第30話「仲直り②」
文字数 2,569文字
宿敵であるエルフの無様な姿を想像すると、エリンは面白くて堪らず、暫く笑い転げていた。
笑うといっても、エリンにさして悪気はない。
意地の悪い嫌がらせをした罰として、ダンから尻を叩かれるくらい可愛いものである。
優しいダンなら当然、手加減もするだろうし、別に命の危険があるわけではないからだ。
絶対に言えないが、自分より先に『夫』のダンと知り合った、エルフ女への嫉妬もあった。
エリンは漸く笑いが収まると、ダンへ問う。
「ねぇ、ダン。……王都って場所へ行って、ヴィリヤっていう、そのエルフ女に会うの?」
「おお、会うぞ」
「よっし! エリン、そいつをやっつける」
エリンは拳を固く握ると、気合を入れて突き上げる。
『やる気満々』という雰囲気だ。
このままヴィリヤと会ったら、修羅場になるかもしれない。
エリンは経験豊富な魔法剣士だし、ヴィリヤも一流の魔法使いだから。
ダンは、ほんのちょっぴり心配になる。
「おいおい、会う前から喧嘩腰かよ。でもあいつ、最近は反省したらしくて結構素直なんだぜ」
何故か、ダンがエルフを庇う。
「いらっ」としたエリンは、舌を思い切り出して言い放つ。
「い~っだぁ! そんなのはどうせ
「そうか……と、いう事はエリンも、俺と一緒に王都へ行くんだな」
「当然! エリンはダンのお嫁さんだもん、いつも一緒」
エリンは真っすぐにダンを見ていた。
自分はダンの嫁!
だから離れない!
揺るぎない決意を言っているのだ。
ダンも、健気なエリンを置いていけない。
「分かった、じゃあアルバート達が来たら話を聞いた上で準備をしよう。で、エリンはどうする?」
「どうするって?」
ダンに問われて、エリンは首を傾げる。
よくよく聞けば、どうやらダンはエリンに気を遣ってくれたようだ。
「この前、あいつらに酷い事言われただろう? 顔を見るのも嫌だったら、話が終わるまで寝室で待っていれば良いさ」
「ううん! エリンもダンと一緒に話す、あの人達にちゃんと謝って貰うよ。だってエリンは何も悪い事していないのに、絶対おかしいもの」
エリンの性格は、はっきりしていた。
良いモノは良い。悪いモノは悪い。
感謝したら、礼を言う。
悪かった場合は謝る。
とても分かり易い。
そんなエリンを、ダンも擁護する。
「その通りだ。エリンが数日ここに居ても何も起こっていない、平和なものさ」
ダンに保証されて、エリンは嬉しくなる。
もし自分が、呪われた不吉な子だったら……
実は、一抹の不安がエリンにもあったのだ。
エリンは言う。
そんな不安を打ち消す為に。
「うん! エリンは絶対に呪われてなんかいないよ! だってダンはエリンと一緒だと幸せだって言ってくれたから。エリンはダンを幸せに出来るんだ! の、呪われていたらダンを幸せになんか出来ないよね? ねぇ、そうだよね?」
「そうだよ、俺はお前と居ると、凄く幸せさ」
一緒に居ると、凄く幸せ!
エリンの喜びは、最高潮に達してしまう。
「ダ~ン!!!」
ダンの言葉に感激したエリンは、彼の名を叫ぶと思いっきり抱きついたのである。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
荷物を背負ったアルバートとフィービーが姿を現したのは、ダンとエリンが抱き合ってから、10分ほど経ってからだった。
ダン達は、彼等が来ることを気付いていなかったかのように振舞う。
誰でも友人や知人と喧嘩別れして、再び会い
ダンとエリンはアルバート達に気付いても、敢えて畑仕事を続けている。
口籠りながら呼びかける、アルバートとフィービー。
「……あの、ダン……」
「ええっと……ダン」
「……何だ、アルバートとフィービーか、どうした?」
ダンは相手の発する
どうやらアルバート達は、この前とは雰囲気が違うようだ。
ふたりは、いかにも申し訳なさそうにしている。
「あれから……俺……凄く反省した。……何か言い伝えとか、一方的に噂を鵜呑みにして悪い事言ったなぁって……御免よ、許して欲しい」
「私も……謝りたい。……もし同じ事を言われたら、ショックで死にたくなるかもと思って」
ダンとエリンは顔を見合わせた。
エリンは、嬉しかった。
それに、ダンの言った通りでもあった。
アルバートもフィービーも、根は悪い人間ではない。
この世界では、それほど創世神の言葉や言い伝えは深く重いのだ。
加えて、今や人間社会で幅を利かせるエルフが持つ、ダークエルフに対する偏見と憎しみも大きいのである。
そのような価値観と環境の下で暮らしていたら、必然的に染まらざるを得ない。
ダンは、エリンへそう話したのだ。
ふたりの謝罪の言葉を聞いたエリンが微笑んだので、ダンも優しく笑っている。
改めてダンは問う。
「エリン、どうする?」
「うん! 良いよ、仲直りしよう」
『お許し』は出た。
アルバートとフィービーも顔を見合わせる。
漸く「ホッ」とした表情になった。
「じゃあ皆で朝飯を食うか? どうせ起きてからすぐ来たのだろう?」
「い、いや……」
「ええっと……」
アルバート達は、躊躇している。
先日のダンの怒りが凄まじかったので、少し遠慮しているらしい。
伝えるべきことを伝えたら、退散しようという気持ちが見え隠れしていた。
その時であった。
ぐぎゅるるるる……
ぐうううううう……
アルバートとフィービーの身体は、正直である。
大きな音で、ダンとエリンへ空腹である事を伝えたのだ。
「ははは、じゃあ一緒に朝飯……良いよな?」
ダンから屈託のない笑顔を見せられたアルバート達は、ばつが悪そうに頷いたのであった。