第103話「ゲルダの覚悟」
文字数 3,155文字
表向きはヴィリャの副官ゲルダが、ダン達の行う迷宮探索に協力する形である。
一行の向かう先は通称、人喰いの迷宮——『英雄の迷宮』だ。
馬車へ乗り込んでいるのはダン、エリン、ニーナ、そしてヴィリヤとゲルダの主従であった。
だが、ヴィリヤとゲルダの主従には秘密が隠されていた。
車内の5人は知っているが……
ヴィリヤとゲルダは、ダンの変身魔法を使い入れ替わっていたのだ。
車内の5人は、ずっと無言だ。
ヴィリヤは、ふと昨夜の事を思い出す。
……ゲルダは、切々とヴィリヤへ意見したのである。
いつもは冷静なゲルダが、珍しく熱くなっていた。
「ヴィリヤ様、私も覚悟を決めましたよ」
「え? 覚悟?」
驚いたヴィリヤが聞き直すと、ゲルダは真っすぐに見つめて来る。
「はい、覚悟です。なのでヴィリヤ様も、これからする私の話をよ~く聞いて下さい」
下手な反論を、許さないという雰囲気のゲルダ。
いつにない迫力のある物言いに、ヴィリヤは圧倒されてしまう。
「わ、分かったわ」
「覚悟というのはヴィリヤ様、貴女の恋を成就させる為に、私もリスクを負う事です」
「私の恋を成就させる為……ゲルダがリスクを……」
「はい、リスクです。ではお話ししますが……その前に……」
「その前?」
「はい! 今回の迷宮探索を、絶対に甘く考えないことです」
「え? そんな? あ、甘くなんか考えていないわ……」
「いいえ、ヴィリヤ様は安易に考えています。失礼ながら貴女は迷宮という場所へお入りになった事がない、迷宮とは地上と全く違う世界なのですよ」
「迷宮と地上が違う?」
「はい! どちらかというと、我々リョースアールヴは迷宮探索には適していません。訓練によりある程度克服は出来ますが……基本的に地下で活動する事には向いていない。デックアールヴ、つまり地下で暮らすダークエルフとは対照的なのです」
ダークエルフ……忌み嫌われた種族……
殆どのア-ルヴは天罰を恐れ、決して口にしない名前だ。
「ダークエルフ? 汚らわしいわね、もうその名前を言わないで」
ヴィリヤは不快そうに、顔を歪めた。
言葉を聞くのも、嫌だという感じだ。
「申し訳ありません。彼等は創世神様に疎まれ、地下へ追いやられた呪われし一族ですからね……」
「…………」
「話を戻しますと、ヴィリヤ様にいくつか申し上げます」
さあ、いよいよ本題である。
一体、ゲルダは何を話すのだろう。
ヴィリヤは身構える。
身体に不自然な力が入った。
「い、言って下さい」
「はい! まず必要以上にダンへ依存するのはやめて下さい」
依存?
