第21話「眩い大地③」
文字数 2,491文字
梢は地上から結構高く、たっぷり20mはある。
これからどうなるのだろうと、エリンが問う。
「ダン……何が起こるの?」
「エリン、少し様子を見るぞ」
ダンとエリンが眼下を見ていると、遠くで多くの獣が遠吠えし、やがて眼下を茶色の体毛をした鹿の親子が走って来た。
どうやら、何かから逃げているようだ。
必死になって、駆けている。
そして、その少し後……
犬のような動物が、数十匹も群れを成して後を追っていた。
「ダン!? あ、あれはっ!」
「逃げているのは、鹿という草食動物の親子だ。後を追っているのが、狼という肉食動物さ」
当然だがエリンは鹿を見るのも、狼を見るのも生まれて初めてである。
しかし鹿の親子が襲われそうになっている様子を見て、すぐに状況を理解したようだ。
「ダ、ダン!」
鹿の親子を助けて!
縋るような目で見るエリンに、ダンは無言でただ唇を噛み締める。
エリンには、不思議だった。
いつもの優しいダンなら、すぐ鹿を助けようと行動に移る筈である。
それが何故?
「ダン!」
エリンが再度、呼ぶ。
ダンは漸く頷いた。
「エリン、俺が何故迷ったのかは後で話そう。とりあえず狼からあの親子を助けるぞ」
「はいっ!」
ダンはエリンを抱えたまま、飛翔魔法で降下した。
狙いを定めて、鹿と狼の間に飛び降りる。
いきなり現れた闖入者に、双方の動物達は驚いた。
「鹿さん! もう大丈夫よ、エリン達が助けるからね!」
エリンは優しく呼びかけるが……
怯えた鹿の親子は、すぐ逃げ去ってしまう。
「ああ、逃げちゃった……折角エリンが助けてあげるって言っているのに……」
「ははは、鹿から見たら狼も俺達も一緒なんだ」
ダンの軽口に、エリンはむきになって反論する。
「ち、違うもん! 確かにダンは女の子を食べちゃう狼だけど、エリンは違うよ」
むきになりながらも、エリンには余裕があった。
相手と、一線を越えた女ならではの『甘え』である。
「おいおいおい、どさくさに紛れて、何て事言ってるんだ?」
「うふふ、嘘!」
があおおおっ!
がるるるるっ!
ダンとエリンが、じゃれているところへ狼の群れが唸る。
そして襲い掛かろうと牙を剥く。
「ひっ!」
肉食獣の凄みを、初めて体験するエリンは身が竦んだ。
エリンはかつて、アスモデウス麾下の魔族共をあっさり屠った。
比べれば魔族の方が絶対に強いだろうが、目の前の狼は完全に捕食者としてエリン達へ迫っている。
喰われる対象として、独特な恐怖を感じてしまうのだ。
「エリン、丁度いいから改めて教えておこう、こいつらが狼だ。肉食でこのように群れで狩りをする」
「ダン、こいつら唸っている、凄く怒っているよ……」
「ああ、狩りを邪魔されたのを怒っている。逃げられた鹿の代わりに、俺達を喰おうと威嚇しているのさ」
「狼が私達を……食べる……の?」
「ああ、こいつらは捕食者だ。獲物を襲って、その肉を食って生きている」
がああああっ!
ごおおおおっ!
ダンが、説明した瞬間であった。
狼達が凄まじい声で咆哮し、一気に押し寄せて来た。
エリンが、思わず悲鳴をあげる。
「きゃあああっ!」
「
間を置かずダンの魔法が発動し、見えない強力な風の壁が、狼の行手を阻む。
ぎゃん! がう! あおうん!
狼達は、見えない風の壁に思いっきりぶつかり、後方へ弾き飛ばされた。
「ダン!」
エリンが、またダンを呼んだ。
ダンとエリンが本気になれば、こんな狼の群れなど敵とはならない。
こんなに怖い狼だが、殺すほどではないという気持ちが籠もっていた。
ダンもすぐ、エリンの気持ちが分かる。
「ああ、こいつらは殺さない。ただ少し脅かしてやろう」
「脅かす?」
脅かすとは?
ダンは、何をするつもりなのだろう。
エリンの問いに、ダンは答える。
「うん、少し幻を見せてやるさ」
ダンは「ピン」と指を鳴らす。
あっという間に、ダンから放出された魔力がふたりを包んだ。
不思議な事に……
狼達が襲っては来ず、逆にふたりを見てたじろいでいる。
エリンには状況が分らないが、魔法は上手く発動したようだ。
「よっし、エリン。ガオーって吠えてご覧」
面白そうに笑うダン。
いきなり振られたエリンは、全くわけが分からない。
「え?」
「ほら!」
ダンに促されて、エリーは吠える。
「うん、がおうっ」
「よし、俺もだ。ガオ~ッ!」
ぎゃん! ぎゃう! うおおん!
先程の鹿親子と同じように、今度は狼達が一目散に逃げて行く。
パニックになって、こける者も出る始末だ。
「あれれ? どうして?」
「ははははは! 幻覚を見せる魔法で、俺達を凶暴なドラゴンに見せたんだ。そりゃ怖いだろうなぁ」
ダンは、エリンの意図を汲んでくれた。
鹿も狼も、両方死なずに済んだ。
エリンはとても嬉しくなる。
「えええっ!? そうなんだ、魔法なんだね。ダンはさすがだよ、鹿は助かって狼も殺さずに済んだんだね」
エリンが褒めると、ダンはすまし顔で言う。
「そうだな、でもすっかり遅くなっちまった。少しズルをするか」
「ズル? ダンって真面目なのにズルをするの?」
「おお、ズルはまずいか? じゃあ臨機応変に予定変更したと言おう」
ダンが表情を変えずに、言い方を変えたのを聞いて、エリンが突っ込む。
「わぁ、モノは言いよう」
「全くだ」
ダンは、笑いながら「おいでおいで」をしている。
エリンには、すぐ分かった。
ダンはまた、自分を抱えて空を飛んでくれるのだ。
「わ~いっ、ダ~ン」
エリンは思いっきり、ダンの胸へ飛び込んだのであった。