第126話「エリンとヴィリヤ④」
文字数 2,657文字
エリンは思う。
どこまで、『事実』を話して良いのかと……
……迷った上で、決めた!
やはりヴィリヤへ、正直に全てを、すなわち詳細な事実は言えない。
元々、ダンが好きなふたりだった。
出会ってからは、同じ感情を発して、磁石の同極のように反発し合っていた。
それが、この迷宮の探索を始めてからは、徐々に……
助け合う仲間として、共感を覚えていた。
だが……
その共感が紡ぐ絆は、まだ『か細く』頼りないものだ。
ちょっとした『力加減』で、あっさり切れる恐れがある。
それ故、生半可な事は言えない。
エリンは、本能的にその『脆さ』を察したのである。
話そうと覚悟を決めた後でも、エリンは何度か、話す事にためらいがあった。
どの言葉を、どのように使うか、とても慎重になっていたせいだ。
やがてエリンの『告白』が始まった。
「……エリンのお父様と仲間は……オークを含めた魔物の群れに殺された。魔物共を率いる
「…………」
エリンの告白を、ヴィリヤは息を潜め、聞いていた。
ここまでは、今迄の会話から認識していた。
だが、よくよく考えたら、違和感がある。
一緒に、戦ってみて分かったが……
エリンはヴィリヤに勝るとも劣らない、地の上級魔法をマスターした高位魔法使いである。
先程の戦いぶりを見て分かる通り、いくら数が多くても、並みの魔物など問題にはしない。
単なるオークの群れなど、歯牙にもかけない筈なのだ。
であれば、鍵となるのは……
今、エリンが言った、魔物を率いていた『首領』である。
残念な事に、まだヴィリヤに信用がないのか……
『ズバリの真相』を話しては貰えない……
だが、良く考えれば、ヴィリヤには答えが、徐々に見えて来る。
やがて、ヴィリヤは確信する。
エリンと肉親を含む仲間を襲った敵は……
ダンが今迄に退けた、世界への『災厄』にかかわっていると。
直近では、悪魔王アスモデウスだ。
もしもエリン達を襲った『首領』が……
悪魔の長たるアスモデウスであれば、エリンの力が通じないのも充分に理解出来る。
自分の使う究極の魔法でも通じるか、甚だ疑問だ。
話の辻褄が合うのだ。
災厄が起こった!
災厄が取り払われた!
と、『世界』へ伝えるのは、創世神の巫女である王女ベアトリスの神託による。
ヴィリヤは……ベアトリスから神託を受け取り、単に勇者ダンへの取次ぎをしているに過ぎない。
ダンだっていつも単に「仕事完了!」としか言わないから、災厄がどのように防がれたか……今回アスモデウスを、どこでどう倒したかなどは、一切不明なのだ。
しかし……
エリンは一体どこで?
いつから? どうして? どのように?
怖ろしい悪魔王と、接点があったのだろう?
エリンが住んでいたという……
最弱の魔物スライムも、ちっぽけな蟷螂さえ居ない世界……に鍵があるような気がする。
「つらつら」と考え込むヴィリヤの耳には、エリンの話が続き、入って来る。
「……エリンはすんでのところで、穢されるところだったの……危ないところを危機一髪でダンが助けてくれた……だからダンは、エリンの王子様」
「…………」
ダンが王子様……
ヴィリヤの心には、大きな羨望が湧き上がる。
もしも自分が同じように、ダンから助けて貰っていたら……
祖父と父が決めた『婚約者』は勿論、『故国』さえも捨てて、ダンの胸へ飛び込んでいたかもしれないと思う。
「たったひとりぼっちになったエリンを……王子様は……ダンは明るい世界へ連れ出してくれた」
「…………」
「いろいろと……話してみたら分かった、ダンもひとりぼっちだった……その時、気が付いたの、助けてくれる、優しくしてくれるダンの事が……大好きになっていたって」
「…………」
ダンが大好き!
今なら、自分だって同じだ。
けしてエリンに負けない!
そう、強く思うのに……
次に出たエリンの言葉を聞き、ヴィリヤは胸が張り裂けそうになった。
「でも……ダンは可哀そうなの、自分の意思を曲げられ、無理やりこの世界へ連れて来られたから」
「う…………」
ヴィリヤは思わず唸った。
辛い記憶が、押し寄せて来る。
あの『お尻を叩かれた日』から、ダンと話すようになるまで、そんな事を考えてはいなかった。
召喚されたダンが、元の世界と断ち切られ、いかに悲しみ、この世界で辛く暮らしていたかなど。
創世神に選ばれし勇者………単にその『名』が素晴らしいとだけ感じていた。
異世界の人間とはいえ、ダンは勇者になった事を誇らしく思い、ひたすら任務に励むべきだと考えていた。
「元の世界? そんなつまらない感傷など捨ててしまいなさい!」
故郷を思い、悲しい表情をするダンへ、叫んでいた気がする。
「どんなに困難な任務も、誇らしく思いなさい! 命に代えてもやり遂げなさい!」泣き言を言うダンへ、そうも言い放っていた気がする……
……私は、何という酷い振る舞いをしていたのだろう。
もっとダンへ……
彼の心を汲んで、優しくしていれば良かった……
後悔で、胸を一杯にしたヴィリヤへ……
まるで止めをさすように、エリンの言葉が突き刺さる。
「お互いに良く分かり合った……だって! ひとりぼっち同士なんだもの……エリンが好きって言ったら……ダンもエリンの事を好きになってくれた。でもね、エリンはダンの事をもっともっと大好きになってた」
「…………」
「エリンは、ダンを癒したの、癒したかったの。だって! 心が傷だらけだったから……そしてお嫁さんにして貰い、ふたりは結ばれたのよ……」
「う、ううう……」
ダンとエリンが結ばれた。
身も心もひとつになった!
ヴィリヤの羨望と後悔が、MAXとなる。
私だって……ダンを癒し、結ばれる事が出来たのに……
チャンスは、いくらでもあった筈なのに!
「そこからは、ヴィリヤと一緒だよ」
「…………」
「いろいろな事を教えて貰った……エリンも成長……している、そんな気がしてるの……以上よ」
エリンの話が終わった瞬間。
ヴィリヤは「がっくり」と力が抜け、俯いてしまったのであった。