第75話「女子は買い物好き②」

文字数 2,596文字

「大丈夫さ、実は……」

 心配するニーナに、ダンは自信たっぷりに説明する。
 あくまで、ざっくりとではあるが。

 実は、旅には出ない事。
 行くのは、王都から少し離れた場所、たくさんの山に囲まれた田舎。
 人気(ひとけ)のない草原の小さな家へ、3人で住む事を告げたのである。

 だが……
 ニーナはまだ、話が良く見えない。

 旅に、出ない事は分かった。
 新たな家へ、引っ越す事も理解した。
 しかしその家までは、王都から相当距離がありそうだ。
 どちらにしても、自分の荷物の運搬は大変になるだろう。
 それなのに?

「で、でも荷物が……」

「大丈夫、ここへ入れる」

 ダンが指さしたのは、彼が腰に着けていた小さなバッグである。
 身の回りの小物やもしくは旅をする際の、必要最低限のものしか入らない、小ぶりな黒革製のバッグであった。

「???」

「ニーナ、大きな声を出すなよ。出そうになったら、手で口を押えろ、まあすぐに慣れる」

「???」

 ダンは、荷造りしたニーナの荷物を見た。
 床に置いてあるのは女物の大型バッグ4つ……そのうち3つの中身は服であった。

「先に、手で口を押えていた方が良いかもな」

「は、はい」

 ニーナが言われた通り、手で口を押えると、ダンは指をパチンと鳴らした。
 
 すると!
 
 目の前に置いてあったニーナの荷物が、「すううっ」と消えてしまったのである。

「う! うううっ」

 ダンの指示通り、あらかじめ手で口を押えていたから良かった。
 ニーナは悲鳴を押え、大声を出さずに済んだのである。
 傍らでは、エリンが悪戯っぽく笑っていた。

 興奮を鎮める為に、大きく深呼吸をするニーナ。
 胸の『どきどき』が漸く収まってから、ニーナはダンへ問いかける。

「こ、これは!?」

「俺の作った魔法のバッグさ。仕組みは後で説明するが……一杯入るぞ、大型ドラゴン10体くらいは」

 ダンが平然と言うので、ニーナは口をぱくぱくしてしまう。
 ほんの少し分かって来た。
 
 ダンが魔族なんて、酷い冗談を告げて来た事が…
 そう、ニーナの愛するダンはとんでもない人なのだ!

 呆然とするニーナを他所に、エリンが口を尖らせる。

「ダン、ドラゴンなんて嫌い! 例えが悪い」

 確かに、エリンの言う通りだ。
 収容量の比喩なら、「もっと可愛くお洒落に言うべきだ」と、エリンは言っている。
 可愛い新妻ニーナに気を遣えと、『先輩嫁』として強く主張しているのである。

 ダンも、エリンの言う通りだと思う。
 些細な事でも、男は女に対して優しくあるべきだとダンは思っている。
 愛する妻に対しては尚更だ。

 概して男は、大まかで鈍感である。
 指摘されないと、惨事に気付かない事も多い。
 こうなると、ダンとしては謝るしかない。

「ははは、御免」

 両手を合わせて、変なポーズで謝るダンは可笑しい。
 驚いた気持ちは、いつの間にか消えていた。
 ニーナはつい、笑ってしまう。

「……ぷっ」

「あは! ニーナが笑った」

「うふふ、エリンさん、面白いです」

 ニーナは思う。
 やっぱり、この3人で暮らすのは楽しみだと。
 ダンもエリンも、とても優しい。
 乾いた自分へ、温もりを与えてくれるから。

 しかし、ここでエリンの『指導』が入る。

「ダメ、エリンさんじゃない、エリン(ねぇ)でしょ」

「あ、御免なさぁい、エリン姉」

「よっし! OK」

 そんなこんなで、モーリスに見送られて英雄亭を出た3人。
 人気(ひとけ)のない路地で、ニーナの荷物を魔法鞄へ放り込むと、ダンがひと言。

「これからさくっと買い物しよう、アルバート達からも頼まれてるから」

 買い物?
 確かに、これからの共同生活には、いろいろ物入りなのだろう。
 ニーナは、素直に納得した。

 エリンはというと、同じく素直に喜んでいる。

「やった!」

「じゃあ、また市場ですよね? それともどこかのお店ですか?」

 ニーナの問いかけに対し、ダンは答えなかった。
 店に着いてからの、お楽しみっていうところだろう。

「まあふたりともついておいで」

 ダンは右手にエリン、左手にニーナ、ふたりの手を引いて、通りを歩いて行く。
 超絶美少女ふたりを連れたダンに対して、向けられる男達の凄まじい嫉妬目線が怖いくらいだ。

