第33話「変身①」
文字数 3,025文字
ダンとエリンは、王都へ旅立つ準備に追われた。
ダンは、王都の概要をおおまかにエリンへ伝えた。
人間界での作法など『一般常識』が主であった。
エリンが意味不明に思った事は、赤の他人が傍に居た場合、その場で聞かない。
後でふたりきりになってから、ダンへ聞く事も念押しされる。
着替えも含めて、持参する荷物も確認され、全てがダンの収納魔法がかかったバッグに収められた。
そして、その日の夜の事……
エリンが、一緒に王都へ行くと宣言してから、ダンはずっと考えていた事がある。
訳の分からない伝説や迷信など、くだらない理由で決してエリンを傷つけたくない……
その為には、エリンへ告げなくてはならない。
ダンは、真面目な顔で問う。
「エリン、俺を信じるか?」
「うん! エリンはダンを信じているよ」
何か、大事な話がある。
「ピン」と来たエリンも真っ直ぐにダンを見た。
ダンは満足そうに頷くと、再び口を開く。
「じゃあ、約束してくれ、俺の指示には一切従うと。これから色々と説明もする。全部、エリンの為なんだ」
やはり大事な話らしい。
言葉こそ柔らかいが、ダンはエリンへ、自分に従うように頼んで来たからである。
しかし『エリンの為』だと聞けば、彼女に異存などない。
「分かった! エリンはダンのお嫁さんだもん。旦那様の言う通りにするからね」
エリンが了解したので、ダンは単刀直入に告げる。
「よっし! じゃあ結論から先に言おう。王都へ行く際、エリンには人間に変身して貰う」
「へ!? エ、エリンが人間に? へ、へ、変身!?」
さすがに驚いた!
エリンに、人間になって欲しいというのもそうだが、変身って!?
「そうさ。理由はいくつかある。一番の理由だが、俺はエリンを王都の奴らの悪意にさらしたくない」
「悪意?」
「そう、悪意。アルバート達が向けた誤解と偏見の何十倍、何百倍の悪意がエリンに向けられたら、俺は我慢出来ないだろうから」
「…………」
幸い仲直りはしたが、エリンはアルバート達が酷い事を言った時には相当辛かった。
どうして? 何故?
誰にも何もしていないのに、嫌われる理由が分からなかった。
そしてダンはあの時、とても怒った。
表面上は静かな物言いだったが、凄まじい怒りであった。
もし、あの時以上にダンが怒ったら、一体どうなるのか?
ダンのとてつもない力を知るエリンには、あまり想像したくない事だ。
考え込むエリンを見つめながら、ダンは渋い表情で説明を続けてくれる。
「俺はアルバートやフィービーみたいに人間やエルフ達が、ダークエルフであるお前の事をちゃんと理解して欲しいと思う。だが王都の全ての者が、あのふたりみたいにくだらない迷信に気付き、自分に置き換えて反省するとは思えない」
「…………」
「それも王都の住民が少ないのなら、まだ時間を掛けて説得する事も出来るが……到底無理だ」
王都の住民が少なくない?
多いから……説得が無理?
エリンは思わず聞いてしまう。
「え? 王都って街に住む人ってそんなに多いの?」
「おお、アルバートに聞いたら、ざっと2万人以上だってさ」
「に、2万人!?」
エリンは、目が回りそうになる。
亡き父に昔聞いたが、ダークエルフは一族全員で4千人と少しだったという。
何と!
その5倍以上の人間やエルフ達が、たったひとつの街で暮らしているのである。
「人間もエルフも、ほぼ全員が熱心な創世神教の信者だから、ダークエルフに対して酷い偏見を持っているのは確実だ。それをひとりひとり説得して回るなんて、俺は御免だな」
「…………」
「でも……誤解しないで聞いて欲しいけど……俺はアルバートやフィービーみたいに、エリンを理解してくれる人間を少しでも増やしたい」
エリンは、戸惑ってしまう。
ダンの言っている事が違うのだ。
「え? でもさっきダンは説得しないって言ったよ」
「ああ、矛盾しているな。王都は住民の数が多過ぎるし、正面からまともに説得しようとしても、多分奴らは聞く耳を持たないだろうから」
「そう……なんだ」
「ああ、だからやり方を考えた。身近な信頼出来る人間から地道にやろうとね。 アルバート達みたいにさ」
「アルバート達みたいに?」
エリンの脳裏には、今朝のアルバート達の顔が浮かんだ。
酷い事を言われたけど……分かってくれた。
そして、エリンに優しくしてくれた。
暫くして、ダンの言う事が、エリンにも少し分かって来た。
「ああ、それに今回の件同様、論より証拠さ。エリンが人間に擬態して既成事実を作り、もしも教えられる状況になったら少しずつカミングアウトする」
「少しずつカミングアウト?」
「ああ、俺とエリンと時間を共有している奴へ、一緒に過ごしても、何も
「う、うん……」
エリンには、ダンの説明が全て理解出来たわけではない。
しかしダンは、一生懸命話している。
言葉も慎重に選びつつ。
それに、考えに考え抜いた結論のようだ。
エリンは、地上の事をまだまだ知らない。
今迄ダンは、エリンにとって常に一番ベストな選択をしてくれた。
だから……
「分かった! エリンはダンの言う通りにする」
「ありがとう! まあ変身といっても大きくは変えない。まず耳は変える……エリンの可愛い耳は、エルフ族特有のものだ。ひと目で人間ではないと分かってしまう」
「エリンの耳……」
「次に目立つのは髪の色、そして瞳だ。この3つを変えるだけで充分だろう。悪いが目立たないよう地味にさせて貰う」
「髪と瞳……地味に?」
「ああ、本音を言うと変えるのは残念なんだ……だってエリンの髪や瞳はとても綺麗だし、耳はぴょこんとして凄く可愛いから。特に耳は……弱点だしな」
「弱点?」
「そうさ、ほら!」
ダンは慈愛のこもった眼差しを向けながらエリンへ近付くと、彼女の尖った可愛い耳をそっと甘噛みした。
かぷ!
「あううん! ダ、ダンったらぁ! ダ、ダメだよぉ」
エリンは思わず脱力して「へなへな」と、崩れ落ちそうになる。
「ぶるぶるぶる」と身体を快感が満たして行く。
しかしダンは、エリンをしっかりと支えながら、彼女の懇願をスルーして優しく優しく甘噛みを続ける。
ふたりで愛し合った結果、ダンが見つけたエリンの『弱点』のひとつであった。
「エリン、俺はエリンの可愛い耳が大好きなのさ。人間の耳なんかに変えたくない! ……だけど我慢する、エリンの為だから」
エリンは、嬉しかった。
ダンはエリンの心は勿論、身体の隅々まで愛してくれている。
全部愛してくれている!
「ダン! ダン! ダ~ン! エリンはダンが大好きだよぉ!」
「ああ、俺も大好きだ。エリンが大好きだ」
愛するふたりに、もう言葉は要らない。
ふたつの影はもつれあうように、ベッドへ倒れ込んだのであった。