第12話「いきなり、お泊り③」

文字数 2,352文字

 ダンとエリンが、厨房で作業を始めてから1時間後……

 夕飯の支度が終わり、表面が節だらけの素朴な木製テーブル上に、料理がいくつか並んでいた。
 ウサギ肉と野菜のスープ、野菜サラダ、そしてスクランブルエッグというシンプルなメニューであった。
 ダンとしては、焼きたてのパンも欲しいところであったが、あいにく材料が切れていた。

 スクランブルエッグを見たエリンが、何故か悔しそうな顔をする。
 どうやら……料理にチャレンジして、上手く行かなかったようだ。

「う~! 卵が上手く割れなかった……がっくり」

「ははは、最初は慣れないと難しいな」

「うん! 何度やっても殻が入っちゃうのぉ」

 王族であるエリンは、生まれてから料理をした事がない。
 今迄は、王家専属の料理人がすべてやってくれた。
 しかし風呂での事といい、エリンは臨機応変さに優れている。

 エリンが入ってみて、改めて分かったが……
 ダンの家に、人間はダンとエリンのふたりきりだ。
 後は古文書の絵でしか見た事がない犬と猫、そしてニワトリという奇妙な動物達も居る。
 だが、彼等に家事が出来るわけはない。
 家臣や使用人が居ない、と言う事は自分達がやらなくてはいけない。

 自分で全て行うという事に気付いたのは、ダンがエリンの為に風呂の支度をしてくれた時だ。
 そこからエリンは、何か自分に出来る事はないかと心がけていた。
 必要な事が発生したら、自分でやりたいと申し出たのである。
 夕飯を作る際も、同じであった。

 ダンは、エリンの申し入れを快く聞き入れてくれた。
 簡単な作業ではあったが……
 スクランブルエッグ用の、ニワトリという鳥の卵を割る事を、命じてくれたのである。
 しかし、なかなか上手くはいかなかった。
 何度やっても、殻の破片が入ってしまうのだ。

 破片は取れば済むのだが、しまいには綺麗な形をした黄身も潰れてしまったりして、エリンはちょっと「いらっ」としてしまった。

 むくれるエリンを、ダンが笑顔で励ましてくれる。

「ははは、どうせかき混ぜるスクランブルエッグだから大丈夫さ」

「むむむ、次回は頑張る」

「さあ、醒めないうちに食べようぜ。今日はエリンに出会えたから記念に乾杯しよう」

「乾杯?」

「うん! 俺、何か良い事があったらワインで乾杯するんだ。そのマグに注いだのがワインだよ」

「わあ、赤いのね、これなに?」

「ああ、ワインはブドウという果実を絞った果汁を、更に発酵させた酒だよ。ちなみに白ワインもあるぞ。後で飲み比べてみるか?」

「うん、ワインって飲んだことない、楽しみっていうか、そもそもお酒って何?」

「エリン、お前って酒を知らないのか? ……何やらやばそうな予感がするな、って、もう飲んでるし!」

 ダンの話が終わらないうちに、エリンはマグに注がれていたワインを「くいくいっ」と音を立て、あっという間に飲み干してしまった。

「あ~っ!? な、何これっ、おいし~っ」

「お前、初めての酒なのに急いで飲むな!」

「ごめんなさ~い、でも、うわぁ、身体に染みるう、美味しいっ」

「料理も食べろ、料理も。すきっ腹に酒だけはいかん」

「は~いっ、じゃあまずスクランブルエッグっていう料理を行きま~す! これってエリンも作るの協力したんだよね」

 ふんふんふん!

 何故か、匂いを嗅ぐエリン。

「おお、良い香りぃ」

 エリンは、「ぺろり」と舐めると、目を白黒させた。

「おおおっ、これ、美味し~っ」

「美味いか?」

「うん! 美味しいよぉ、ダン。次はスープが食べたい。入っているお肉と一緒に食べさせて~」

 エリンは酒が回ったのか、完全に甘えていた。
 まあこれくらいなら、全然問題ないだろう。
 ダンはリクエストに応え、木の匙でスープを掬って、エリンの口に運んでやる。

「分かった、分かった。ほら、口開けろ」

「あ~ん」

 ばくん!

