第176話「最後の神託②」
文字数 2,222文字
対して、ダンは困ったような顔をし、手を左右に大きく振る。
「ああ、フィリップ様、勘弁してください。俺は全然変わらない、今迄通り、ダンと、思い切り呼び捨てにして欲しい」
「い、いや……『救世の勇者』様に対し、さすがにそれは出来ない!」
数千年に一度現れる、偉大なる救世の勇者にため口?
思い切り呼び捨て?
さすがに公衆の面前で、勇者ダンを呼び捨てにしたら、フィリップは周囲から、ひどく非難されてしまう。
間違いない。
「お兄様、どちらにしても、これからお兄様の、ダンへの呼び方は変わりますわ」
ここで、ベアトリスが謎めいた事を言った。
「え? どちらにしても、勇者様への呼び方が変わる? ベアトリス、一体何だ、それは?」
妹の、この物言い……
何だろう?
フィリップは何となく、『嫌な予感』がした。
微妙な表情のフィリップを華麗にスルーし、ベアトリスはにっこり笑う。
「とりあえず、エリンさんの擬態を解き、素の姿でお話ししましょう。ダン……お願いします」
「ああ、エリン、行くぞ」
「はい! 旦那様」
またも!
今迄と同じ光景が繰り返された。
エリンにかけられた、変身の魔法が解かれたのだ
美しい人間の少女から……
人間の持つ美しさとはとは全く違う、妖精族の可憐な趣きを持つシルバープラチナ髪のデックアールヴ少女へ……
容姿が全く変わったエリンを見て……
フィリップは大いに驚いたのである。
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こうして……
神託を告げる準備は整った。
ベアトリスは相変わらず余裕綽々、艶然としていた。
「……これから私がダンと話しますね。お兄様は、私達の話を良く聞いていて下さいませ」
「あ、ああ……」
口籠るフィリップから……
ベアトリスは、次にダンへと話し掛ける。
「……ではダン、改めて聞きます、良いかしら?」
「何なりと」
さすがにダンも、真剣な顔で頷いた。
ダンの表情を見たベアトリスは、更に念を押す。
「宜しい! 以前、このベアトリスと交わした約束を覚えていますか? もし忘れたなどと言ったら……怒りますよ」
「ああ、大丈夫だ。良く覚えている」
「ありがとう、ベアトリスは安心しました。では、何度もで申し訳ありませんが、その約束の際の物言いを、再びこの場で、皆の前で告げて貰えますか」
「分かった!」
「…………」
ダンの了解を聞き、ベアトリスは無言で微笑む。
一方のダンは、少しだけ苦笑していた。
しかし、ベアトリスとの約束は忘れないし、誤魔化したりはしない。
「ベアトリスが……もしも行くところがなければ……俺のところへ来い。理由を話して、フィリップ様には俺からお願いする」
「はい! その通りです」
妹とダン、ふたりの会話を聞き、フィリップは驚愕した。
ショックのあまり、つい先ほどのやりとりを忘れてしまう。
救世の勇者ではなく、『いつものダン』への、遠慮のない言い方をしてしまう。
「な、何! おい、ベアトリス! それにダン、俺のところへ来いってどういう意味だっ!」
お、俺のところへ来い?
もし、行くところがなかったらって?
これは!
何か、とんでもない予感がする。
フィリップは身体が震えて来る。
しかし、ベアトリスは「しれっ」と言う。
「お控えください、お兄様」
「だ、だが!」
「聖なる神託を告げている最中です、お言葉をはさまず、そのままお聞きき下さい」
有無を言わさない……
創世神の巫女たる妹の迫力に圧倒され、フィリップは了解するしかない。
「わ、分かった……」
フィリップが引き下がり……
ベアトリスは、再びダンへ問いかける。
「あと、ダンが特に強調していた事も言って下さい」
「ああ、もしも! 万が一! の場合……だけだぞ、あくまでも……と言った」
ダンの言葉を聞き、ベアトリスは大きく頷いた後、返事をする。
「はい、その通り! そして、万が一の場合が遂に参りました」
「そうか! 万が一……と、いう事は、成る程、了解だ」
ベアトリスの口ぶりから、ダンはもう、神託の『内容』をくみ取ったらしい。
ダンの肯定した返事を聞き、ベアトリスは満足そうに微笑んだ。
そしてきっぱりと言い放つ。
「では、皆様へ今回の神託を申し上げます! ちなみに創世神様の巫女としては、これが最後の神託となります」
「「「「…………」」」」
いよいよ……ベアトリスから最後の神託が告げられる。
部屋の中は、再び静まり返った。
静寂の中、ベアトリスの厳かな声だけが朗々と響く。
「創世神の巫女ベアトリス・アイディールよ、汝は救世の勇者ダン・シリウスへ嫁ぎ、妻となれ。ダンと共に新たな使命を果たせ……ですっ」
「「「「…………」」」」
今度の沈黙は……驚きの反応である。
ベアトリスは、神託を告げ終わると……
「大仕事を終えた!」というように、大きく息を吐いた。
「と、いう事になりました。このように
相変わらず苦笑するダンに対して……
ベアトリスは、可愛らしく片目をつぶり、舌を「ぺろっ」と出したのであった。