第91話「ヴィリヤの決意」

文字数 2,642文字

 女性は、自分自身より……
 他人の恋心に対して、敏感かもしれない。
 
 今のヴィリヤが、まさにそうであった。
 元々……
 創世神の巫女ベアトリスが、召喚した勇者であるダンに興味があった事は気付いていた。
 そして……今日、『勇者と巫女の恋』が生まれた事を確信してしまったのである。

 ダン、ヴィリヤ、ゲルダの3人は謁見が終了し、王宮を辞した。

 ヴィリヤはアスピヴァーラ家の専用馬車で自分の屋敷へと戻る。
 ダンは「歩いて帰る」というのを無理に引き留められ、ヴィリヤにより馬車へ押し込められた。
 部下のゲルダは、そんな(あるじ)を呆れたように見つめていた。

「ねぇ、ダン。当然、今夜は屋敷へ泊ってくれるのでしょう? 熱く語り合いたいわ」

 ヴィリヤはダンと、大好きなダンの事を、もっと知りたい。
 もっと深い間柄になりたい。
 『神託』が無い今回のベアトリスの謁見は、絶好の機会だと思っていた。

 それが何と!
 ベアトリスという、新たなライバルが出現してしまった。
 ダンと同じ人間族でしかも王女。
 自分より、条件が有利だ……

 どんどん焦りが増して来る。
 絶対に、ダンをこのまま帰してはいけない。
 そう考えていた。

 しかしダンには、ヴィリャの思いなど、迷惑このうえない。

「はぁ? 何だ、それ」

「私をもっともっと理解して欲しいの! ひと晩中、ダンと話したい!」

「……あのな……俺は嫁の下へ帰るから」

「よ、嫁!? 嫁って、あ、あの子ですねっ!」

 ヴィリヤの脳裏には、先日ダンと一緒に居たエリンの姿が浮かぶ。

 健康的な、やや褐色がかった肌。
 流れるようなさらさら髪は、薄い栗色。
 綺麗な瞳は、ダークブラウン。
 そして……信じれないほど大きな胸。

 自分とは、全く違うタイプである。
 そして、何故かとても生意気な態度を取っていた。

 『生意気』というのは、あくまでもヴィリヤから見てではある。
 だが、エリンと呼ばれた少女は、不思議と最初から挑戦的な態度であった。

 ここでダンが「ぽろっ」と言う。

「ああ、言い忘れてた。……俺の嫁、もうひとり増えたから」

「えええっ!?」

「へぇ! そうなんだ。それは、おめでとう」

「おお、ありがとう」

 人間のアイディール王国も、エルフの国イエーラも一夫多妻制が認められている。
 驚くヴィリヤを尻目に、ゲルダは抵抗なく素直に祝福した。
 実力ある男は妻をたくさん娶るのが、この世界の常識であるからだ。

 しかし、ヴィリヤは納得しない。
 いや、大好きなダンだから、到底納得出来なかった。

「ううう~、ダメです。勝手に妻を増やすなんて私は許しませんっ!」

「あのな……許さないって……全然意味不明なんだけど」

「イヤ! 私が許さないと言ったら、許さないんです」

 また、ヴィリヤは駄々っ子状態になっていた。
 自分でも抑えられないくらい、感情が高ぶってしまう。

 ダンは、思わず苦笑する。

「理解出来ん……と、いうか、ヴィリヤ。俺とお前は単なるビジネスパートナーだろう?」

「ビジネスパートナー?」

「ああ、悪い。それって俺が前居た世界の言葉だ。簡単に言えば単なる仕事仲間って事だよ」

「仕事……仲間」

「ああ、仕事のみで付き合う間柄って事さ」

「仕事のみの間柄!? イヤ! ダ、ダメです! 許しません!」

 どうやらダンの前で、ヴィリヤの口癖は「イヤ&ダメ&許しません!」となってしまったようだ。
 こうなると……
 ダンはこれ以上、ヴィリヤと会話していても埒が明かないと思ったらしい。

「ゲルダ、俺は屋敷まで行かないで途中で降りるから。中央広場の適当な場所で停めてくれないか」

「了解!」

「イヤ! ダメよ、ゲルダ」

 ヴィリヤの必死の抵抗も虚しく、ゲルダは御者に命じて中央広場の片隅に馬車を停めた。
 ダンの服を掴んだヴィリヤであったが、くすぐられ手を離してしまう。
 無理矢理力づくで、ヴィリヤを振り切らないのは、ダンの優しさであった。

