第168話「ヴィリヤの告白」

文字数 2,234文字

 ヴェルネリは呆然としていた。
 当然彼は、デックアールヴの『容姿』を知っている。

「この娘の姿は……何という事だ。間違いない……」

 呟いたヴェルネリへ、すかさずダンが言う。

「ソウェル殿、貴方の考えている通り、エリンはデックアールヴ、それも彼女は王の娘だ」

「…………」

「貴方は祖父や父から聞いていただろう。だが、改めて真実を認識し、実感した筈だ。デックアールヴが呪われているなど、くだらない迷信に過ぎない事を……」

「…………」

「貴方の孫娘ヴィリヤも、こうして無事に、迷宮から戻って来たのだからな」

「…………」

「お祖父様!」

 またも無言となってしまったヴェルネリへ、ヴィリヤが叫んだ。
 自分の今の気持ちを、全てを、祖父へ伝えたい!
 そんな思いが、はっきり表情に現れていた。

 愛する孫娘が、切ない気持ちを籠め、自分を呼ぶ声。
 ハッとしたヴェルネリも、無言のままではいられず、同じく孫娘の名を叫ぶ。

「ヴィリヤ!」

「お聞き下さい、お祖父様! 先ほどもお伝えしたように……私は英雄の迷宮へ入りました。ゲルダには止められたし、散々注意されたのに……未熟者の癖に、自分の力を過信しておりました」

「ヴィリヤ……お前……」

「迷宮は……私の想像以上に怖ろしいところでした。魔物だけではない、人間同士、アールヴ同士でも殺し合う、本能と欲望をむき出しにした、地獄のような場所でした」

「…………」

「迷宮で起こった事は、世間知らずの私にとって、初めての体験ばかりでした。戸惑い、混乱する、そんな私を支え、助けてくれたのは……ダンとエリンでした」

「むうう……」

「最初、私はエリンの正体を知りませんでした……」

「…………」

「先ほどまでと同様に、彼女はダンの魔法で、人間に擬態していましたから」

「…………」

「本来なら……私がダークエルフ、つまりデックアールヴに対して持っていた感情を、嫌悪感を……エリンだって、私には持っていた筈なのです。真実を何も知らない私達は、ただ犬猿のように憎み合う間柄だったのですから」

「…………」

「ですが……エリンは、リョースアールヴの私を受け入れてくれました。くじけそうになる私を何度も励まし、力付けてくれました。……大切な仲間として……そして私も彼女を助ける事が出来ました」

「ヴィリヤ、お前が助けた? この子をか?」

「はい! エリンのお父様と一族は……悪魔王アスモデウスと眷属共に殺されました。エリンには……その時の酷いトラウマが残っていたのです」

「おお、それは……」

 さすがに、ヴェルネリはエリンを見た。
 エリンは、やや顔を歪めていたが、何とか微笑んでいる。

 言葉を呑み込んだヴェルネリへ、ヴィリヤが言う。 

「……アスモデウスに穢されそうになったエリンは、すんでのところでダンに助けられました。でも……目の前で肉親と仲間を殺され、彼女は心に深い傷を負ってしまったのです」

「…………」

「私が真実を知ったのは、だいぶ後ですが……エリンがずっと苦しんでいるのを知り、少しでも辛さを癒してあげたい! 彼女を助けたい! ……そう思ったのです」

「…………」

「迷宮で行動を共にし、助け合う事が多くなるにつれ、エリンは……更に深く、私を受け入れてくれました。そして私達ふたりは、今や心を開き寄り添える、親友といえるほどになりました」