 聴覚の鋭いエリンの耳には……
 男達の「ちっ」「馬鹿野郎」「ぶち殺すぞ」「リア充爆発しろ」等の舌打ちや呪詛の言葉が聞こえて来る。
 しかし、悔しそうな男達はこちらを睨むだけで、エリンが王都に来たばかりの時みたいに声を掛けて来なかった。

 エリンは、感心する。
 夫のダンがエリンとニーナを妻もしくは恋人だと、はっきり『主張』してくれるお陰で、あれほど多かった『ナンパ』が一切無かったのである。

 やがて3人は、大きな建物の前に着く。
 貴族の屋敷のような大きな建物である。

「ここ……ですか? 確か……」

「大きな家だね~」

 立派な大型木製看板には『キングスレー商会 王家御用達』そう書いてあったのである。

 ニーナは、建物を見て少し臆しているようだ。

「私……こんな所、入ったことありません」

 王都暮らしのニーナが、今迄に入った事のない場所?
 エリンは、大いに気になる。
 
「え? どうして?」

「エリン姉は知らないのですか? ここは王家とも取引のある老舗の商会ですよ。お客は、結構なお金持ちばかりです」

 ニーナはさすがに、この『店』の存在だけは認識していたらしい。
 敷居の高い店の威容を見て、やはり腰が引けていた。

 一方、怖いもの知らずで好奇心旺盛なエリンはストレートに聞く。

「ダン、商会って何?」

「大きな店って事さ、さあ入ろう」 

 ダンから促され……
 エリンはわくわく、ニーナは戸惑いながら商会の大きな入り口から中へ入ったのである。
 店内に入ったダンは、勝手知ったるという感じでカウンターへ行く。
 顔見知りらしい、老齢の店員へ何か言うと、話は簡単に通ったようだ。

 店員は左右を見渡すと、ダン達をそっと店内に招き入れ、即座にこの巨大な倉庫へ案内したのであった。
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登場人物紹介

☆ダン・シリウス

本作の主人公。人間族の男子。

魔法、体術ともに圧倒的な強さを誇る魔法使い。

特に火と風の魔法を得意とする。

飄々とした物言いだが、性格は冷静沈着、情に厚い部分も。但し、女性に対しては基本的に奥手。

召喚された異世界で、創世神の神託が出る度、世界へ降りかかる災いを払う役目を負わされた。

だが王都暮らしを嫌い、一旦役目を果たせば、次の神託まで、普段は山里に隠れるように住んでいる。

ある時『世界の災厄である悪魔王』を倒す仕事を請け負い、絶体絶命のピンチに陥ったエリンを、偶然に助けた。

☆エリン・ラッルッカ

地の底深く暮らす、呪われしダークエルフ族の王女。地の魔法の使い手。

突如、攻めて来た悪魔王とその眷属により、父と一族全員を殺される。

しかし、悲しみに耐え、前向きに生きると決意。

絶体絶命の危機を救ってくれたダンと共に、地上へ……

ダンの自宅へ強引に『押しかけ』た。

☆ヴィリヤ・アスピヴァーラ

エルフ族の国、イエーラから来た、アイディール王国王宮魔法使い。

水の魔法の使い手。エルフ族の長ソウェルの孫娘。

ダンを異世界から、『勇者』として召喚した。 

傲慢な振る舞いを、ある日ダンからたしなめられ、以来熱い想いを抱くようになる。

☆ニーナ

人間族の国アイディール王国王都トライアンフ在住の女子、ビストロ英雄亭に給仕担当として勤める。孤児であり、両親は居ない。双子の兄が居たが、ある迷宮で死んだらしい。

以前店で仕事中、ガラの悪い冒険者に絡まれた。だが、ダンに助けられ、彼に片思い状態である。

☆ベアトリス・アイディール

アイディール王国王女にして、創世神の巫女。

ある日突然、巫女の力を得ると共に、身体の自由を殆ど失い、更に盲目となった。

ダンに神託を与え、世界へふりかかる災厄を防ぐ。

巫女として役目を果たす事に生き甲斐を感じながら、自らの将来に対し、大きな不安を抱えている。

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