「ああ、ダン!」

 馬車の扉を開け、降り立ったダンは中央広場の人混みの中を「すたすた」と歩いて行く。
 ヴィリヤはといえば……ゲルダに羽交い締めにされていた。

「ゲルダ! 離しなさい、ダンの後を追います」

「ヴィリヤ様、我儘を仰ってはいけません、お屋敷へ戻りますよ」

「ゲルダ……離しなさいと言っているのです。これは命令です」

「ヴィ、ヴィリヤ様!」

「三度目は言いません。私、本気ですよ。氷河魔法を……使いますから」

 ヴィリヤは、水の精霊(ウンディーネ)の加護を受けた水の魔法使いである。
 それもマスターレベルに達した最上級魔法使いであり、攻撃、防御の最高位の魔法を習得している。
 氷河魔法というのは広範囲において、対象となる相手を瞬時に凍結させ、砕け散らせる必殺の魔法である。
 当然、王都のような街中で、理由もなしにいきなり発動して良い魔法ではない。
 万が一、発動させたらいかにエルフの長ソウェルの孫娘とはいえ厳罰……いや極刑は免れない。
 死刑になる可能性は……高かった。

 ゲルダは、驚愕する。
 禁断の恋は、ヴィリヤをそこまで狂わせていたのかと。
 しかしヴィリヤも、ダンが目の前から居なくなると、いつもの彼女へ戻りつつあった。
 その証拠に、三度目は言わない筈の、言葉を繰り返したからである。
 極めて冷静に……

「ゲルダ、お願いですから離して下さい。ダンを追います」

「ヴィリヤ様……」

「私、今日はっきりと分かりました」

「…………」

「私の気持ちは本物です。ダンの前で私は素直になれる……そして変わる事も出来る。決めました……お祖父様とお父様は私が必ず説得します」

「ヴィリヤ様……」

「自分をやはり……偽れません。ゲルダ、イェレミアスにも直接、私が断りを入れます」

 イェレミアスとは、ヴィリヤの婚約者の名前である。
 ヴィリヤが生まれた時、親同士が決めた許婚の男であった。

「分かり……ました」

 ゲルダはやむを得ず、手を離した。
 本気になったヴィリヤを、もう止める事は出来ないと悟ったのである。

 ヴィリヤは、開け放たれた馬車の扉から、軽やかに降り立った。
 そしてダンの後を追い、勢いよく走りだしたのである。
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登場人物紹介

☆ダン・シリウス

本作の主人公。人間族の男子。

魔法、体術ともに圧倒的な強さを誇る魔法使い。

特に火と風の魔法を得意とする。

飄々とした物言いだが、性格は冷静沈着、情に厚い部分も。但し、女性に対しては基本的に奥手。

召喚された異世界で、創世神の神託が出る度、世界へ降りかかる災いを払う役目を負わされた。

だが王都暮らしを嫌い、一旦役目を果たせば、次の神託まで、普段は山里に隠れるように住んでいる。

ある時『世界の災厄である悪魔王』を倒す仕事を請け負い、絶体絶命のピンチに陥ったエリンを、偶然に助けた。

☆エリン・ラッルッカ

地の底深く暮らす、呪われしダークエルフ族の王女。地の魔法の使い手。

突如、攻めて来た悪魔王とその眷属により、父と一族全員を殺される。

しかし、悲しみに耐え、前向きに生きると決意。

絶体絶命の危機を救ってくれたダンと共に、地上へ……

ダンの自宅へ強引に『押しかけ』た。

☆ヴィリヤ・アスピヴァーラ

エルフ族の国、イエーラから来た、アイディール王国王宮魔法使い。

水の魔法の使い手。エルフ族の長ソウェルの孫娘。

ダンを異世界から、『勇者』として召喚した。 

傲慢な振る舞いを、ある日ダンからたしなめられ、以来熱い想いを抱くようになる。

☆ニーナ

人間族の国アイディール王国王都トライアンフ在住の女子、ビストロ英雄亭に給仕担当として勤める。孤児であり、両親は居ない。双子の兄が居たが、ある迷宮で死んだらしい。

以前店で仕事中、ガラの悪い冒険者に絡まれた。だが、ダンに助けられ、彼に片思い状態である。

☆ベアトリス・アイディール

アイディール王国王女にして、創世神の巫女。

ある日突然、巫女の力を得ると共に、身体の自由を殆ど失い、更に盲目となった。

ダンに神託を与え、世界へふりかかる災厄を防ぐ。

巫女として役目を果たす事に生き甲斐を感じながら、自らの将来に対し、大きな不安を抱えている。

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