第173話「妹からの叱咤激励①」

文字数 2,467文字

 応接のテーブルに並べられた銀の指輪と一枚の紙片。
 凝視するフィリップへ、ダンは言う。

「これらは、秘めたる宝です。全部で3セットあり、その存在は限られた一部の人しか知らない」

「…………」

「だが、3つとも、大切に代々受け継がれて来た」

「…………」

「フィリップ様、この指輪と誓約書に見覚えはありますか? それとも、全くご存知ではなかったのか……」

「…………」

 ダンの問いかけに対して、フィリップは答えない。
 黙ったまま、目の前の『宝』を見守るだけだ。

「俺が持参した指輪は銀。同じデザインのプラチナ製のものが、イエーラにあります。誓約書と一緒に」

「…………」

「俺達は、ヴェルネリ様から同じものを見せて頂いた。そして気持ちをひとつにし、協力の約束をして頂いたのです」

「…………」

「この宝の(いわ)れを……俺が聞いた話を、フィリップ様へお伝えしたいのですが……宜しいでしょうか?」

「あ、ああ……頼む」

 フィリップの意を受け、ダンは話を開始した。
 失われた民、デックアールヴのリストマッティから聞いた、彼等の悲惨な歴史を……

 そして地下へ追われたデックアールヴ達と、この国の開祖バートクリード・アイ ディールと弟ローレンスの運命的な出会いを。
 更にリョースアールヴ4代目の長テオドルを加え、3者の間に築かれた新たな友情を……

 フィリップは目を閉じ、黙って聞いていた。
 傍らのベアトリスも、そうである。

 ダンの話が終わると、フィリップはゆっくりと目を開けた。
 大きなため息をつく。

「ある程度は認識したと思っていたが……私の知らぬ事が多々あった。ダン、君の話を聞く事が出来て、我が先祖の事を改めて知り、嬉しい……」

「それは良かったです」

「うむ……確かに、我がアイディールにも同じ秘宝がある。指輪の材質も、ダンの言う通り金だ」

「ならば、今度はフィリップ様から、いろいろとお聞きしたい。お話し頂けますか?」

「ああ、ぜひ話をさせてくれ」

 フィリップはそう言うと、少し遠い目をして話し始める。

「子供の頃……私は夢を見た。王宮の宝物庫に、見た事もない宝が眠っている夢だった」

「…………」

「とはいえ、小さな子供が勝手に宝物室へ入る事など出来ない……幼かった私は悶々として時間を過ごした」

「…………」

「3年後……願いは叶った。私は適当な口実を作って、こっそり宝物庫へ入った。宝はあった! 何の変哲もない平凡な箱に、それらは収められていたんだ」

「…………」

「手に取って、誓約書の内容を読んだ瞬間、私の心は、遥か(いにしえ)の時代に飛ばされていた。感動で身体が打ち震えてしまったのを覚えている……」

「…………」

「この指輪と誓約書は、バートクリード様の末裔たる私には、最も大切な宝だ。周囲のどんなにきらびやかな宝よりも、断然輝いていたからな」

「…………」

「数か月後、独学で一緒に書かれていた、古代アールヴ語も読む事が出来た。更に膨大な数の古文書を読み、私は何があったか、バートクリード様の、真の遺志が何であったのか……推測する事が出来た」

「…………」

「しかし……まだ幼い少年の私には、どうする事も出来なかった……」

「…………」

「物心ついた頃から、ダークエルフ……つまりデックアールヴは忌避すべき存在だと教えられていたし、彼等が今どうしているのか、現在の状況が分からない、有効な手立ても思い付けなかった」

「…………」

「多分、アイディール歴代の王も同じだったに違いない」

「フィリップ様、イエーラのヴェルネリ様も同じ事を考え、仰っていましたよ」

「そうだろうな……分かるよ……彼等は私とはもっと違う立場だから、悩みは相当深いだろう」

 フィリップはそう言うと、ヴィリヤとゲルダを見た。
 しかし、ふたりは胸を張り、優しく微笑んでいる。
 前向きな気持ちに満ち溢れていた。

 釣られて微笑んだフィリップは、軽く息を吐く。
 
「話を続けよう……無力感に満たされながらも、幼い私は考えた。自分のやるべき事を貫こうと、全うしようとね」

「素晴らしいと思います」

 ダンはフィリップを称えると、いくつかの事象を思い浮かべた。
 
 幼少の頃から……
 日々、兄の国王リシャールを助けて奔走する日々。
 様々な改革も。
 フィリップもまた、リョースアールヴの長ヴェルネリと同じく身を粉にして働いて来たのだ。

