第181話「また会う日まで②」

文字数 2,993文字

 エリンとヴィリヤ……
 ふたりの回想は、まだまだ続いている……

「ねぇ、エリン……旦那様の本名って、異世界らしい、不思議な響きだよね?」

「うん、オオボシダン……確かそう言ってたよ、ヴィリヤ」

「ええ、だから、ダン・シリウスって名前を、自分でつけたって言っていたわ……」

 勇者ダンの本名は、オオボシダン……
 ダンは名前である。
 そして姓のシリウスは異世界で大きな星という意味であると……
 つまり、『オオボシ』という意味らしい……
 この世界では、全く聞いた事がない、不思議な響きの名前であった……
 
 エリンとヴィリヤは気になる。
 
 この世界へダンが来る前に生きていたのは……
 どのような世界だったかと。

 ダンは前世で、一体、誰と暮らしていたのかと……
 果たして、家族は居たのか?
 
 また自分達と同じく……
 愛し、愛される『想い人』は居たのかと。
 
 もし家族が居たのなら……
 ダンがいきなり消え、どんなに嘆き悲しんだであろう。
 もし想い人が居たのなら……どんなに深い喪失感を味わった事だろう……
 今のふたりには……その辛さが良く分かるのだ。
  
 しかしダンは、以前自分の住んでいた世界の事は、あまり話してくれなかった。
 
 ある日、ふたりがそれぞれ聞いたら……
 「過去を振り返るのはもうやめた。今を生きる。俺の目の前に居るお前達の為に生きる」
 
 同じ言葉を……告げられたのである。
 
 ふたりとも、心の底から嬉しかった。
 しかし、反面ダンが可哀そうにもなった。
 どれほど大きな、望郷の念を持っていたのかと。
  
 なので、エリンとヴィリヤは……
 ふたりが見た事もない、遥か遠い異世界……
 魔法も存在せず、魔物も居ない世界……
 誰も知らない、ダンの故郷の風景へ、思いを馳せたりもする。
 
 ……多分、不思議で未知のモノがいっぱいにあふれ……
 吃驚が連続して、止まらないような景色だろうと。
 自分達がダンの故郷へ、その世界の人間として転生して、一緒に暮らせたらそれも楽しいと思う……
 
 そしてふたりは、実感する。
 ダンからは、いろいろな事を教えて貰ったと。
 
 生きる為の術、前向きな考え方等々。
 数えきれないくらい。

 中でも、この世界の最大の謎……
 純粋で無垢なデックアールヴが何故、創世神様から追放されたのかという事も……

 だが……結局……
 ダンでさえも、答えは、はっきりと出せなかった。
 人やアールヴでは理解出来ない価値観や判断が、創世神様や使徒にはあるとしか……
 
 無理に結論を出すのなら、『バランス』かもしれないともダンは言った。
 気に入らないと、一気に世界をリセットする残酷な創世神も、普段は世界の安定を一番に考える。
 
 多分デックアールヴは……
 創世神が造った全ての種族の中では、最も自身に近い、飛び抜けて優れた存在だった。
 そのまま地上に存在していては、種族の中では突出し過ぎて、世界のバランスが大きく崩れる。
 
 創世神は、アンバランスな世界が嫌い。
 だから、デックアールヴが邪魔になった。
 
 「自分に一番近いように作っておいて、気が変わって邪魔だなんて、創世神は理不尽だな」
 と、ダンは、エリンと同じ気持ちになって嘆いてくれた。

 「私見だけど」と、前置きしつつ、ダンはこうも言っていた。
 改めて世界のバランスを保つ為に、創世神は自分を『勇者』にして、この世界へ送り込んだとも……

 エリンは、ふと思った事もある。
 もしダンが破壊的で、邪な心を持っていたら……
 あのアスモデウス以上の悪魔王になっていたかもしれないと……
 この世界を、徹底的に破壊し、終いには滅ぼしていたかもしれない……

 でも……ダンは救世の勇者となった。
 デックアールヴを、世界の人々を救ってくれた。
 それ以上に、エリンを最高に幸せにしてくれた。
 だから今更、どうでも良い。
 
 それに創世神様がどうお考えになるなんて、エリンにもヴィリヤにも、誰にも分かるわけがない。
 
 いくら考えても……
 創世神様の価値観同様、人生の先はどうなるか、運命なんて誰にも分からないから。
 現に、エリンもヴィリヤも……
 幼い頃に考え、想像していた未来とは、全く違う現実の中で生きている……

 以前、ベアトリスが言っていた。
 人は各自が置かれた状況下で、可能な範囲においてベストを尽くせば良い。
 また、一番大切なのは、けして諦めない事、加えて向上心を持つ事だと。
 
