第115話「心の奔流」
文字数 2,550文字
ダンが、戦法の変更を提案する。
『よし、次からは全員で戦うぞ。俺とケルベロスも加わる』
ダンとケルベロスが戦いに――クランのフルメンバーで戦う。
エリンとヴィリヤの顔がほころぶ。
『全員で?』
『い、いよいよですね』
今迄は、エリンとヴィリヤの『魔法のみ』で戦っていた。
全員で戦うとなれば、どう変わるのだろうか?
『ああ、エリンもヴィリヤも、そろそろ戦いに慣れただろう。なら次は、クランとしての戦い方にチャレンジして貰う』
冒険者クランとしての戦い方。
個ではなく、集としての戦い方。
これまでに、エリンとヴィリヤふたりで戦ってみて、どうにか扉のノブを掴んだ感覚はある。
後はノブを大きく回し、扉が少しでも動いたら、思い切り開くだけだ。
当然、エリンとヴィリヤに異存はない。
『旦那様、了解!』
『ダン、わ、分かったわ』
『よっし、相手が同じであれ、絶対に気を抜くな』
ダンは、ふたりを気遣う。
ここまで……慎重に来たのだ。
当然の事であろう。
個々にも声を掛ける。
『エリン、大丈夫か?』
『大丈夫! 旦那様が居るからね!』
一見元気よく……
だが、僅かにエリンの表情が強張った事に、ヴィリヤは気付いた。
なのに、ダンはあっさりスルー。
ヴィリヤにも同じように声を掛けて来る。
『よっし! ヴィリヤも行けるな?』
『え、ええ……』
いつもの、打てば響けの返事が戻せず、口籠るヴィリヤ。
ダンは、不思議そうな顔付きで尋ねて来る。
『どうした?』
『いえ……何でもないわ……』
ヴィリヤは首を振り、顔を伏せた。
……不思議であった。
オークとの戦いで、エリンの様子が著しく変わったのは、はっきりしていた。
それなのに……
何故?
ダンは、まるで何事もないように振舞うのだろうかと。
そもそもダンは他人の心が読める。
余程の高位レベルの術者でなければ、彼の魔法を防ぐ事など出来ない。
つまり殆どの人間は、ダンの前で誰も隠し事は出来ないのだ。
そのダンが、相思相愛である自分の妻エリンの変貌に、気付いていない筈はない。
愛する者の持つ苦しみが、分からない筈などない。
しかし、ダンは何も言わない。
エリンの心の内に秘めた『事情』は勿論、ヴィリヤが案ずる気持ちも……
そこで、ヴィリヤは一計を案じる。
自分から心を開いたのだ。
絆を結んだ『仲間』が持つ深い悲しみを慈しむ気持ちを……
『仲間』を心の底から思い遣る気持ちを……
大きく大きくさらけ出し、ダンへ強い波動を送ったのである。
だが……
ダンは、ヴィリヤへ何も言わなかった。
淡々と、次なる戦いへの説明を続けて行く。
『良いか、ふたりとも。とりあえず作戦はリーダーの俺が立て、随時指示もする』
『了解!』
『りょ、了解……』
ふたりの返事を聞き、ダンは頷き、話を続ける。
『
『了解!』
『りょ、了解!』
エリンとヴィリヤが、またも返事をした、その時。
「うおおん!」
ケルベロスが、鋭く吠えた。
どうやら敵襲らしい。
ダンが、「ナイスタイミング!」とばかりに笑う。
『はは、丁度いい、新手のオーク共だ』
『ぬ! オークぅ! 準備万端だよっ!』
やはりエリンはオークに対し、特別に含むものがあるのだ。
目付きが途端に厳しくなった。
片やヴィリヤは、エリンの辛さ、そして怒りの波動を感じる。
心が「ぎゅっ」と縛られたように、酷く苦しくなる。
何故か、返事も出来ないくらい息苦しい……
『…………』
無言で応えたヴィリヤであったが、
『ヴィリヤ!』
いきなり!
ダンの声が耳元で聞こえたような感覚に陥る。
どうやら、エリンには聞こえない特別な念話のようだ。
何だろう?
急にどうした……と、いうのだろう。
ヴィリヤは、とりあえず返事をするしかない。
『あ、は、はい!』
『…………』
少し、ダンにはためらいがあった。
だが、すぐに彼の声が聞こえて来る。
『もし……何かあったら……エリンを……傍で、支えてやってくれ』
『え!?』
もし何か?
あったら?
エリンを……支える?
唐突なダンの願い。
ヴィリヤは、呆然としてしまう。
『…………』
理由を話して。
と、言いたげなヴィリヤの沈黙に、ダンは答えてくれる。
『あいつの家族は……オーク共に殺されている……』
『え!? そ、そんな!』
『ヴィリヤ、頼むぞ』
『は、はいっ!!!』
エリンの家族がオークに!?
それはヴィリヤにとって、衝撃の事実であった。
でも……
ただ殺されただけではない……何かある。
エリンの様子を見て……
ヴィリヤは、そう感じる。
もし……自分がエリンの立場だったら……
目の前に『仇』が現れたら……
泣き叫び、怒りに我を忘れてしまうかもしれない……
そして……
やはりダンは分かっていた。
全てを分かっていたのだ。
エリンの心に、大きな変化が生じていた事を。
ヴィリヤが、エリンを案じていた事も。
突如、ヴィリヤの中で、強い気持ちが湧き起こる。
彼女の華奢な指がゆっくり曲げられ、小さな拳が「きゅっ」と握られた。
ダンは、エリンを託してくれた。
愛する大事な妻を……ヴィリヤを信じて、託してくれたのだ。
『わ、分かっていますともっ! エリンさんは大切な仲間です! さ、支えるわっ! 何があっても! ……そして私がしっかり守りますっ!』
叫ぶヴィリヤは、自分でも不思議であった。
赤の他人の為に、何故自分がこんな強い気持ちになれるのか……
しかしヴィリヤは、自分の気持ちに素直に……
心の底からほとばしる、熱い奔流に身を委ねていたのであった。