第176話「最後の神託②」

文字数 2,222文字

ガラリ、態度が180度変わったフィリップ。
 対して、ダンは困ったような顔をし、手を左右に大きく振る。

「ああ、フィリップ様、勘弁してください。俺は全然変わらない、今迄通り、ダンと、思い切り呼び捨てにして欲しい」

「い、いや……『救世の勇者』様に対し、さすがにそれは出来ない!」

 数千年に一度現れる、偉大なる救世の勇者にため口?
 思い切り呼び捨て?

 さすがに公衆の面前で、勇者ダンを呼び捨てにしたら、フィリップは周囲から、ひどく非難されてしまう。
 間違いない。

「お兄様、どちらにしても、これからお兄様の、ダンへの呼び方は変わりますわ」

 ここで、ベアトリスが謎めいた事を言った。

「え? どちらにしても、勇者様への呼び方が変わる? ベアトリス、一体何だ、それは?」

 妹の、この物言い……
 何だろう?
 フィリップは何となく、『嫌な予感』がした。

 微妙な表情のフィリップを華麗にスルーし、ベアトリスはにっこり笑う。

「とりあえず、エリンさんの擬態を解き、素の姿でお話ししましょう。ダン……お願いします」

「ああ、エリン、行くぞ」

「はい! 旦那様」

 またも!
 今迄と同じ光景が繰り返された。
 エリンにかけられた、変身の魔法が解かれたのだ

 美しい人間の少女から……
 人間の持つ美しさとはとは全く違う、妖精族の可憐な趣きを持つシルバープラチナ髪のデックアールヴ少女へ……
 
 容姿が全く変わったエリンを見て……
 フィリップは大いに驚いたのである。

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 こうして……
 神託を告げる準備は整った。
 ベアトリスは相変わらず余裕綽々、艶然としていた。

「……これから私がダンと話しますね。お兄様は、私達の話を良く聞いていて下さいませ」

「あ、ああ……」

 口籠るフィリップから……
 ベアトリスは、次にダンへと話し掛ける。

「……ではダン、改めて聞きます、良いかしら?」

「何なりと」

 さすがにダンも、真剣な顔で頷いた。
 ダンの表情を見たベアトリスは、更に念を押す。

「宜しい! 以前、このベアトリスと交わした約束を覚えていますか? もし忘れたなどと言ったら……怒りますよ」

「ああ、大丈夫だ。良く覚えている」

「ありがとう、ベアトリスは安心しました。では、何度もで申し訳ありませんが、その約束の際の物言いを、再びこの場で、皆の前で告げて貰えますか」

「分かった!」

「…………」

 ダンの了解を聞き、ベアトリスは無言で微笑む。
 一方のダンは、少しだけ苦笑していた。
 しかし、ベアトリスとの約束は忘れないし、誤魔化したりはしない。

「ベアトリスが……もしも行くところがなければ……俺のところへ来い。理由を話して、フィリップ様には俺からお願いする」

「はい! その通りです」

 妹とダン、ふたりの会話を聞き、フィリップは驚愕した。
 ショックのあまり、つい先ほどのやりとりを忘れてしまう。
 救世の勇者ではなく、『いつものダン』への、遠慮のない言い方をしてしまう。
  
「な、何! おい、ベアトリス! それにダン、俺のところへ来いってどういう意味だっ!」

 お、俺のところへ来い?
 もし、行くところがなかったらって?

 これは!
 何か、とんでもない予感がする。
 フィリップは身体が震えて来る。

 しかし、ベアトリスは「しれっ」と言う。

「お控えください、お兄様」

「だ、だが!」

「聖なる神託を告げている最中です、お言葉をはさまず、そのままお聞きき下さい」

 有無を言わさない……
 創世神の巫女たる妹の迫力に圧倒され、フィリップは了解するしかない。

「わ、分かった……」

 フィリップが引き下がり……
 ベアトリスは、再びダンへ問いかける。

「あと、ダンが特に強調していた事も言って下さい」

「ああ、もしも! 万が一! の場合……だけだぞ、あくまでも……と言った」

 ダンの言葉を聞き、ベアトリスは大きく頷いた後、返事をする。

「はい、その通り! そして、万が一の場合が遂に参りました」

「そうか! 万が一……と、いう事は、成る程、了解だ」

 ベアトリスの口ぶりから、ダンはもう、神託の『内容』をくみ取ったらしい。
 
 ダンの肯定した返事を聞き、ベアトリスは満足そうに微笑んだ。
 そしてきっぱりと言い放つ。

「では、皆様へ今回の神託を申し上げます! ちなみに創世神様の巫女としては、これが最後の神託となります」

「「「「…………」」」」

 いよいよ……ベアトリスから最後の神託が告げられる。
 部屋の中は、再び静まり返った。

 静寂の中、ベアトリスの厳かな声だけが朗々と響く。

「創世神の巫女ベアトリス・アイディールよ、汝は救世の勇者ダン・シリウスへ嫁ぎ、妻となれ。ダンと共に新たな使命を果たせ……ですっ」

「「「「…………」」」」

 今度の沈黙は……驚きの反応である。
 ベアトリスは、神託を告げ終わると……
 「大仕事を終えた!」というように、大きく息を吐いた。

「と、いう事になりました。このように不束(ふつつか)な女ですが、宜しくね、ダン」

 相変わらず苦笑するダンに対して……
 ベアトリスは、可愛らしく片目をつぶり、舌を「ぺろっ」と出したのであった。
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登場人物紹介

☆ダン・シリウス

本作の主人公。人間族の男子。

魔法、体術ともに圧倒的な強さを誇る魔法使い。

特に火と風の魔法を得意とする。

飄々とした物言いだが、性格は冷静沈着、情に厚い部分も。但し、女性に対しては基本的に奥手。

召喚された異世界で、創世神の神託が出る度、世界へ降りかかる災いを払う役目を負わされた。

だが王都暮らしを嫌い、一旦役目を果たせば、次の神託まで、普段は山里に隠れるように住んでいる。

ある時『世界の災厄である悪魔王』を倒す仕事を請け負い、絶体絶命のピンチに陥ったエリンを、偶然に助けた。

☆エリン・ラッルッカ

地の底深く暮らす、呪われしダークエルフ族の王女。地の魔法の使い手。

突如、攻めて来た悪魔王とその眷属により、父と一族全員を殺される。

しかし、悲しみに耐え、前向きに生きると決意。

絶体絶命の危機を救ってくれたダンと共に、地上へ……

ダンの自宅へ強引に『押しかけ』た。

☆ヴィリヤ・アスピヴァーラ

エルフ族の国、イエーラから来た、アイディール王国王宮魔法使い。

水の魔法の使い手。エルフ族の長ソウェルの孫娘。

ダンを異世界から、『勇者』として召喚した。 

傲慢な振る舞いを、ある日ダンからたしなめられ、以来熱い想いを抱くようになる。

☆ニーナ

人間族の国アイディール王国王都トライアンフ在住の女子、ビストロ英雄亭に給仕担当として勤める。孤児であり、両親は居ない。双子の兄が居たが、ある迷宮で死んだらしい。

以前店で仕事中、ガラの悪い冒険者に絡まれた。だが、ダンに助けられ、彼に片思い状態である。

☆ベアトリス・アイディール

アイディール王国王女にして、創世神の巫女。

ある日突然、巫女の力を得ると共に、身体の自由を殆ど失い、更に盲目となった。

ダンに神託を与え、世界へふりかかる災厄を防ぐ。

巫女として役目を果たす事に生き甲斐を感じながら、自らの将来に対し、大きな不安を抱えている。

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