「親友だと!?」

「はい! お祖父様なら、私の気持ちを分かって頂けると思いますが……アスピヴァーラ家の犯した大罪を知った時、私は……心が砕かれそうになりました……」

「ヴィリヤ! お、おお……」

 ヴェルネリは絶句した。
 自分が長い間、苦しんで来た苦しみ抜いた葛藤を……
 この孫娘も味わったのだ。

 そんなヴェルネリへ、微笑みながらヴィリヤは話を続ける。

「私は、生きているのも嫌になりました。実は自死も考えました。今迄、自分の家を誇りにして、心の拠り所として、生きて来たから尚更です」

「じ、自死!? おおお! ヴィ、ヴィリヤっ!」

「散々、悩みました……でもダンに熱く励まされ、エリンに優しく包まれ、思いとどまり、立ち直る事が出来ました。それどころか、ふたりは私のやるべき使命を見つけてくれたのです」

「…………」

「お祖父様! 旦那様同様、私からもお願い致します!」

「ヴィ、ヴィリヤ……」

「リョースアールヴも! デックアールヴも! 人間も、その他の種族も! 誰もが分け隔てなく暮らせる、新たな国を創る私達に! どうか、どうか! お力を貸して下さいませ!」

「…………」

 ヴェルネリは、愛する孫娘の懇願にすぐ応える事が出来なかった。
 まだ迷っていた。
 話はそう簡単ではない。
 ダンに指摘された通り、様々な障壁が立ちふさがっているのだから。

 と、その時!

 ぴいいいいいいいいいん!

 部屋に異音が轟いた。
 空気が裂けるような独特な音である。
 いきなり、膨大な魔力が満ちて行くのを感じる。

 咄嗟に全員が身構える。
 何か未知の、大いなる存在が突如現れる。
 その前触れともいえる、厳かな雰囲気なのだ。

 突如!
 空間が割れた。
 
 そして、たおやかな美しい女が姿を現すと……
 空中に浮かんだまま、ヴィリヤへ優しく微笑みかけたのであった。
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登場人物紹介

☆ダン・シリウス

本作の主人公。人間族の男子。

魔法、体術ともに圧倒的な強さを誇る魔法使い。

特に火と風の魔法を得意とする。

飄々とした物言いだが、性格は冷静沈着、情に厚い部分も。但し、女性に対しては基本的に奥手。

召喚された異世界で、創世神の神託が出る度、世界へ降りかかる災いを払う役目を負わされた。

だが王都暮らしを嫌い、一旦役目を果たせば、次の神託まで、普段は山里に隠れるように住んでいる。

ある時『世界の災厄である悪魔王』を倒す仕事を請け負い、絶体絶命のピンチに陥ったエリンを、偶然に助けた。

☆エリン・ラッルッカ

地の底深く暮らす、呪われしダークエルフ族の王女。地の魔法の使い手。

突如、攻めて来た悪魔王とその眷属により、父と一族全員を殺される。

しかし、悲しみに耐え、前向きに生きると決意。

絶体絶命の危機を救ってくれたダンと共に、地上へ……

ダンの自宅へ強引に『押しかけ』た。

☆ヴィリヤ・アスピヴァーラ

エルフ族の国、イエーラから来た、アイディール王国王宮魔法使い。

水の魔法の使い手。エルフ族の長ソウェルの孫娘。

ダンを異世界から、『勇者』として召喚した。 

傲慢な振る舞いを、ある日ダンからたしなめられ、以来熱い想いを抱くようになる。

☆ニーナ

人間族の国アイディール王国王都トライアンフ在住の女子、ビストロ英雄亭に給仕担当として勤める。孤児であり、両親は居ない。双子の兄が居たが、ある迷宮で死んだらしい。

以前店で仕事中、ガラの悪い冒険者に絡まれた。だが、ダンに助けられ、彼に片思い状態である。

☆ベアトリス・アイディール

アイディール王国王女にして、創世神の巫女。

ある日突然、巫女の力を得ると共に、身体の自由を殆ど失い、更に盲目となった。

ダンに神託を与え、世界へふりかかる災厄を防ぐ。

巫女として役目を果たす事に生き甲斐を感じながら、自らの将来に対し、大きな不安を抱えている。

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