第11話「いきなり、お泊り②」

文字数 2,428文字

 ダンとエリンのふたりは風呂からあがると、居間のテーブルを挟んで向かい合って座っていた。
 腕組みをしたダンは、拗ねたような顔をして黙っている。

 一方のエリンは「にこにこ」と満面の笑みを浮かべていると言っても良い。
 何か、とっても良い事があったようだ。

「うふふ、ダンって身体は細いけど筋肉はまんべんなく付いているよね。魔法使いとか言った癖に鍛え抜いた身体って感じだよぉ。凄~く格好良い」

「…………」

「ねぇ、ダンったらぁ、どうやって鍛えたの? 教えて、教えてっ」

「…………」

「でも遠慮しちゃってぇ! 折角、前も洗ってあげたのに、背中流すだけじゃあ、つまらない」

 エリンが、不満そうに口を尖らせた。
 しかしダンは、「ぶんぶん」と左右に首を振った。

「ま、前? とんでもない! 背中を洗わせただけでも大幅譲歩だぞ。前なんて絶対にダメ。第一、エリンにそんな事させられないだろう?」

「どうしてぇ、エリンはダンのお嫁さんだよ。お嫁さんは誠心誠意旦那様に尽くすのが当たり前なんでしょう? エリンはお父様にそう教えられた」

 エリンは亡き父から、そのような躾をされたのか、夫に尽くすのが妻の務めという考えのようである。
 
 エリンは、尽くすタイプの女の子……
 ダンはほんのちょっぴり嬉しくなったが、ここでそんな事など、口が裂けても言えない。
 あまり褒めると、エリンが更にエスカレートして何を言い出すか、分からないからだ。

 しかしエリンは、高貴な身分のお姫様である。
 入浴の際、自分で身体を洗ったりするのだろうか?
 エリンが、ダンの背中を流してくれた手つきは、結構手慣れたものであった。

