第166話「成し得なかった事②」

文字数 2,350文字

 ヴェルネリの前にさらされた、ひとつの銀製指輪、そして一枚の紙片……
 当然ヴェルネリは、これが『何か』だと知っている。
 そう!
 ……イエーラにもある!
 国宝以上といえる存在だと。
 
 だが、まさか!
 初対面の人間が、この品を提示して来るとは!?
 
「な、な、なっ!? そ、そ、そ、それはぁ!」

 思わず絶句するヴェルネリに対し、ダンは淡々と提示した品の正体を明かした。

「あなた達リョースアールヴ、人間の国アイディール、そしてデックアールヴの3者で交わされた友情の(あかし)だ」

「…………」

 ダンがはっきり告げても、ヴェルネリは唇を噛み締め、ただ沈黙していた。
 この沈黙は……肯定の証であろう。

「3者は、未来永劫の協力を誓い合った。そして、誓約書には4代目ソウェル、テオドルの謝罪を述べた言葉もはっきり記されている」

「…………」

「同じものが、あとふたつある筈さ。まあ……指輪の材質だけは違うそうだが……」

「…………」

「ソウェル殿、貴方は把握しているのだろう? ここイエーラのどこかにプラチナ製の指輪と同じ内容の書面が……厳重に保管されている事を」

「…………」

「俺は貴方に協力の了解を貰ったら、アイディールへ赴き、国王の弟フィリップ様に会う。同じように協力を仰ぐつもりだ」

 ヴェルネリは、ずっと無言であったが……
 ゆっくりと首を振ると、大きくため息をついた。

「勇者、お前の話はそれだけか?」

「ああ、どうしてだ?」

「どうしてもこうしても、ではない! お前がこれから為そうとしている事が……どれだけ大変なのか、本当に分かっているのか?」

 まるで咎めるような、ヴェルネリの問いかけに対し、ダンは想定外の答えを返す。

「うん、分かっていないのかもな」

「な、な、何ぃ?」

 ヴェルネリは、飽きれたようにダンを見つめた。
 まるで掴みどころがない、底も知れない奴……
 という驚愕の眼差しだ。

 そんなヴェルネリを尻目に、ダンは言う。

「ソウェル殿……貴方が俺に何を分からせたいか、言わせたいのか、こちらから告げよう」

「むう……」

 ダンの投げかけた言葉に、圧倒されたかのように、ヴェルネリは唸った。
 そんなヴェルネリを正面から見据え、ダンは話し始める。

「貴方は……俺にこう言いたい、長き歴史の中で、不運なデックアールヴを救い、且つリョースアールヴの贖罪を成し得なかった事には、はっきりとした理由があると」

「そうだ!」

「その理由とは、言うは易く行うは難しという事だ。その事をちゃんと理解せず、お前は悪戯に大言壮語を吐く、所詮は儚い夢を見過ぎている、そう……言いたいんだろう? 厳しい現実を分からせたいのだろう?」

「その……通りだ」

「うん! 俺には、ソウェル殿、貴方の考えも立場も分かる」

「な、何!?」

「貴方は、怖ろしい真実、厳しい現実を理解すると同時に自分にとって最も大切な同族、リョースアールヴの名誉を何としても守りたかった」

「ぬう…………」

「何の罪も無いデックアールヴ達を陥れた、卑怯で性根の腐った愚かな種族だと、貶められたくなかった……真実を知った同胞達が……絶望に陥るのも避けたかった」

「…………」

「貴方の曾祖父、祖父、そして父が考えに考え、貴方自身も考え抜いたが……」

「…………」

「隠された恐るべき真実を……同胞のリョースアールヴに知られず、または影響を与えず、問題なく解決する方法……デックアールヴを救う手立ては……残念ながら見つからなかった」

