代理人(エージェント)など、どうでも良い……俺は頼まれた仕事をするだけさ……おっさん、もう御託は聞き飽きたぜ。……そろそろ死ね」

 ダンが、鋭い視線を飛ばした。
 どうやら『仕事』を完遂させるらしい。
 しかしアスモデウスは、噛みながらも胸を張る。

「ば、馬鹿が! 大魔王は不死! 故に未来永劫不滅だ! 余は誰にも殺せなぁい! いかにお前が神の代理人(エージェント)でも殺せるものかぁ」

 確かにアスモデウスの言う通り、悪魔は死を超越した存在だ。
 逆ならともかく、人間が悪魔を殺す話など聞いた事がない。

 エリンはダンに抱かれながら、固唾を飲んでやりとりを見守っていた。

「不死だって? お前がか? 果たしてそう……かな?」 

 ダンは「ふっ」と笑う。

「ど、どういう事だ!?」

 不敵に笑う、ダンの表情を見たアスモデウスは、不安が黒雲のように広がったのであった。
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登場人物紹介

☆ダン・シリウス

本作の主人公。人間族の男子。

魔法、体術ともに圧倒的な強さを誇る魔法使い。

特に火と風の魔法を得意とする。

飄々とした物言いだが、性格は冷静沈着、情に厚い部分も。但し、女性に対しては基本的に奥手。

召喚された異世界で、創世神の神託が出る度、世界へ降りかかる災いを払う役目を負わされた。

だが王都暮らしを嫌い、一旦役目を果たせば、次の神託まで、普段は山里に隠れるように住んでいる。

ある時『世界の災厄である悪魔王』を倒す仕事を請け負い、絶体絶命のピンチに陥ったエリンを、偶然に助けた。

☆エリン・ラッルッカ

地の底深く暮らす、呪われしダークエルフ族の王女。地の魔法の使い手。

突如、攻めて来た悪魔王とその眷属により、父と一族全員を殺される。

しかし、悲しみに耐え、前向きに生きると決意。

絶体絶命の危機を救ってくれたダンと共に、地上へ……

ダンの自宅へ強引に『押しかけ』た。

☆ヴィリヤ・アスピヴァーラ

エルフ族の国、イエーラから来た、アイディール王国王宮魔法使い。

水の魔法の使い手。エルフ族の長ソウェルの孫娘。

ダンを異世界から、『勇者』として召喚した。 

傲慢な振る舞いを、ある日ダンからたしなめられ、以来熱い想いを抱くようになる。

☆ニーナ

人間族の国アイディール王国王都トライアンフ在住の女子、ビストロ英雄亭に給仕担当として勤める。孤児であり、両親は居ない。双子の兄が居たが、ある迷宮で死んだらしい。

以前店で仕事中、ガラの悪い冒険者に絡まれた。だが、ダンに助けられ、彼に片思い状態である。

☆ベアトリス・アイディール

アイディール王国王女にして、創世神の巫女。

ある日突然、巫女の力を得ると共に、身体の自由を殆ど失い、更に盲目となった。

ダンに神託を与え、世界へふりかかる災厄を防ぐ。

巫女として役目を果たす事に生き甲斐を感じながら、自らの将来に対し、大きな不安を抱えている。

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