第61話「エリンのお手伝い②」
文字数 2,646文字
彼女は、
ニーナが着る、英雄亭の給仕担当の制服は、典型的なメイド服であった。
黒のワンピースを着て、白いフリルのエプロンを付け、エプロンと同色のフリルのカチューシャを付けるのだ。
ダンに言われた通り、ニーナは予備のメイド服をエリンに渡した。
エリンから着方を問われたので、ニーナは丁寧に教えてやった。
エリンとニーナの、背格好はほぼ同じ。
胸のサイズも、殆ど変わらなかった。
よって、ニーナの制服はエリンに「ぴったり」である。
頭からつま先まで、「まじまじ」と見て、ニーナが「ほう」と息を吐く。
「エリンさん、やっぱり……似合いますね」
ニーナの、言う通りである。
ダンの魔法で姿を変えられたとはいえ、エリンの身体の各パーツは美しい。
そして、スタイルは全く変わっていない。
薄い栗色の、長い髪はさらさら。
鼻筋が「すっ」と通った端麗な顔立ち。
輝く瞳は、美しいダークブラウン。
小さな桜色の唇。
ぼん! きゅっ! きゅっ!
挑発するように突き出た巨大な胸と、芸術品のようにくびれたウエスト、そして上向きに引き締まったお尻。
誰が見ても完璧だ。
ニーナに褒められて、エリンは「にこにこ」している。
当然だが、メイド服は生まれて初めて着る。
エリンから見たら、とても不思議な服である。
でも……
可愛い服だ。
姿見に映る、自分の姿を見て悪くないと思う。
果たしてダンは、褒めてくれるだろうか?
「そう?」
嬉しそうなエリンを、ニーナは眩しそうに見つめる。
「ええ……とても似合います。で、でも……」
口ごもるニーナを見て、エリンは首を傾げる。
「ん?」
「エリンさん、ウチの仕事って分かりますか?」
ニーナの疑問は、尤もだ。
エリンの素晴らしい才能を、まだ彼女は知らないのだから。
だがエリンは「けろっ」と言う。
「うん、大丈夫! ニーナの働くの見てて大体覚えた」
「ええっ!?」
「任せて! エリン、頑張るよ。料理の種類だけ、もう少し教えて貰えば何とかなる。さあ、早く行こう!」
エリンはもう、やる気満々であった。
ニーナを助けたい。
ダンを巡って、生まれた先程の微妙な雰囲気など微塵もない。
そんなエリンの勢いに、押されてニーナも頷く。
「はっ、はいっ!」
「よし、ニーナ、出撃!」
エリンは、気合が入るとつい癖が出る。
悪魔と戦う際、亡き父と共にダークエルフ一族の先頭に立って、士気を鼓舞していたのだから。
エリンの生真面目な顔を見て、ニーナはだんだん楽しくなって来る。
「出撃? ふふ、何か戦いの号令みたいですね」
「戦いだよ! 仕事はすべて戦い! 行っくよ~」
「はい! 行きましょう!」
エリンの気合に触発されたニーナも、今迄の疲れが吹っ飛んだように元気が出た。
そして、ハイタッチを求めるエリンと手を合わせて、改めて気合を入れたのである。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
一方……
厨房では、ダンがモーリスへ手伝う旨を申し入れていた。
しかしモーリスは、中々承知してくれない。
昔気質のモーリスは、一本気で頑固なオヤジとして、王都では有名なのだ。
「とんでもねぇ! 客であるお前達に手伝わせるわけにいかねぇよ」
モーリスの答えは、ダンには予想出来るものであった。
当然、返す答えは考えてある。
「モーリスさん、そんな事を言っている場合じゃないぜ」
「何!」
怪訝な表情をするモーリス。
その時であった。
酔っぱらった冒険者の、大きな声が厨房へ届く。
「お~い、ニーナ! どこだよぉ、エールくれぇ! 大マグ2杯頼むぞ」
当然、返事はない。
ニーナは、エリンを連れて自室に居るのだから。
注文した冒険者は、不満そうに周囲を見渡していた。
ダンは「だから!」という顔をする。
「了解、エール大マグふたつね! ほら、こうなる、外も見てみなよ」
「むむむ」
ダンが指さした、入り口の方を見たモーリスが唸った。
店に入れず順番を待つ客で、表の通りが一杯だったからだ。
漸く、モーリスは理解した。
今夜の仕事量をこなすには、モーリスとニーナのふたりではもう限界である事を。
モーリスが聞き分けると、考えたダンが念を押す。
「助けるのは当然だろう? 俺、ニーナの事は妹みたいに思っているし、モーリスさんは爺ちゃんと同じだもの」
「う~む、お前にとってニーナは……妹か……って、俺がジジイだとぉ!」
ニーナは妹……
ダンの言葉を聞いて一瞬考え込んだモーリスは、同時に自分が年寄り扱いされたと分かって憤る。
青筋を立てて怒るモーリスを、ダンは「にやにや」しながら見ている。
「だってエリンもそう呼んでいたじゃないか」
「バカヤロー! むさい男と可愛い女は違うんだよ。お前が俺を、じじぃと呼ぶのは許さん!」
モーリスが、ダンを叱ろうと拳を振り上げた瞬間。
「モーリスさん!」
「おう、ニーナ」
聞き覚えのある声に、モーリスが視線を向けると……
何と!
メイド服姿の、エリンも立っている。
「ニーナじゃないよ、お爺ちゃん。エリン達が手伝うの、素直にOKしなよ」
「う、うお! エリンちゃん……似合うな」
ニーナ同様、モーリスもつい年甲斐もなく見とれてしまう。
それほどメイド服姿のエリンは可憐だったのだ。
しかしエリンは、モーリスへ「ぴしり」と言い放つ。
「エリンちゃん似合うな、じゃないよ、ガタガタ言う暇あったら仕事だよぉ」
「くう!」
エリンにやりこまれるモーリスを見て、ダンとニーナは笑ってしまう。
「はははは」
「うふふふ」
「く、くそ! 笑うな」
悔しがるモーリス。
だが、エリンの追撃は容赦ない。
「おじいちゃん、そんな汚い言葉を使っちゃダメ、ごはん食べているんだからぁ」
「う! 済まん りょ、了解だ」
防戦一方のモーリス。
ダンとニーナの笑い声は、止まらない。
「ははははは」
「あはは!」
「お~い、エールまだぁ」
和む4人へ向かって……
痺れを切らした冒険者は、なかなか来ないエールの催促をしたのであった。