「…………」

 ヴェルネリはまたも押し黙った。
 ダンは構わず話を続ける。

「アールヴが……直接、天の使徒に仕えた種族だからこそ、創世神の持つ力の絶大さも貴方は知っている。この世界全体に及んだ、底知れぬ信仰の深さもな」

「…………」

「……デックアールヴは呪われた忌み嫌われる種族……創世神が与えた間違った常識……」

「…………」

「教義として長年浸透した誤った迷信を覆す事が、極めて困難だと諦め、同胞には絶対に内緒で、地下都市に住まうデックアールヴ達へそこそこの援助をし、お茶を濁して来た」

「…………」

「俺はヴィリヤから聞いている。ソウェル殿……貴方は自分の身体をいとわず、日夜身を粉にして働いている事を……」

「…………」

「真実を知って以来……貴方の衝撃と心労は相当なものだっただろう……だがこれまでの貴方の働きこそが、リョースアールヴ族としての贖罪だと……俺は思う」

「…………」

「この世界の安泰は……貴方も含め、歴代ソウェルの努力の賜物(たまもの)だろうから……」

「…………」

「誰もが知っている……リョースアールヴの国イエーラと人間の国アイディールは、固い友情に結ばれ、建国以来戦争もせず、その影響もあってこの世界はずっと平和が保たれているからな……」

「…………」

「その結果、世界に魔物の害はあっても、種族間の戦争はない……」

「…………」

「分かるさ! 俺だって、貴方の立場だったら……同じ事をしたかもしれない……多分、3代目以降のソウェルは、ずっと同じ想いを持っていたのだろう」

「…………」

「犯した罪を償おうとする良心と、一族を愛し守る気持ちの間に立たされる、苦しいジレンマに耐えて来たのだろう」

「…………」

 無言のまま、ダンを睨むヴェルネリの眼差しが……
 だんだんと変わって行く。
 
 虚しく過ぎ去った遠い過去を振り返るように……
 ヴェルネリの心からは……
 深い哀しみと後悔の波動が静かに放たれていたのであった。
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登場人物紹介

☆ダン・シリウス

本作の主人公。人間族の男子。

魔法、体術ともに圧倒的な強さを誇る魔法使い。

特に火と風の魔法を得意とする。

飄々とした物言いだが、性格は冷静沈着、情に厚い部分も。但し、女性に対しては基本的に奥手。

召喚された異世界で、創世神の神託が出る度、世界へ降りかかる災いを払う役目を負わされた。

だが王都暮らしを嫌い、一旦役目を果たせば、次の神託まで、普段は山里に隠れるように住んでいる。

ある時『世界の災厄である悪魔王』を倒す仕事を請け負い、絶体絶命のピンチに陥ったエリンを、偶然に助けた。

☆エリン・ラッルッカ

地の底深く暮らす、呪われしダークエルフ族の王女。地の魔法の使い手。

突如、攻めて来た悪魔王とその眷属により、父と一族全員を殺される。

しかし、悲しみに耐え、前向きに生きると決意。

絶体絶命の危機を救ってくれたダンと共に、地上へ……

ダンの自宅へ強引に『押しかけ』た。

☆ヴィリヤ・アスピヴァーラ

エルフ族の国、イエーラから来た、アイディール王国王宮魔法使い。

水の魔法の使い手。エルフ族の長ソウェルの孫娘。

ダンを異世界から、『勇者』として召喚した。 

傲慢な振る舞いを、ある日ダンからたしなめられ、以来熱い想いを抱くようになる。

☆ニーナ

人間族の国アイディール王国王都トライアンフ在住の女子、ビストロ英雄亭に給仕担当として勤める。孤児であり、両親は居ない。双子の兄が居たが、ある迷宮で死んだらしい。

以前店で仕事中、ガラの悪い冒険者に絡まれた。だが、ダンに助けられ、彼に片思い状態である。

☆ベアトリス・アイディール

アイディール王国王女にして、創世神の巫女。

ある日突然、巫女の力を得ると共に、身体の自由を殆ど失い、更に盲目となった。

ダンに神託を与え、世界へふりかかる災厄を防ぐ。

巫女として役目を果たす事に生き甲斐を感じながら、自らの将来に対し、大きな不安を抱えている。

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