 ダンはギルドマスターのローランドから聞いていた。
 冒険者ギルドの改革を、しっかり後押ししてくれたのもフィリップなのであるから。
 
 自分の行いをダンに認めて貰い、フィリップは嬉しそうである。

「ありがとう! やがて……妹が……ベアトリスが啓示を受け、創世神様の巫女となった時、私は思いを新たにした。巫女の力と引き換えに、不自由な身体となった妹を守りつつ、自分に課せられた役目を絶対に果たそうとね」

 フィリップはそう言うと、傍らのベアトリスを見た。
 慈愛の籠った眼差しである。
 しかし、フィリップは苦笑し、首を振った。

「妹は素晴らしい! 己の身体を張って、世界を災厄から救っている。私は妹の頑張りに支えられている。片や、私はどうだろうか? ……いろいろやったが、所詮はバートクリード様の遺志を継げぬ現実逃避でしかなかった」

「違うわ!」

 フィリップの言葉が終わると同時に、ベアトリスが叫んだ。

「フィリップ兄様がどんなに素晴らしい方なのか、私は存じ上げておりますもの! リシャール兄様を助け、日々どれだけ粉骨砕身されているか、……幼い頃から夜もろくに寝ず、休みも取らず、今迄ずっと政務をされていらっしゃるのよ!」

「ベアトリス!」

「お兄様! ご自分をそのように卑下されてはいけません!」

 ベアトリスは大好きな兄を、強く激しく、叱咤激励したのであった。
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登場人物紹介

☆ダン・シリウス

本作の主人公。人間族の男子。

魔法、体術ともに圧倒的な強さを誇る魔法使い。

特に火と風の魔法を得意とする。

飄々とした物言いだが、性格は冷静沈着、情に厚い部分も。但し、女性に対しては基本的に奥手。

召喚された異世界で、創世神の神託が出る度、世界へ降りかかる災いを払う役目を負わされた。

だが王都暮らしを嫌い、一旦役目を果たせば、次の神託まで、普段は山里に隠れるように住んでいる。

ある時『世界の災厄である悪魔王』を倒す仕事を請け負い、絶体絶命のピンチに陥ったエリンを、偶然に助けた。

☆エリン・ラッルッカ

地の底深く暮らす、呪われしダークエルフ族の王女。地の魔法の使い手。

突如、攻めて来た悪魔王とその眷属により、父と一族全員を殺される。

しかし、悲しみに耐え、前向きに生きると決意。

絶体絶命の危機を救ってくれたダンと共に、地上へ……

ダンの自宅へ強引に『押しかけ』た。

☆ヴィリヤ・アスピヴァーラ

エルフ族の国、イエーラから来た、アイディール王国王宮魔法使い。

水の魔法の使い手。エルフ族の長ソウェルの孫娘。

ダンを異世界から、『勇者』として召喚した。 

傲慢な振る舞いを、ある日ダンからたしなめられ、以来熱い想いを抱くようになる。

☆ニーナ

人間族の国アイディール王国王都トライアンフ在住の女子、ビストロ英雄亭に給仕担当として勤める。孤児であり、両親は居ない。双子の兄が居たが、ある迷宮で死んだらしい。

以前店で仕事中、ガラの悪い冒険者に絡まれた。だが、ダンに助けられ、彼に片思い状態である。

☆ベアトリス・アイディール

アイディール王国王女にして、創世神の巫女。

ある日突然、巫女の力を得ると共に、身体の自由を殆ど失い、更に盲目となった。

ダンに神託を与え、世界へふりかかる災厄を防ぐ。

巫女として役目を果たす事に生き甲斐を感じながら、自らの将来に対し、大きな不安を抱えている。

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