 不思議に思ったダンは、念の為に聞いてみる。

「でも、エリン。お前、王族なのに……良く自分じゃない人の身体を、こうして洗うやり方が分かるな? ちなみにエリンは、自分の身体って自分自身で洗っていたのか?」

 ダンの問いに対してエリンは即座に首を振る。

「ううん、侍女が洗ってた」

「やっぱり!」

 ダンは、思わず叫んだ。
 しかしエリンは、「全く問題ない」というように微笑む。

「でも……侍女にいつも洗って貰っていたから、逆に覚えた」

「覚えた?」

「うん! 洗い方をすぐに覚えたよ。分からない事は聞いたりもした。だから今日、エリンとダンで初めて試してみた」

 エリンの記憶力は、抜群らしい。
 記憶に基づいて、実践する力も備わっているようだ。

「そうか、偉いな、エリンは」

 ダンが褒めると、エリンは機嫌が一発で直る。

「えへへ、ほめられちゃった! でもダンに背中を流して貰って、エリンは気持ち良かったよ。それに、洗いっこしながら話すと一杯話せるね」

 背中を向けていたので、完全な『裸の付き合い』というわけではなかったが…… お互いに無防備な状態で、相手の身体を洗いながらだと、ざっくばらんに話す事が出来た。
 
 ダンは、思う。
 今の会話からも、エリンとの『距離』は益々縮まっている。
 もはや間違いなく、愛しいと感じている。
 
「ああ、確かにな。お前とたくさん色々な事を話せてよかったよ」

 ダンも自然に笑顔を向けると、エリンは先程の話を蒸し返して来る。
 どうやら、余程心残りらしい。

「次にお風呂に入る時はダンの前も洗いたい! ねぇ、洗わせて!」

「え? い、いや、別に良いよ、俺は」

 前を洗うと聞いてさすがにダンが断ると、エリンは顔を歪ませる。
 ショックだったらしく、辛そうな顔をする。

「え? 嫌なの?」

「おいおいおい」

「いくら頼んでもエリンの前も洗ってくれなかったし……愛する妻のおっぱい洗うのってダンは嫌なの? 巨乳って褒めてくれたのに……何か悲しくなって来た」

 エリンにとってダンは、唯一自分の身体を任せても良い男なのだ。
 それなのに、ダンは自分に身体を任せてくれない。

 心を許し合った筈なのに……

 エリンの顔が歪み、美しい菫色の瞳に、またもや涙がにじんで来る。
 それを見たダンは、慌ててしまう。
 
 何度もエリンに泣かれて、もうはっきりと認識していた。
 ダンはエリンの涙が、とっても苦手なのだと。

「わ、分かった、泣くな! 今すぐはダメだけど、いつか頼むよ」
 
 お互いの身体を洗い合うと聞いて、エリンはホッとする。
 泣き顔が消えて、徐々に笑顔が戻って来る。

「やったぁ! 約束だからね、前の洗いっこ」

 前の洗いっこ?
 ダンは眉間に皺を寄せて少し想像すると、慌ててその『映像』を打ち消した。

「あああ、プレッシャーだ」

 思わずつぶやいたダンのひと言に、すかさずエリンが反応する。

「何? 何か言った?」

「何でもない。さあ、晩メシにしよう、支度するから少し待ってろよ」

「わぁ! ご飯、ご飯」

 風呂に入って、身も心もすっきりしたふたりはお腹が空いていた。
 文句なしの意見一致で、夕飯の準備をする事になったのである。

 さほど広くない厨房に入ったふたり。
 エリンは物珍しいのか、かまどや調理器具を興味深そうに眺めていた。

 ダンは、エリンに手順を説明する。

「さあ、まずは調理の為の火を起こす……今日は、時間が無いからお願いしてしまおう。……火蜥蜴(サラマンダー)、頼むぞ」

 ダンが「ピン」と指を鳴らすと、エリンが故郷の地下でも見た火蜥蜴が一体現れた。
 ダークエルフ達も生活魔法により発火を行っていたが、いちいち精霊を呼び出したりなどしない。
 精霊は使い魔などと違い、雑務を行う存在ではない。
 通常の魔法使いであれば、そんな単純な仕事を聖なる精霊になど頼めないのだ。

 しかし意外であった。
 
 現れた火の精霊は嬉しそうに飛び回ると、かまどにくべられた薪に、火を点けてくれたのである。
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登場人物紹介

☆ダン・シリウス

本作の主人公。人間族の男子。

魔法、体術ともに圧倒的な強さを誇る魔法使い。

特に火と風の魔法を得意とする。

飄々とした物言いだが、性格は冷静沈着、情に厚い部分も。但し、女性に対しては基本的に奥手。

召喚された異世界で、創世神の神託が出る度、世界へ降りかかる災いを払う役目を負わされた。

だが王都暮らしを嫌い、一旦役目を果たせば、次の神託まで、普段は山里に隠れるように住んでいる。

ある時『世界の災厄である悪魔王』を倒す仕事を請け負い、絶体絶命のピンチに陥ったエリンを、偶然に助けた。

☆エリン・ラッルッカ

地の底深く暮らす、呪われしダークエルフ族の王女。地の魔法の使い手。

突如、攻めて来た悪魔王とその眷属により、父と一族全員を殺される。

しかし、悲しみに耐え、前向きに生きると決意。

絶体絶命の危機を救ってくれたダンと共に、地上へ……

ダンの自宅へ強引に『押しかけ』た。

☆ヴィリヤ・アスピヴァーラ

エルフ族の国、イエーラから来た、アイディール王国王宮魔法使い。

水の魔法の使い手。エルフ族の長ソウェルの孫娘。

ダンを異世界から、『勇者』として召喚した。 

傲慢な振る舞いを、ある日ダンからたしなめられ、以来熱い想いを抱くようになる。

☆ニーナ

人間族の国アイディール王国王都トライアンフ在住の女子、ビストロ英雄亭に給仕担当として勤める。孤児であり、両親は居ない。双子の兄が居たが、ある迷宮で死んだらしい。

以前店で仕事中、ガラの悪い冒険者に絡まれた。だが、ダンに助けられ、彼に片思い状態である。

☆ベアトリス・アイディール

アイディール王国王女にして、創世神の巫女。

ある日突然、巫女の力を得ると共に、身体の自由を殆ど失い、更に盲目となった。

ダンに神託を与え、世界へふりかかる災厄を防ぐ。

巫女として役目を果たす事に生き甲斐を感じながら、自らの将来に対し、大きな不安を抱えている。

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