第8話 「地上へ」

文字数 3,160文字

「ぎゃあああああああっつ!」

 ケルベロスを見たエリンは、大きな声で悲鳴をあげる。
 無理もない。
 雷鳴のように轟く咆哮は勿論、子牛ほどもある巨体。
 複数の怖ろしい頭部を持ち、尾は不気味な大蛇なのだから。

 怯えるエリンの頭を、ダンがポンと叩く。

「ははは、エリン、そう怖がるな」

 頭を叩く……
 高貴なエルフの姫にとって、普通なら失礼極まりない行為だ。
 しかしエリンは、ダンの大きく温かい手を感じ少しだけ安心する。

「ううう、そんな事言ったって……」

 まだ、ぶるぶる震えるエリンを、呼び出された『従士ケルベロス』は無遠慮に見つめていた。
 ダンは、真面目な表情をして言う。

「大丈夫! ケルベロスは魂の契約により俺に対して忠実だ。冥界門の管理者である彼にアスモデウスの手下共の魂の残滓と骸を始末させる。お前の親父さん達と一緒に送るわけにいかないからな」

「ダン……ありがとう。でも始末って……魔族とはいえ、さすがにちょっと可哀そうかな」

 エリンの言葉を聞いたダンは、わずかに口角を上げる。
 ダークエルフの姫なのに、蓮っ葉な部分があるエリン。
 しかし憎き仇も死ねば、同情するような優しさも持ち合わせており、お人よしと言うか育ちの良さも感じてしまう。

「エリン、お前は良い女だよ」

「エリンが良い女? 美人って事?」

 良い女?
 ()い女?

 エリンは、気になる。
 ダンが、自分の事をどう思っているか。

「ははははは! さあて」

「ねぇ、どっちよぉ」

「どちらだろうな」

「もう! ダンの意地悪」

 エリンは、ダンの胸板をぽんぽんと叩く。
 まるで、さっきのお返しのように。
 ケルベロスを見て起こった恐怖は、いつの間にか消えていた。

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 ケルベロスに後を託し、ダンが先程出て来た大きく開いた穴へふたりは入る。
 中は、当然真っ暗である。

「エリンはある程度は夜目が効くけど……明かりがあった方が良くない?」

 エリンは、ダークエルフだ。
 創世神に追われる前の先祖達は地上で暮らしていたが、生まれてからずっと地中で生きて来た。
 その為か、真っ暗闇でも見通せる。
 しかしエリンは明るい場所で、ダンの顔を見ていたかった。
 安心出来る……からだ。

「俺も夜目は効くが……そうだな」

 頷いたダンが、ぱちんと指を鳴らすと、数体の小さな蜥蜴がいきなり空間から現れた。
 無詠唱の予備動作なしで、ダンが召喚魔法を発動させたのである。

「そ、それって!?」

「ああ、火蜥蜴(サラマンダー)さ」

「火の精霊……火蜥蜴(サラマンダー)!? じゃあ!」

「うん、俺は火と風の魔法使いなんだ。一応精霊魔法以外も使えるが、お前の言う伝説の万能な勇者じゃないよ」

 ダンの言葉が終わると、火蜥蜴(サラマンダー)は、「ぽっ」と炎を纏う。
 炎に照らされて辺りが明るくなり、今居る穴の状況が分かる。
 エリンが見渡すと土や岩が、何かで豪快に砕かれて出来たような穴であった。

 これって……もしや
 ダンが土中を拳か、魔法で砕いてもぐらのように進んで来たとか?
 何、それ?

 エリンは少し可笑しく思いながら聞いてみる。

「で、でも凄いよ。ダンって、複数属性魔法使用者(マルチプル)なんでしょ?」

 4大属性と言われるものがある。
 世界のありとあらゆる物質を形成する4大元素、すなわち4大精霊に紐づくものだ。

 ちなみに、魔法使いの属性は基本ひとつだけである。
 これは、人間もエルフも一緒だ。
 魔法に長けたダークエルフの姫であるエリンも、土の属性だけを持つ魔法使いなのである。
 人間のダンが、火と風の属性を合わせ持つ、魔法使いというのは大変な事なのだ。

 しかしダンは、大したことないと言うように、手を横に振る。

「うん、でも全属性魔法使用者 (オールラウンダー )じゃないぞ」

 ダンが言う全属性魔法使用者 (オールラウンダー )とは全属性が使える万能の魔法使いである。
 エリンはそんな者が居るなんて聞いた事がない。

「で、でも複数属性魔法使用者(マルチプル)だって凄い」

 エリンが感嘆していると、ダンが小さく叫ぶ。

「お! ラッキー」

「ど、どうしたの?」

「エリン、さっきお前から魔力を貰ったよな」

 エリンは、ダンが自分から魔力を吸収したのを再び思い出す。
 アスモデウスを倒す際、エリンの魔力も合わせてくれた。
 ダンの魔力と自分の魔力が混ざり、彼と強い絆が結ばれたような気がして凄く嬉しかった。

 だが、よくよく考えてみれば魔力の自在な吸収って!
 ダークエルフの自分も魔力を吸収出来るが、そんな事が出来るのは魔族でも滅多に居ない。
 ましてやダンは人間である。
 これはとんでも無い事なのだ。

「ダン、貴方は!」

 エリンがその事実を問い質そうとした時であった。
 ダンが「ラッキー」と叫んだ言葉の意味を話したのである。

「エリン、俺さ、多分……土の魔法も使えるようになった」

「ええっ!? な、何それぇ!」

 エリンは、また大声をあげてしまった。
 無理もない。
 エリンの魔力を吸収しただけで、土の魔法も使えるようになった?
 魔法って、そんな簡単なモノ?
 
