第112話「ルーキーキラー①」
文字数 2,613文字
次にゴブリン、更に再びスライムと戦い、そしてまたスライムと戦い……
冒険者として、少しづつ経験を積んで行った。
その間、ダンは敢えて何もせず、ただ見守っているだけであった。
エリン達は戦いの際、真剣に且つ慎重に戦っていた。
いくら相手が低レベルの魔物とはいえ、絶対に気を抜くなと、ダンから徹底させられていたからだ。
ギルドから、提供して貰った地図に従い進む一行は、地下3階へ降りる階段の間近に迫った。
と、ここで。
「うおおん!」
またも、ケルベロスが吠えた。
どうやら前方に、何者かの気配がするらしい。
部下のゲルダに擬態したヴィリヤが、美しい眉をひそめる。
魔法発動の時以外、会話は念話だ。
『また敵……ですか』
一方エリンは首を振った。
そして、
『ううん……これって、旦那様……そうだよね?』
エリンから同意を求められ、ダンは苦笑している。
当然『敵』の存在は、キャッチしていた。
『ああ、エリンの言う通り、この反応は人間だな。人数は4人……場所が場所だし、冒険者クランらしい……全員、男だ。年齢は……ばらばらか』
この先に居るのが人間と聞いて、エリンとヴィリヤは安堵する。
『やっぱり、人間? じゃあ、旦那様、敵じゃないよね? ケルベロスの勘違い?』
『へぇ、冒険者のクランなのですか? で、あれば、エリンさんの言う通り、ひと安心ですね』
しかしダンは手を挙げて、横に振る。
『待て待て、ふたりとも。戦いの時は絶対に油断するなと言っただろう?』
『だって! 相手は人間だよぉ』
『そうですよ、エリンさんの言う通りです』
顔を見合わせて、頷き合うエリンとヴィリヤ。
ダンは、少し嬉しくなって、思わず微笑む。
『お、意見が合って来たな。やはり何回か一緒に戦うと違う』
ダンに指摘され、エリンとヴィリヤは見つめ合ったまま、固まってしまう。
言葉も出て来ない。
表情は……複雑だ。
『…………』
『…………』
ダンは小さく頷くと、満足そうに笑う。
『まあ良い事だ、お前達の距離は確実に縮まっている』
距離が縮まっている……
果たして本当にそうなのだろうか?
あまりそうは感じない。
様々な思いと感情が、ふたりの間には飛び交っていた。
そして……
相変わらず、エリンとヴィリヤ、ふたりから言葉は出て来ない。
『…………』
『…………』
ダンは頃合いと見たのだろう。
索敵でキャッチした、『敵』の話を再開した。
『で、話を戻そう。この先に潜んでいる奴等はルーキーキラーかもしれない』
ルーキーキラー?
初めて聞く言葉にエリンは首を傾げ、ヴィリヤは記憶の糸を手繰る。
『ルーキーキラー?』
『ダン、その名は、聞いた事はありますが……一体、何なのですか?』
エリンとヴィリヤの視線を受け、ダンは詳しい説明に入る。
『ルーキーキラーとは文字通り、初心者殺し……デビューしたての冒険者ばっかりを狙う不届きな奴等さ』
『え? 狙う? それって?』
『人間同士、エルフ同士、同族で殺し合うって事ですか?』
エリンとヴィリヤは信じられなかった。
冒険者は助け合うものだと認識しているから。
ルーキーキラーは、完全に真逆な存在だ。
『ああ、そうだ。奴等は冒険に不慣れな同胞を襲って、金目のものを奪い、装備品まではぎ取る。被害者の男はそのまま殺し、女は犯して殺す無法者だ。まあ同じ人間、同族同士だとしても、相手から襲われたら、自衛の為に倒すのは仕方がないな』
ルーキーキラーの悪辣さを聞いたエリンとヴィリヤ。
『さいってぃ! ヴィリヤ、そんな奴等、許せないよねっ!』
『そうです、エリンさん! 絶対に許せません!』
またまた意見が合い、憤るエリンとヴィリヤ。
しかし感情が激していて、気が付いてはいないが。
ダンは益々、嬉しくなって来た。
彼はそんな心の内を隠し、ふたりに話を合わせる
『だな。俺も許す気はない、もし出会ったら……容赦しない。出来心とか抜かして命乞いをしても、な』
『でもどうやって見分けるの? 旦那様は相手の心を読めるから……分かる。エリンも、相手の邪な気配で……多分分かる』
『で、では、心など読めない常人は? どうやって? いきなり襲われたら困ります』
『エリンの言う通り、俺には相手の心が読める。そしてヴィリヤの疑問にも答えよう。不審な冒険者が居た時は合言葉がある』
合言葉?
エリンは当然、ダンに尋ねる。
『旦那様、合言葉って何?』
しかし、エリンの問いに答えてくれたのは、何とヴィリヤであった。
『エリンさん、合言葉とはお互いを確認したり、合図を送る為にある言葉です』
『な、成る程!』
今迄のエリンであれば、素直に納得などしなかっただろう。
宿敵エルフの説明など、耳も貸さなかったに違いない。
やはりエリンとヴィリヤの『距離』は確実に縮まっているのだ。
ヴィリヤが、ダンへ問う。
『でも、ダン。合言葉って、具体的にはどうするのですか?』
『ああ、ギルドが定めている公的な言葉だ』
また知らない言葉が出た。
ヴィリヤに負けてはいられない。
対抗するように、エリンは問う。
ダンへ向かって。
その……つもりだった……のに。
『公的?』
『エリンさん、公的というのは個人的なという事ではなく、
『そ、そうなんだ。……あ、ありがとう、ヴィリヤ』
不思議な事に……
エリンは礼が言えた。
ヴィリヤへ感謝の気持ちを籠めて……
何故だろう?
あんなに憎い、宿敵のエルフの筈なのに……
ダンが僅かに微笑む。
『ああ、ヴィリヤの言う通りだ。戦闘不能を含めた危機的状態に陥っている場合以外は、必ず返事をしなくてはいけない。もし正しい返事をしなければ……攻撃されても仕方がないと、ギルドのルールで決まっている』
ヴィリヤの言う通り……
そんな、ダンの話を聞きながら……
エリンは不思議な感覚に捉われている。
それが、クラン全員を繋ぎ始めた絆である事を、彼女はまだ気付いてはいなかった。