第23話「魚に夢中①」
文字数 2,976文字
どうやら、食物連鎖の話を聞いて、狩りをする気持ちが減退したようである。
ダンが狩りの話を振っても、ただ溜息を吐く。
しかしやる気のあるなしと、お腹が減るのは因果関係がないようだ。
ぐうう~
唐突にエリンのお腹が鳴って、彼女が空腹なのが分かる。
「あう……エリン、お腹が空いちゃった」
「ああ、じゃあ昼飯にしよう」
こんな時、ダンは切り替えが早い。
少し考えて、すぐに決断したのである。
「そうだな……狩りが無理なら、魚でも釣るか」
「魚!?」
エリンは驚いた。
先程の小川での会話から分かるように、彼女の中で魚とは食べる対象ではなかったからだ。
ダンには全く分からないが……
エリンが断片的に語る内容を総合すると、地下世界の魚とはグロテスクで凶暴な生き物のようである。
食物連鎖の話で意気消沈していた上に、ダンが魚を食べると聞いたエリンは更に元気が無くなった。
しかしダンは、気に留めない。
「さあ、エリン、行くぞ。さっき俺が言った湖へ」
「う……う~ん」
「どうしても魚が食えないようだったら、俺が狩りをする。獲った肉も駄目だったら今夜は野菜スープにすれば良い」
「う、うん……」
「そうだ! もしエリンが魚を釣って帰ったら、猫のトムが泣いて喜ぶぞ」
「わ、分かった……エリン、行くよ」
「時間が押しているから、ここから直接飛翔して行こう。この森には俺以外滅多に人が来ない。絶対とは言わないが索敵をしているから誰かが来ればほぼ分かる」
「うん!」
「よっし、行くぞ。エリン、俺に掴まれ」
ダンは飛翔魔法を発動すると、ふたりは大空へ飛び消えて行ったのである。
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暫し飛翔した後……
エリンとダンは湖に着いた。
地上の湖は、エリンが予想したものとは全然違っていた。
エリンが暮らしていた地下世界にある湖は全く光が差さないせいもあり、真っ暗で底が分からないくらい深く、身も凍るような冷たい水が満ちていた。
エリンが知る地下の湖に比べ、地上の湖は広々として開放的、水の色が澄んだ青である。
つい比べようと見上げた空とは全く違う青さであり、エリンはとても美しいと感じてしまった。
そんなエリンの鼻腔に、芳しい香りが入り込んで来た。
エリンが見ると、湖の岸辺には色とりどりの花が咲き乱れ、ぶんぶんと音を立てて小さな虫が忙しそうに飛び回っている。
岸辺から少し離れた場所に生えている木々には小鳥が止まってのんびりと
「ダン、凄いね、湖って綺麗だね、良い香りがするね」
「ああ、エリン。来て良かっただろう?」
「うん! 来て良かった! ダン、エリンを連れて来てくれてありがとう! 嬉しいよ」
「ははは、湖は深いからさっきの川みたいに入るな。それと、花に止まっていたり飛んでいる羽のある虫にはちょっかい出すなよ、刺されるから」
「う、分かった」
エリンはダンに了解を取って、岸辺に近づき湖を見た。
浅い手前は綺麗な水で、先程見た川同様に底まで見えるが、真ん中辺りは水の色が濃くて深そうだ。
エリンが湖の岸辺をおそるおそる歩いている間に、ダンは釣りの準備を始める。
腰に付けたバッグに触って、ダンが少し魔力を込めると、何と釣り道具が一式飛び出して来た。
小さなバッグで、釣り道具をまともに入れるのは普通、不可能である。
どうやら……
バッグには、特別な収納の魔法がかかっているらしい。
ダンは、かさばる荷物をそこへ収納しているようだ。
ちなみに釣り道具は、全てダンの自作である。
「ダン、何するの?」
「何するのって……釣りさ」
「釣り?」
「うん、これが釣りの道具。これが竿、これが糸、これが浮き、これが錘、そして針だ」
ダンは釣りの道具を地面に広げ、エリンへ説明してくれた。
「ふうん、何か洋服作る道具みたいだね……でもダン、道具を使うの? 魔法で魚取らないの?」
だが……
釣り道具を見た事のないエリンには、イメージがわかないようだ。
「きょとん」としている。
終いには、ダンへ魔法を使うのかと聞いて来た。
ダンは、そんなエリンも可愛く思える。
「魔法?」
「うん、ダンは魔法でぱぱっと魚を獲るのかと思った」
「いや、それは最終手段。最初から全部魔法じゃあつまらないだろう」
「つまらない?」
「まあ見ていなよ」
「うん、エリン、見てる、注目する」
再び釣り道具を、じっくり観察してはみたが……
やはりエリンは、どうやって魚を獲るのか全く想像がつかなかった。
こうなれば、ダンの言う通り、見守るしかない。
細い木の枝で出来たダンの釣竿は、良くしなる柔らかいものを何本も採集した中から厳選した自慢のものだ。
糸はというと、知る人ぞ知る蛾の幼虫から取った特製品を簡単に切れないよう魔法で強化。
魚のアタリを伝える浮きは、軽くて水を吸い難い木片を削り、目立って見やすいように鮮やかな黄色の塗料を塗った。
錘は逆に、水中で目立たない真っ黒な石を、糸に結びやすい形に砕いて磨いたもの。
針は丈夫な重めの木片を選び、両側を鋭く尖らせてあった。
ちなみに、餌は古いパンである。
ダンは、澄んだ湖面へ向かって竿をしならせる。
「ぽちゃん」と音がして、錘の石の重みで餌のパンを付けた針が沈んで行く。
反応は、すぐあった。
それも針が沈んだ瞬間に。
黄色の浮きが、ぐいっと引き込まれ水中に消えたのである。
何か、魚が喰いついたのだ。
「ようしっ! ヒット!」
ダンが、会心のアタリだという声を発した。
竿が大きな円を描いて引き込まれ、「ぎしぎし」と糸が軋んだ。
「あ、ああっ!」
エリンが思わず声をあげる。
「わぁ、ダン、凄いね! 凄く引いてるよぉ、頑張れぇ」
声援を送るエリンが拳を突き上げると、魚がばしゃんと水面からジャンプした。
エリンは、はらはらしながら見守る。
糸が切れないか?
竿が持つか?
そして「魚が針から外れて逃げないように」と一生懸命に祈る。
しかしダンは巧みにやりとりし、魚は疲れたのか「ぷあっ」と水面に顔を見せる。
「え? あれが魚?」
エリンは、驚いた。
ぱっと見た所、全然グロテスクじゃないのだ。
地下の湖に居た、ぶきみな魚達とは大違いであった。
ダンは竿を上げたり、左右に振って魚を充分疲れさせると慎重に岸へ引き寄せる。
そしてエリンが見守る中、遂に魚は陸へ引き上げられたのだ。
「凄い!」
地面で跳ねる、かかった魚の見事さに思わずエリンが感嘆した。
体全体が流線形で、茶褐色の大型の魚。
朱点が、やたら多い。
ダンが言った通り、これはトラウト――鱒の一種だ。
地球では、ブラウントラウトと呼ばれる種類に近いだろう。
「綺麗! 素敵!」
エリンは目を丸くして、元気にはねる、この美しい魚を見ていたのであった。