ヴィリヤ自身、決してダンへ依存しているつもりはない。
当然否定する。
「私がダンに依存? い、いいえ! 依存なんか」
「いいえ、傍から見れば頼り切っています。ですが、ヴィリヤ様がダンへ依存しようとするのは当然です。何故なら貴女は、ダンが好きなのと同じくらい彼を尊敬しているのですから」
「…………」
「でも頼り過ぎ……すなわち依存し過ぎるのは、お互いの為に良くありません。一線を引いて下さい」
「一線……」
「はい、ダンに対して、ほどほどに甘えるのは構いません。だけど自分をしっかり持つのです」
「ほどほどに甘えるのは構わない……だけどしっかり自分を持つ……」
ゲルダの言葉を、繰り返すヴィリヤ。
小さく頷くと、ゲルダはきっぱりと言い放つ。
「はい! エリンさん、ニーナさん、あのふたりを見ていると分かります。普段はとてもダンに甘えていますが、極度の依存はしていません。基本的に自分をしっかり持っているからです」
「…………」
「それがヴィリヤ様との大きな違い……あのふたりの落ち着きが、既にダンの妻になったという安心感に裏打ちされているのは否めませんが、まさにここが正念場です。……頑張って乗りきるのです」
「乗りきる……」
「はい! 乗りきって下さい。そして女として自信を持つのです、ヴィリヤ様」
「私が女として自信を?」
「はい! まずご自分の美しさに、加えて水の魔法使いとしてマスターレベルに達していらっしゃる素晴らしい実力にも」
「え、ええ……」
「それとヴィリヤ様は、この世界へダンを召喚してから長い間生活を共にしました。エリンさん達よりもずっと長期間です。だからダンの事をちゃんと理解している、ダンの全てが良~く分かっているではありませんか?」
「私が? ダンを分かっている? え、……ええ、そうね、分かるわ! ダンの能力は素晴らしいし、そして優しいわ……彼の言葉は私を諭し、前向きにさせてくれる、成長もさせてくれる……及び腰の時は引っ張ってもくれるわ」
「そうです! ダンもヴィリヤ様、貴女の事が分かっている。そして貴女を決して嫌ってはいない」
「私を嫌ってはいない……」
「そうです……もしもダンが本当にヴィリヤ様の事を嫌いなら、仕事さえ一緒に出来ない、貴女を一切無視します。彼の性格ならベアトリス様へ、直接話をすると思いますから」
「私を無視して、ベアトリス様へ……直接、話を……そうね、きっとそうだわ」
もしもヴィリヤを嫌っていたならば、ダンが王女ベアトリスへ直接話す……
確かにそうだろう。
あの謁見が終わった後、ダンとベアトリスの様子は親密そのものであったから。
「ヴィリヤ様、お分かりになりましたか?」
再び問う、ゲルダ。
ヴィリヤは、素直に感謝した。
副官という職域など、遥かに超えた助言をしてくれたから。
ゲルダはまるで、実の姉のようである。
「え、ええ! ゲルダ、ありがとうっ! わ、私、頑張るっ! ダンに受け入れて貰うように、思いが通じるまで」
嬉しくなったヴィリヤは、感謝の言葉を告げた。
しかし、ゲルダの話はまだ終わってはいなかったのだ。
「ヴィリヤ様、では最後に……」
「最後にって? ま、まだ何かあるの?」
「はい! 繰り返しになりますが……まずは迷宮を舐めないこと」
「わ、分かったわ。必ず気を付けるから」
「宜しい! 次にダン達の指示には絶対に従い、協力する事。エリンさんの言う事にもです」
「あのエリンの言う事にも従う? ううう……一応、努力はするわ」
「ダメです! 創世神様に誓って、きっちり約束して下さい」
「う、うん……」
「それと! もしもダンへ思いが通じずとも、やけにならない事も約束して下さい! 相手があっての事ですから、一朝一夕には行きません。今回だけで貴女の思いが通じるとは言えませんから」
「…………」
歯切れが悪くなったり、口籠るヴィリヤ。
曖昧な態度をとるヴィリヤに、ゲルダは首を振る。
「ダメですよ! ちゃんと誓い、約束して下さい。そうでないとヴィリヤ様、貴女は死にます」
「わ、私が人喰いの迷宮で死ぬ……」
「はい! ちょっとでも個人プレーに走ったり、気を抜けば簡単に死にます。迷宮とは、そのような場所なのですから」
「…………」
「そして一番最初にも申し上げましたが、私もリスクを負います」
「え?」
「……もしもヴィリヤ様が迷宮から戻られない場合は……」
「も、戻らない場合は?」
「はい! 私もこの屋敷で自ら命を絶ちますので」
「え!? ゲ、ゲルダ? う、嘘でしょ?」
「本気です!」
きっぱりと言い放つゲルダの瞳には、一点の曇りもなかったのであった。