 エリンとヴィリヤは納得する。
 その通りで、それ以上、それ以下でもないと感じる。
 
 実際、巡り会った家族と仲間全員が、自分の人生においてベストを尽くした。
 思うようにいかなくても、希望した結果が出なくても……
 何度後退しても、辛くなって逃げても……
 最後まで諦めず、不器用でもやれるだけやって、前向きに生き抜いた。
 そして、エリン達のように、まだまだ生きて行く者達も居る。
 
 それで良い。
 愛するダンも同じように考え、感じていた筈だ。
 だからこそ!
 人生は面白いのだと。

 どちらにしても……
 エリンとヴィリヤの願いは『ひとつ』である。
 
 ふたりが邂逅した『想い人ダン』は、もうこの世界には居ない。
 二度と、戻っては来る事はない……
 
 だけど、絶対に諦めない!
 己の人生がこの世界で完結したら……
 次の新たな世界で、ダンと再会する。
 
 再び運命の出会いを遂げる。
 そう信じるのだ。

「ヴィリヤ、もう一回言うけど、私、絶対に会う! 生まれ変わってまたダンに! 違う世界で旦那様に巡り会うからね! 大好きだから、ずっと一緒に居る!」

「うん、エリン! 私も会う! 必ずダンに巡り会うわっ! 愛しているから、永遠に離れない!」

「そうそう! 出会って、旦那様が嫌だって言っても、無理やり押しかけるよ! エリンが初めてこの家へ来た時みたいに!」

「うふふっ、その時は私だって一緒よ! エリンと私、ふたりで押しかけちゃえ!」

「いいえっ! ヴィリヤ! 私達ふたりだけじゃないよ! ニーナとベアトリスも一緒!」

「だね! よ~し、エリン! 絶対に、皆でまた家族になろう!」

 エリンとヴィリヤは、大きな声で宣言した。
 『隠れ勇者』との、宿命の再会を。
 すなわち、愛し、愛される者全員で再び家族となる誓いを。

 こつん……
 
 エリンとヴィリヤは、いつもの通り拳を交わす。
 誓いを立てる度、もう数え切れないくらい……同じ事をしていた。
 ダンから教わった『フィストバンプ』を……

 相手の拳から温かさと、確かな心の絆を感じ……
 ふたりの『押しかけエルフ』は顔を見合わせ、再び晴れやかに笑ったのであった。 

※『隠れ勇者と押しかけエルフ』はこの話で終了です。
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登場人物紹介

☆ダン・シリウス

本作の主人公。人間族の男子。

魔法、体術ともに圧倒的な強さを誇る魔法使い。

特に火と風の魔法を得意とする。

飄々とした物言いだが、性格は冷静沈着、情に厚い部分も。但し、女性に対しては基本的に奥手。

召喚された異世界で、創世神の神託が出る度、世界へ降りかかる災いを払う役目を負わされた。

だが王都暮らしを嫌い、一旦役目を果たせば、次の神託まで、普段は山里に隠れるように住んでいる。

ある時『世界の災厄である悪魔王』を倒す仕事を請け負い、絶体絶命のピンチに陥ったエリンを、偶然に助けた。

☆エリン・ラッルッカ

地の底深く暮らす、呪われしダークエルフ族の王女。地の魔法の使い手。

突如、攻めて来た悪魔王とその眷属により、父と一族全員を殺される。

しかし、悲しみに耐え、前向きに生きると決意。

絶体絶命の危機を救ってくれたダンと共に、地上へ……

ダンの自宅へ強引に『押しかけ』た。

☆ヴィリヤ・アスピヴァーラ

エルフ族の国、イエーラから来た、アイディール王国王宮魔法使い。

水の魔法の使い手。エルフ族の長ソウェルの孫娘。

ダンを異世界から、『勇者』として召喚した。 

傲慢な振る舞いを、ある日ダンからたしなめられ、以来熱い想いを抱くようになる。

☆ニーナ

人間族の国アイディール王国王都トライアンフ在住の女子、ビストロ英雄亭に給仕担当として勤める。孤児であり、両親は居ない。双子の兄が居たが、ある迷宮で死んだらしい。

以前店で仕事中、ガラの悪い冒険者に絡まれた。だが、ダンに助けられ、彼に片思い状態である。

☆ベアトリス・アイディール

アイディール王国王女にして、創世神の巫女。

ある日突然、巫女の力を得ると共に、身体の自由を殆ど失い、更に盲目となった。

ダンに神託を与え、世界へふりかかる災厄を防ぐ。

巫女として役目を果たす事に生き甲斐を感じながら、自らの将来に対し、大きな不安を抱えている。

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