第137話「未知の世界へ①」

文字数 1,916文字

 通称人喰いの迷宮、すなわち『英雄の迷宮』最下層地下10階……
 今、『王の間』の一角に、未知の世界への魔法扉は開かれていた。

 謎めいた『ソウェル』、リストマッティがダン達を迎え入れる為に開いた秘密の扉である。
 果たして本当に無事でいるのだろうか?
 クラン(フレイム)、そして死んだと思われていた、ニーナの兄ルネが……

 開いた扉を一瞥し、ダンは、きっぱりと言い放つ。

「悪いが、護衛役を先へ行かせて貰う」

 用心深いともいえる、ダンの言葉を聞いたリストマッティは、興味深そうに尋ねる。

「ほう、何故だ?」

「当然、安全の為さ。俺達が初めて入る場所だからな。それに、中には転移門があるのだろう?」

「うむ、ダン君の言う通り、扉の中には転移門がある。その転移門から、我が王国へ来て貰う事となるだろう」

「ああ、ならばその転移門も、まず護衛に入って貰う」

 ダンは簡単に、相手を信用していない。

 この迷宮に隠された魔法扉の奥、そして転移門に入って転送された先がどうなっているのか、分からない。
 極端にいえば、一網打尽に罠へはめられる可能性もある。
 だから、護衛役を先行させると宣言したのである。

 「信用されていない!」と、激しく怒るかと思いきや……
 リストマッティは何故か、感心しているようだ。

「ふむ……ダン殿は慎重さと大胆さを兼ね備えている。益々気に入った」

 相手に賞賛されたダンであったが、苦笑し「しれっ」と受け流す。

「いくら褒めても、何も出ないぜ」

「はははははっ! 確かに口だけだな。そう、私はケチだ。これくらいでは、何も出さぬ」

 ダンとリストマッティがやりとりするのを聞きながら……
 ヴィリヤはつい、「ふっ」と笑った。
 これから行く未知な世界も含めて、自分が知らない事がまだまだたくさんあると。

 そう……
 今回の迷宮探索は、ヴィリヤの常識と価値観を根底から粉々に突き崩したといって過言ではない。

 それは先ほど、ダン達が姿を隠していた異界で起こった。
 衝撃の事実であった。
 ヴィリヤは、『その時の事』を思い出していたのである。

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 ……迷宮へ入って、まずヴィリヤが驚いたのは、ダンの能力の大幅アップである。
 何と、地の魔法を習得していた。
 しかし、先程発動した特別な魔法は、それどころではなかったのだ。

 ……時間は、少しさかのぼる。

 謎の敵?より身を隠す為、ダンから空間魔法を使うと聞き、またもヴィリヤは吃驚した。
 ソウェルの祖父でさえ、空間魔法を使った事は、彼女の記憶になかったのだから。

 一応、「ダンの管理者は私なのに」と、拗ねて、少しだけ抗議をしたが……
 問い質されたダンは苦笑し、軽く頭を下げただけである。

 そして、空間魔法は簡単に発動した。
 ダンは他の魔法同様、短い言霊を詠唱しただけで、容易に発動させたのである。 

 結果、エリンとヴィリヤが連れて行かれたのは、何もない真っ白な空間である。
 3人の他には誰も居ない……
 自然も生物も、景色さえない……
 暖かくも寒くもない……
 本当に何もない空間……

 そして、「この異界へ敵は来れず、全く安全だ」と、ダンから言われ……
 念話も中止し、肉声で喋る事となった。

 3人は座り込み、車座となる。
 話の、口火を切ったのはダンである。

「さあて……ある意味、迷宮よりここが、ヴィリヤにとって、本番になるかもしれないな」

「私にとっての、本番?」

「そうさ、思い出してくれ。俺がお前の気持ちを受け入れると言った時の事を」

「は、はいっ!」

 ヴィリヤの気持ちを受け入れると聞き、思わず、彼女の声は大きくなった。

 そう、ヴィリヤにとって、迷宮探索は二の次。
 ダンともっともっと仲良くなりたい、尽くしたい。
 もっと深く愛し、ダンからも愛されたい!
 「その『想い』だけでついて来た!」といって過言ではないのだ。

 ヴィリヤは思い出す、先程の記憶を手繰る。
 ……確かダンはこう言った……
 「……もしかしたら、お前は自分の価値観を含め、想像以上に多くのものと、きっぱり決別しなくてはならないかもしれないぞ」と。

 対してヴィリヤは……はっきりと、誓った
  「はいっ! 全てエリンさんから聞いています。私、どんな困難も覚悟しています。貴方と結ばれる為なら、頑張って乗り越えます」と。

 思い起こしても、気持ちは……全く変わらない。

 改めて、強い決意を述べる為、ヴィリヤは大きく深呼吸したのであった。
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登場人物紹介

☆ダン・シリウス

本作の主人公。人間族の男子。

魔法、体術ともに圧倒的な強さを誇る魔法使い。

特に火と風の魔法を得意とする。

飄々とした物言いだが、性格は冷静沈着、情に厚い部分も。但し、女性に対しては基本的に奥手。

召喚された異世界で、創世神の神託が出る度、世界へ降りかかる災いを払う役目を負わされた。

だが王都暮らしを嫌い、一旦役目を果たせば、次の神託まで、普段は山里に隠れるように住んでいる。

ある時『世界の災厄である悪魔王』を倒す仕事を請け負い、絶体絶命のピンチに陥ったエリンを、偶然に助けた。

☆エリン・ラッルッカ

地の底深く暮らす、呪われしダークエルフ族の王女。地の魔法の使い手。

突如、攻めて来た悪魔王とその眷属により、父と一族全員を殺される。

しかし、悲しみに耐え、前向きに生きると決意。

絶体絶命の危機を救ってくれたダンと共に、地上へ……

ダンの自宅へ強引に『押しかけ』た。

☆ヴィリヤ・アスピヴァーラ

エルフ族の国、イエーラから来た、アイディール王国王宮魔法使い。

水の魔法の使い手。エルフ族の長ソウェルの孫娘。

ダンを異世界から、『勇者』として召喚した。 

傲慢な振る舞いを、ある日ダンからたしなめられ、以来熱い想いを抱くようになる。

☆ニーナ

人間族の国アイディール王国王都トライアンフ在住の女子、ビストロ英雄亭に給仕担当として勤める。孤児であり、両親は居ない。双子の兄が居たが、ある迷宮で死んだらしい。

以前店で仕事中、ガラの悪い冒険者に絡まれた。だが、ダンに助けられ、彼に片思い状態である。

☆ベアトリス・アイディール

アイディール王国王女にして、創世神の巫女。

ある日突然、巫女の力を得ると共に、身体の自由を殆ど失い、更に盲目となった。

ダンに神託を与え、世界へふりかかる災厄を防ぐ。

巫女として役目を果たす事に生き甲斐を感じながら、自らの将来に対し、大きな不安を抱えている。

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