第122話「消えない違和感」
文字数 2,853文字
少し進んだところで、結構な強敵に遭遇した。
地上と同種のものが超が付くほど大型化した……
幸い、出現した数は一体だけであったのだが、大きさが半端ではない。
体長は……3mを楽に超えていたのだ。
地上に生息する普通の
なので、異常というか、信じられないくらいの大きさである。
この
それとも、この迷宮で自然に繁殖したのか……
ここまでのサイズになった原因は、不明である。
当然肉食であるから、人間は勿論他の魔物も喰らう。
迷宮における、食物連鎖の上位に位置する捕食者なのである。
大蟷螂はダン達を認め、左右に羽を広げた。
『獲物』に対し、自分の身体を大きく見せて、威嚇しているのであろう。
そして、表情のない無機質な顔をこちらへ向けた。
否、昆虫でも表情は僅かにあるのかもしれない。
ダン達には、分からないだけで……
戦闘態勢に入った蟷螂に対し、先陣を務めるケルベロスは低く唸って威嚇。
片や、クランの周囲を舞う
ダンは慌てていない。
どうやら、以前にも大蟷螂と戦った事があるらしい。
相変わらず威嚇し続ける大蟷螂を、軽く睨んでいる。
『エリン、ヴィリヤ、ちょっと良いか? あいつに対しては戦い方を変える』
『変える? 戦い方を?』
『ええっと、どのように……ですか?』
エリンとヴィリヤが、ダンへ喰い付いた。
ふたりとも冒険者として戦う事が新鮮らしい。
『分かっていると思うが、今迄の方法でも充分に戦える。なのに、敢えて変える
『教えて、旦那様』
『普通に私が冷気で凍らせて、エリンさんが岩で砕く……確かにダンの言う通り、今迄と同じ方法でも問題ないと思いますが……』
興味津々のエリン。
疑問を呈するヴィリヤ。
『そもそも冒険者ってのは、本来シビアなその日暮らしだ』
『その日暮らし?』
『???』
ツーと言えばカーと答えて欲しいダンではあるが……
エリンとヴィリヤのふたりは、上流階級の出身で、今迄生活に困った事はない。
ダンの言う、『その日暮らし』という言葉は、ピンと来ないようだ。
『冒険者は、正当な理由があれば、金になりそうなモノは常に頂戴するって事さ』
『???』
『???』
ますます、首を傾げるエリンとヴィリヤ。
これは、駄目である。
話は、全くの平行線。
理解される気配は、ない。
困ったダンは、遂に痺れを切らす。
『悪い! 回りくどかったな。早い話があいつのカマを回収し、ヴィリヤへ進呈する』
『え? あのカマをヴィリヤへあげるの?』
大蟷螂は武器となる、巨大なカマを持っている。
正確には、とげのいっぱい付いた前足だ。
エリンは吃驚。
そしてヴィリヤは、いかにも嫌そうだという拒否の表情で、手を横に振った。
『ええっ!? 何故? あ、あんな虫の部位なんて要りませんよっ、気持ち悪い……』
『ヴィリヤ、まあ、そう言うな。あいつのカマは武器用の好素材で、売れば結構な金になる。今回お前の屋敷で拝借した装備の代金が、少しは返せるって寸法だ』
『へぇ! あのカマって売れるんだ? あ、成る程!』
エリンは納得。
「ポン」と手を叩くが……ヴィリヤはといえば、相変わらず渋い顔である。
『そんなの、気にしないで良いのに……あなた達からお金なんか受け取れないわ』
『いやいや、金は大事だぞ。儲けられる時に確実に儲けるのが冒険者の心得さ。だからあいつを凍らせて粉々にするのは、無しなんだ。価値がゼロになっちまう』
エリンは楽しそうに聞いている。
そして悪戯っぽく笑う。
『了解! 売れそうな部位を取るのなら、旦那様が火の魔法で燃やすのも無しだよね』
『うん! だが、カマを貰えば残りは用無しだから……燃やしちまう。そうじゃないと、あいつは
『うっわ、嫌だ、それ、考えたくない』
『確かに! 想像もしたくありません』
やっと、エリンとヴィリヤの意見が一致した。
更に、エリンがぽつり。
『でもエリン……あんな虫……初めて見たよ』
『え? 初めて?』
エリンの言葉を聞き、ヴィリヤはまた違和感を覚えた。
そして傍らのエリンを見ると、羽を広げて威嚇する蟷螂を、物珍しそうに見つめていた。
確か……エリンはスライムを見た時も同じ反応をしていた。
どこにでも居るスライムを……
そして、この蟷螂も……
さすがに、こんな巨大な魔物は地上に居ない。
だが、『普通サイズの蟷螂』はありふれている。
なのに、何故……こんなに珍しがるのだろう?
エリンの育った土地って……どこだろう?
さっきから、違和感が消えない……
どうしても……
そんなヴィリヤの想いは、ダンの念話で破られる。
『さあ、対大蟷螂の作戦開始だ。指示を出すぞ』
『了解!』
『は、はいっ、りょ、了解!』
エリンは打てば響くという返事をしたが、ヴィリヤは無理やり思考を切り替えたという感がありありである。
ダンは知ってか知らずか、「にこっ」と笑い、ヴィリヤへ言う。
『まずはヴィリヤ、今迄通り氷化の魔法を使え。但し、威力を少し抑え、奴を完全に凍らさずに動きを止める程度で』
『氷化魔法を弱めにですか?』
『その通り! もう何度も発動しているから、
『は、はいっ!』
返事をしてから、ヴィリヤは軽く頭を振った。
今は違和感など、後回しにしないと。
それより、目の前の戦いに集中せよと、己を叱咤したのだ。
更にダンは、エリンへと告げる。
『次にエリン、お前もヴィリヤ同様、奴の足止めをやってくれ。ローランド様に使った地の魔法、【大地の束縛】で蟷螂の動きを封じ込めろ』
『旦那様、了解!』
『よっし! ふたりが蟷螂の動きを押さえたその隙に、俺が剣で奴のカマを切り落とす。落としたカマを回収したら、ケルベロスと
エリンとヴィリヤは、ダンの説明により、これから行う作戦を完全に理解した。
全員で協力し、化け物みたいな蟷螂を倒すイメージが、しっかり湧いている。
『了解!』
『了解!』
後は……作戦開始の合図を待つばかりだ。
『よっし! 良いか? ……作戦、スタート!』
ダンは頃合いを見計らい、クランへ戦いの合図を出したのであった。