第129話「フィスト バンプ」
文字数 3,135文字
仮眠から、ダンが起きた。
とても、さっぱりとした顔付きである。
具体的な方法は不明だが……
どうやら短時間で、ぐっすり眠る技を会得しているらしい。
見守るエリンとヴィリヤの視線に気付き、ダンが笑顔で礼を言う。
「ありがとう、エリン、ヴィリヤ。お陰でゆっくり寝かせて貰ったよ」
「うふ、良かった。ダン、元気いっぱいだねっ」
ダンの感謝に対し、笑顔で応えるエリンの傍らで、ヴィリヤは、
「…………」
無言で、俯いてしまっていた。
顔が、「ほんのり」赤くなっている。
好きだと宣言した上で、改めて相手と、向き合う。
『恋の覚悟』を決めたヴィリヤではあったが……
ダンを改めて『想い人』と意識したせいもあり、真正面から見つめるのは厳しいらしい。
今迄はダンを見て話すなど、全然平気だったのに、乙女心とは微妙なものだ。
「仕方ないな」という苦笑を浮かべたエリンは、早速『援護』してやる事にした。
「ねぇ、ダン」
「何だ、エリン」
「エリン、ヴィリヤと話した。ニーナの時と、一緒になったよ」
「……了解」
一瞬、沈黙し、ダンが「受けた」という返事をした。
今のエリンとの会話だけで、ダンには全てが分かった。
エリンがヴィリヤの『受け入れ』を認めた。
と、なれば、単に恋愛云々だけではない。
重要な、ターニングポイントでもある。
だから次にする、ヴィリヤへの話し方はストレートだ。
俯いたままのヴィリヤへ、ダンは向き直る。
「ヴィリヤ、顔を上げてくれ」
「は、はいっ!」
緊張していたヴィリヤも、ダンから呼ばれ、さすがに顔を上げた。
と、間を置かず、ダンから言葉が投げかけられる。
「お前の気持ちは、改めて分かった」
「え?」
ヴィリヤは戸惑う。
ダンとエリンの会話で、まさか『全て』が伝わっているとは、考えていないから。
しかしダンの話は、ヴィリヤが驚く間も続いて行く。
そして、何と!
「様々な問題を抜きにして、素直に言うぞ。俺は嬉しい」
俺は……嬉しい!?
ま・さ・か!?
私がダンの事を好きだと、彼は嬉しい!?
思ってもみなかった、ダンの言葉。
今迄の
自分は、ダンから嫌われている。
『仕事のみの割り切った関係』なのだと、落ち込んでいたから。
ヴィリヤの乾いていた心に、『恵みの雨』が降り注いだ。
歓喜の声が鳴り響くのは、当然である。
「ええええええっ!? ほほほ、本当に?」
「本当だ。但し、事前に言っておこう」
「どきどき」する胸に手を強く当てながら、ヴィリヤはダンを見据える。
自身へ「落ち着くように」と、言い聞かせているようだ。
「な、何でしょう?」
「お前と、この件で話すのは、今回の目的地である迷宮最深部、すなわち地下10階へ着いてからだ」
ダンに言われて、ヴィリヤは頷いた。
「まずは、仕事優先」……というのは彼女にも分かった。
だから、素直に聞き分ける。
「は、はい! ダンとは地下10階で話すのね。わ、分かりました」
「あとは、様々な問題を除いてと、前置きした通りだ」
「は、はい! それも、エリンさんから言われているから、分かります」
「生半可じゃないぞ。エルフの、それも貴族のお前が、人間の俺と結婚するには、とんでもない覚悟がいる。それだけは肝に銘じていてくれ」
「はい! 覚悟は出来ています」
「……もしかしたら、お前は自分の価値観を含め、想像以上に多くのものと、きっぱり決別しなくてはならないかもしれないぞ」
エリンから聞いていて、心の準備は出来ていたヴィリヤであったが……
やはり、ダンの言葉は重かった。
しかし、絶望していた恋に道は開かれた。
その上、ダンからは厳しいながらも、とんでもなく嬉しい言葉を聞けたのだ。
前向きになったヴィリヤの気合は、もうMAXに近い。
「はいっ! 全てエリンさんから聞いています。私、どんな困難も覚悟しています。貴方と結ばれる為なら、頑張って乗り越えます」
「よし、ならば、ここでの話は完了。早速出発だ。以降の会話は基本念話とする」
「了解!」
「了解しました」
「よし、じゃあ」
ダンは「すっ」と拳を突き出した。
もうエリンにもヴィリヤにも分かっていた。
いわゆる『フィスト バンプ』と呼ばれる挨拶をするのだ。
3人は軽く拳を合わせ、お互いに気合を入れ、出発したのである。
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冒険者ギルドのサブマスター、クローディアから貰った『特製の地図』は、さすがに正確であった。
地下6階から、地下7階へ降りる階段は呆気なく見つかったのだ。
さてさて、ここまでは、様々な敵が出現した。
通常のクランから見れば、とんでもない強敵ばかりである。
しかし、実質S級レベルといえる、3人の抜きんでた実力。
加えてクランリーダーであるダンの、的確な指示もあって、危険は殆どなかった。
その地図によれば……
地下7階で出現する魔物で、
身長5mを超え、とんでもない怪力を誇る
そのオーガはすぐに出現、ダン達を喰らおうと襲って来た。
例によってエリンは少々エキサイトしたが、ダンとヴィリヤのフォローもあって、暴走は避けられたのである。
戦闘終了後、ケルベロスと火蜥蜴に先導させ、ダン達3人は、悠々と地下7階を進んで行く。
この階層まで来る、実力のあるクランは多くはない。
上層では良く見かけた他のクランも、ここではあまりみかけない。
先程、ベテランらしい『ひと組』が通っただけだ。
更に数回の戦闘を重ね……
暫し進んだ3人は、適当な場所で小休憩を取る。
当然ながら、周囲を視認し、加えて魔法でも安全を確認した上で……
ダンは、エリンとヴィリヤへ、腰を下ろすよう告げた。
迷宮探索に無理は禁物。
慣れたダンの指示に間違いはない。
エリンとヴィリヤは素直に指示に従って、座った。
直後、ふたりに続いてダンも腰を下ろし、クランは小休憩に入った。
周囲を相変わらずケルベロスが護衛し、宙を舞う
敵の気配は今の所なく、危険も感じられない。
ここで、ヴィリヤが「さっ」と手を挙げた。
彼女が発言をしたいという合図である。
当然、会話は念話だ。
『ダン、お願いがあるのですが……』
『何だ?』
『さっきの……拳をこつんってぶつけるの……また、ここでもやりたいのですが……3人一緒にやると、凄く仲良くなれる気がするのです』
今迄にダン達は数回、同じ事を行っていた。
不思議な事に、ヴィリヤの言う通り、数を重ねる度に絆も深まる気がする……
『フィスト バンプの事か?』
ダンの言葉を聞き、エリンも拳を突き上げる。
どうやら3人の気持ちは一緒のようだ。
『やろうよ、ダン、フィスト バンプ! エリンも大賛成』
『了解! お安い御用だ』
ダンが了解し、合図の上、3人は拳を合わせた。
軽い衝撃と、各自の体温がそれぞれ伝わる。
この迷宮探索の仕事を、しっかりやり遂げる。
そしてその後には……
新たな人生が開ける……
否、絶対に切り開く。
3人が行うフィスト バンプは、互いの絆を深めると共に、強い決意の