第83話「当たり前が幸せ」
文字数 3,110文字
ダンの指示の下、エリンとニーナは庭の畑で元気に仲良く働いていた。
笑顔で励ましあう様子は、まさに本当の姉妹だ。
朝は、いつもながら忙しい。
やるべき仕事が山積みだ。
まずは犬猫鶏のご飯の準備、そして今3人で頑張って働く畑の手入れである。
ここでもニーナは、本領を発揮した。
育った孤児院で菜園の仕事を任されていたニーナは、手慣れた感じでダンの家の畑仕事をこなしたのである。
それどころか畑仕事が素人のダンとエリンへ、的確なアドバイスまでしたのだ。
だがエリンは、ニーナを妬んだりしない。
あくまで前向きに捉えるのが、エリンのモットーなのだ。
「ふわぁ! ニーナは本当に凄いね! 何でも出来る! だけど教えて貰えばエリンも頑張る、同じくらいに上手くなる! 姉の面目にかけて」
「うふ、ダンさん、エリン姉、こうやるともっともっと効率よく出来ますよ」
「成る程! ニーナ、俺も勉強になった、ありがとう!」
「うふふ」
家族って、やはり良い!
ニーナは微笑みながら、昨夜の事を思い出していた。
彼女はダンに抱かれて、初めて『女』になったのである。
何もかもが『初体験』だった。
自分の全てを、一切さらけ出した気がした。
緊張するニーナを、ダンは優しく抱いてくれた。
エリンの言う通り、鈍い痛みはあったが……
大好きな人に、抱かれる喜びが大きく大きく上回った。
これで正式にダンの『妻』になれたと実感したのである。
その間エリンはというと、気を遣って居間へ移ってくれていた。
なので、ダンとニーナは行為が終わった後、エリンを迎えに行ったのだ。
うたた寝をするエリンを、ダンは「そっ」とお姫様抱っこで運んであげた。
それを見たニーナは、「自分も」とおねだりしたのである。
エリンは自分をカミングアウトした緊張からか、相当疲れていたようでそのまま眠ってしまった。
ダンとニーナは、寝るまでの暫くの時間、いろいろと話したのである。
こうして……
ニーナは、全てを知った。
ダンが、未知の異世界から来た人間だという事を。
と、その時。
エリンが誰かの来訪を感じたらしい。
「あれぇ? アルバート
「おお、そうだな」
ダンも、小さく頷いた。
エリンの言う通りだと。
ニーナは、吃驚してしまう。
やはり冒険者ランクに比例して、ふたりは只者じゃないと思う。
「凄い! ふたりとも誰がここへ来るのか、分かるのですね? でもアルバート兄達? その人ってダンさんを『監視』している人達ですよね?」
アルバート達を何者か、言い当てたニーナの言葉を聞き、エリンが「うんうん」と納得する。
「そうか……ニーナは昨夜ダンから聞いたんだよね」
「はい!」
「アルバート兄達は良い人達だよ。最初はエリンの事を酷く言ったけど……誤解だってすぐ分かってくれた」
ニーナは一瞬「どうして?」と思ったが、すぐ考え直した。
自分も思い違いから、ダークエルフのエリンを酷く傷つけていたかもしれないからだ。
やがて……
アルバートとフィービーがやって来た。
ふたりは連絡を受けて、ダンに頼んでいた買い物の商品を引き揚げに来たのである。
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ダンの家……
4人はテーブルを挟んで向かい合っていた。
家具好きなフィービーは、ダン達が王都で購入した新しいテーブルを、羨ましそうに眺めたり触ったりしている。
朝食を摂っていなかったアルバートとフィービーへ、ダンは一緒に食べようと提案したのだ。
ニーナの、紹介も兼ねて……
「アルバート、フィービー、紹介するよ。彼女はニーナ、王都出身で昨日から俺の嫁になった。エリンの事も全部『承知』している」
「ニーナです。アルバート様、フィービー様、宜しくお願い致します」
相変わらず、ダンの説明は簡潔である。
ニーナの素性は分かったし、エリンがダークエルフである事も受け入れたという状況なのが理解出来た。
アルバートとフィービーは微笑んで、ニーナへ一礼する。
「こちらこそ、宜しく」
「ニーナちゃん、宜しく」
しかし、とアルバートは思う。
エリンは当然だが、ニーナも負けない超美少女っぷりである。
男だから……
つい目が行ってしまったが、胸の大きさも相当なものだ。
こんな時、女性はガン見する男の視線に敏感だから、アルバートは慌てて視線を逸らす。
そして、恥ずかしさを隠すように、つい「ぽろっ」と言ってしまう。
「でも、エリンちゃんも、ニーナちゃんも可愛いな。若くて可愛い嫁さんがふたりなんて、ダンが凄く羨ましい」
これは妻のフィービーが居る前では、アルバートの『失言』である。
案の定、フィービーは拗ねてしまう。
「ふん! どうせ、私は古女房ですよ」
「え?」
妻の怒りに驚くアルバートは、とんでもない言葉を聞く。
「俺、年上の美人な奥さんも大好きだけど」
「は?」
慌てて見ると、今度はダンが悪戯っぽく笑っていた。
信じられなかった。
今迄のダンなら、このような冗談など決して言わないからだ。
こうなると拗ねた分、フィービーの『ノリ』が凄まじい。
「え~、本当? じゃあ私もダンのお嫁さんになろう!」
「え、ええ~っ」
フィービーの衝撃発言に、アルバートは真っ蒼になってしまった。
目を見れば分かる……フィービーはマジだ。
こうなると、ダンのノリもエスカレートする一方だ。
「よっし、フィービー、嫁に来い!」
「うふふ、ダン、これから、よろしくぅ!」
息の合ったダンとフィービーのやり取りに、エリンとニーナも悪ノリする。
「やった! フィービー姉もダンのお嫁さんに?」
「私も大、大歓迎です」
「あううううう~」
孤立無援なアルバートは頭を抱えて悶え苦しむ……
と、その時。
「冗談よ」
「へ?」
聞き慣れた声を聞き、アルバートは慌ててフィービーを見た。
先程のダンみたいに、悪戯っぽく笑う愛しい妻の顔がそこにはあった。
「じょ、冗談?」
「そうよ! 私が貴方と別れるわけないでしょ!」
「本当か!?」
「本当!」
真偽を確かめる夫婦の会話。
アルバートは『無事』を確認すると、フィービーに「ひし」と抱きついたのである。
元騎士とは思えない、形振り構わない姿であった。
朝食を食べ終わって暫し歓談した後……
アルバート達は頼んだ商品を担いで、帰宅して行く。
ふたりは完全に仲直りし、睦まじく手を繋いでいた。
遠ざかるアルバート達の後姿を見て、エリンが言う。
「当たり前にある幸せって普段は中々気付かないね。エリン、そう思う」
「私もです」
ニーナも、エリンの言う通りだと強く思った。
最愛の兄を亡くして、改めて感じたから。
しかし今は大好きなダンが居て、姉のように慕うエリンも居る。
愛する人達が、当たり前のように傍に居てくれるのが最大の幸せだと、ニーナは悟ったのだ。
「俺もそう思うよ。だから……」
ダンは、周囲を見渡した。
当然、ダン達以外は誰も居ない。
居るのは犬に擬態したケルベロスやオルトロス、そして相変わらず屋根で寝る妖精猫のトムくらいだ。
エリンとニーナは、ダンに優しく抱き寄せられる。
思わず甘えるふたりは、ダンに熱~くキスをして貰ったのであった。