 エリンは、まじまじとダンを見てしまった。
 驚くエリンを他所に、ダンは何かを確かめているようだ。
 どうやら習得したての、土魔法の効果を確かめているらしい。

「おおお、便利だな、これは」

「え? ダン?」

 エリンは思わず聞いてしまう。
 ダンの答えを聞くのが怖いけど聞いてしまう。

「べべべ、便利って、何?」

「地界王アマイモンが告げて来た。彼の力で、俺は異界や地脈を使った転移魔法が使えるようになったぞ。わざわざ土を砕いて掘らなくても一発で地上へ出られるよ」

「ア、アマイモン様のぉ!?」

 エリンが驚いたのは、ダンが加護を受けたのが、アマイモンと言う事である。
 地の精霊(ノーム)達を統括するアマイモンは、大地の王ともいえる上級精霊なのだ。
 (いにしえ)から生きて来たダークエルフ族だって、長き歴史の中でアマイモンの加護を受けたのは数人しか居ないというのに。

「うん! まだ制御(コントロール)の問題はあるけど、この穴をちまちま戻るのは面倒臭いよな。転移魔法、やってみるか、エリン」

「…………」

「どうした?」

「ずるい! ダンがいきなりアマイモン様の加護を受けるなんて!」

「そんな事言ってもなぁ……」

「すっごく、ずるいっ! アマイモン様をず~っと信仰して来たエリンだって、アマイモン様の眷属である地の精霊(ノーム)の加護しか受けていないのよ」

「そ、そうなのか? ご、御免な」

「もう!」

 頬を膨らませたエリンではあったが、困ったようなダンの顔を見ていると、どんどん可笑しくなって来た。
 そう、ダンは全てにおいて規格外なのだ。

「さあ、エリン行くぞ。俺に掴まれ」

「はいっ! エリンはしっかり捕まっちゃった」

 エリンはダンの腕を掴み、自分の腰へ誘導する。
 そしてダンの手をしっかりと掴ませたのだ。

「な、何?」

「何でもない」

 エリンは甘えるようにダンの胸に顔を擦り付けた。

 地上に出たら……たくさん聞いて……
 ダンの事を、もっともっと知りたい。
 そして、はっきり言ってやるのだ。
 ダンは凄いねって……

「転移!」

 ダンの言霊が響いた瞬間。
 ふたりの姿は、深き地下から煙のように消え失せていた。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

☆ダン・シリウス

本作の主人公。人間族の男子。

魔法、体術ともに圧倒的な強さを誇る魔法使い。

特に火と風の魔法を得意とする。

飄々とした物言いだが、性格は冷静沈着、情に厚い部分も。但し、女性に対しては基本的に奥手。

召喚された異世界で、創世神の神託が出る度、世界へ降りかかる災いを払う役目を負わされた。

だが王都暮らしを嫌い、一旦役目を果たせば、次の神託まで、普段は山里に隠れるように住んでいる。

ある時『世界の災厄である悪魔王』を倒す仕事を請け負い、絶体絶命のピンチに陥ったエリンを、偶然に助けた。

☆エリン・ラッルッカ

地の底深く暮らす、呪われしダークエルフ族の王女。地の魔法の使い手。

突如、攻めて来た悪魔王とその眷属により、父と一族全員を殺される。

しかし、悲しみに耐え、前向きに生きると決意。

絶体絶命の危機を救ってくれたダンと共に、地上へ……

ダンの自宅へ強引に『押しかけ』た。

☆ヴィリヤ・アスピヴァーラ

エルフ族の国、イエーラから来た、アイディール王国王宮魔法使い。

水の魔法の使い手。エルフ族の長ソウェルの孫娘。

ダンを異世界から、『勇者』として召喚した。 

傲慢な振る舞いを、ある日ダンからたしなめられ、以来熱い想いを抱くようになる。

☆ニーナ

人間族の国アイディール王国王都トライアンフ在住の女子、ビストロ英雄亭に給仕担当として勤める。孤児であり、両親は居ない。双子の兄が居たが、ある迷宮で死んだらしい。

以前店で仕事中、ガラの悪い冒険者に絡まれた。だが、ダンに助けられ、彼に片思い状態である。

☆ベアトリス・アイディール

アイディール王国王女にして、創世神の巫女。

ある日突然、巫女の力を得ると共に、身体の自由を殆ど失い、更に盲目となった。

ダンに神託を与え、世界へふりかかる災厄を防ぐ。

巫女として役目を果たす事に生き甲斐を感じながら、自らの将来に対し、大きな不安を抱えている。

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み