「うわお! 美味しい。このお肉やわらか~い、一体な~に」

「ウサギだよ」

「ウサギ? ウサギって何?」

「ぴょんぴょん跳ねる奴さ。知らないのか?」

「うんっ、教えて」

「口で言うのは難しいから……明日、捕まえに行くか」

「うん、行く! エリンは絶対に行くよぉ。ダン、そのスープに入った植物も食べたい」

「植物? 今度は野菜か? どっちが良い?」

 スープにはニンジンと、じゃがいもが入っている。
 果たして?

「オレンジのが良い!」

「おお、ニンジンか」

「これがニンジンなのぉ? ダークエルフが育てていたのと違う」

「違う? そんなに違うのか?」

 エリンによれば、ダークエルフの国にも地下農場があったという。

「うん! 土の中から引き抜く時にニンジンって大きな声でぎゃう~とか叫ぶんだよ。その声を聞くと身体が痺れて、下手すると死んじゃうの」

 引き抜くと叫ぶ?
 死ぬ?
 それって……

「エリン、それ……マンドラゴラだろ?」

「そうなの? 根っこがこんな色じゃなくて、形は人型してるよ」

「やっぱ、それマンドラゴラだ。いいか、エリン。このニンジンはな、抜いても叫ばないし、抜いた人も死なないの」

「あ、そうなの。じゃあ今度はエリン、自分で食べてみようっかなぁ」

 匙でスープごとニンジンを掬うと、ぱくっと食べて口を動かすエリン。
 旨味が口いっぱいに広がったらしく、とても幸せそうな顔をする。

「あああ、とっても甘くて美味しい! エリン、幸せ」

 目を「うるうる」させて子供のように喜ぶエリンを見て、ダンは「ほっこり」とした気分に浸っていたのであった。
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登場人物紹介

☆ダン・シリウス

本作の主人公。人間族の男子。

魔法、体術ともに圧倒的な強さを誇る魔法使い。

特に火と風の魔法を得意とする。

飄々とした物言いだが、性格は冷静沈着、情に厚い部分も。但し、女性に対しては基本的に奥手。

召喚された異世界で、創世神の神託が出る度、世界へ降りかかる災いを払う役目を負わされた。

だが王都暮らしを嫌い、一旦役目を果たせば、次の神託まで、普段は山里に隠れるように住んでいる。

ある時『世界の災厄である悪魔王』を倒す仕事を請け負い、絶体絶命のピンチに陥ったエリンを、偶然に助けた。

☆エリン・ラッルッカ

地の底深く暮らす、呪われしダークエルフ族の王女。地の魔法の使い手。

突如、攻めて来た悪魔王とその眷属により、父と一族全員を殺される。

しかし、悲しみに耐え、前向きに生きると決意。

絶体絶命の危機を救ってくれたダンと共に、地上へ……

ダンの自宅へ強引に『押しかけ』た。

☆ヴィリヤ・アスピヴァーラ

エルフ族の国、イエーラから来た、アイディール王国王宮魔法使い。

水の魔法の使い手。エルフ族の長ソウェルの孫娘。

ダンを異世界から、『勇者』として召喚した。 

傲慢な振る舞いを、ある日ダンからたしなめられ、以来熱い想いを抱くようになる。

☆ニーナ

人間族の国アイディール王国王都トライアンフ在住の女子、ビストロ英雄亭に給仕担当として勤める。孤児であり、両親は居ない。双子の兄が居たが、ある迷宮で死んだらしい。

以前店で仕事中、ガラの悪い冒険者に絡まれた。だが、ダンに助けられ、彼に片思い状態である。

☆ベアトリス・アイディール

アイディール王国王女にして、創世神の巫女。

ある日突然、巫女の力を得ると共に、身体の自由を殆ど失い、更に盲目となった。

ダンに神託を与え、世界へふりかかる災厄を防ぐ。

巫女として役目を果たす事に生き甲斐を感じながら、自らの将来に対し、大きな不安を抱えている。

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