第167話「確固たる絆」
文字数 2,123文字
初めてダンは笑顔となった。
極めて未知だが……
明るい未来へ、希望を持とう、信じようと促す晴れやかな笑顔だ。
「だがソウェル殿! どのような常識であっても、必ず変えられる。もしそれが間違った事ならば。くだらない迷信ならば! 俺はそう信じている!」
「…………」
「貴方の言う通り……確かに、今の俺達は微力さ、とても小さい存在だ」
「…………」
「しかし、小さな力も合わされば、いずれは大きな力となる」
「…………」
「ほんの少しずつだが、真実を知る者は……同志は増えている」
「…………」
「このまま、いつまでも立ち止まってはいられない。歩き出さないと何も始まらない」
「…………」
「だから俺は決めた。愛する者達の為に、茨の道でも、困難な道でも、ゆっくりとでも、まずは、第一歩を踏み出すと!」
「…………」
無言のままのヴェルネリへ、ダンは深く頭をさげた。
そして大きな声で言い放つ。
「ソウェル殿、頼む! 俺達には貴方の力が必要だ! どうか! 力を貸してくれ!」
ダンの真摯な熱い言葉に感極まり……
エリンが、そしてヴィリヤが叫ぶ。
「旦那様ぁ!」
「だ、旦那様!」
「な、何!」
会話の途中から、再び沈黙を貫いていたヴェルネリであったが……
さすがに、今のヴィリヤのひと言は看過出来なかった。
大きな声で、ヴィリヤへ問い質す、
「ヴィ、ヴィリヤ! お、お、お前っ! 今、何と言った?」
対して、ヴィリヤも大きな声で言い返す。
「はい! ダンを、私の旦那様だと申し上げました!」
「な! こ、この勇者が!? お前の旦那様だと!」
「はい、お祖父様! 私はダンと! 勇者ダン・シリウスと結婚します! 共に歩いて行きますっ!」
「な! なんという事だ……」
ヴェルネリは思わず頭を抱えてしまった。
リョースアールヴは、基本的に純潔主義である。
宗家たるアスピヴァーラ家の直系が人間と結婚する……
ヴィリヤの言葉を聞き、ヴェルネリは大きなショックを受けたのだ。
しかし!
敬愛する祖父の、憂いに満ちた表情を見ても、ヴィリヤは全く臆する事がない。
「お祖父様! 私はダンを愛しています! ……私を支え、成長させ、導いてくれた旦那様を愛しているのですっ!」
「むむむ……」
頭を抱えるヴェルネリへ、ダンは言う。
「ヴェルネリ殿、貴方に俺達の確固たる絆を見せよう」
「確固たる絆?」
「そして改めて、貴方の常識をぶっ壊そう」
もう何度……
ダンはこのセリフを言った事だろう。
しかし、正体を明かすエリンは感じる。
相手の常識が壊れる度に……また信頼すべき仲間が増えるのだと。
一方、ヴェルネリは、疲れたような表情でダンを見る。
まだヴィリヤの結婚宣言で受けたショックが抜けていないようだ。
「私の常識を? 壊す……だと?」
掠れた声で告げる、ヴェルネリの質問をスルーし、ダンは仲間へ声を掛ける。
「ああ、そうさ! エリン、ヴィリヤ、そこに立って並んでくれ、ゲルダも一緒に」
「え? 私も?」
自分も?
ゲルダは一瞬、戸惑った。
妻ではない自分を、ダンは何故呼ぶのかと?
しかし、ダンは優しい笑顔をゲルダへ向け、断言する。
「ああ、お前も大切な家族だ。エリン、ヴィリヤと一緒に並んでくれないか」
「は、はいっ!」
『大切な家族』と言われ、ゲルダは心の底から嬉しかったのであろう。
大きな声で応え、脱兎の如くエリンとヴィリヤの下へ走り、ぴたりと寄り添った。
女子3人はエリンを真ん中にして、ヴィリヤとゲルダが並ぶ形である。
3人は固い絆を示すが如く、しっかり手を繋いでいた。
ダンは満足そうに頷き、いつもの通り、「ピン!」と指を鳴らす。
瞬間!
ダンから発する強力な
ついダンに視線を向け、ハッとし、慌てて孫娘を見やれば……
ヴィリヤを含めた女子3人のうち、あっという間に、ダンの妻エリンの容姿だけが変わって行く。
瞳がダークブラウンから菫色へ、髪が薄い栗色からシルバープラチナへ、そして耳も変わった。
そして、左右からエルフ族特有の、尖った小さな耳がぴょこんと飛び出したのだ。
「ああ、その娘は!? ま、まさか!?」
驚愕するヴェルネリを見て、ヴィリヤは微笑み、叫ぶ。
「エリン、堂々と名乗って! はっきりとお祖父様へ真実を告げるのよ」
「了解! ヴィリヤ!」
『親友』ヴィリヤに促され、エリンは思い切り息を吸い込む。
そして吐き出しながら、一気に言い放つ。
「私は、エリン・ラッルッカ。偉大なるデックアールヴの王、トゥーレ・ラッルッカの娘よ」
孫娘そっくりの、ヴェルネリの美しい碧眼には……
愛する孫娘、忠実な部下と手を繋ぎ仲睦まじく並ぶ、美しいデックアールヴの少女が……
胸を張り、本名と素性を告げるエリンの立ち姿が、はっきりと映っていたのである。