第133話「圧倒」

文字数 1,943文字

 人喰いの迷宮下層、地下9階……
 殺気に満ちた空間を、ダンがひとり「すたすた」と歩いて行く。
 エリンとヴィリヤを残し、単独で敵と戦う為に。

 迎え撃つは、オーガの最上位種オーガエンペラー率いる『オーガ部隊』の20体余り……

 捕食者であるオーガ達は……
 たったひとりで立ち向かう、恐れを知らないダンに向かって、当然の如く威嚇し咆哮する。
 常人なら、身もすくむような声である。

 しかし、ダンは全く臆さない。
 表情は穏やかなまま、歩みも止まらず、防御の構えもしない。

 ごあはあああっ!!!

「舐めるな、人間め! もうたまらん!」とばかりに、オーガが一体だけ、走り出した。
そしてダンの前に駆け寄ると、鉛色をした巨大な拳をぶつけるように繰り出した。

 並みの冒険者なら、ひとたまりもなく、肉体が粉砕されてしまう。
 つまり、バラバラに弾け跳んでしまうだろう。
 だが……そうはならなかった。

 ばちん!

 いきなり、何かを思いっきり、平手で叩いたような音がした。
 信じられない光景が展開していた。

 何と!
 ダンは左手だけで、オーガの拳を受け止めたのだ。

『旦那様!』
『ダン!』

 思ってもみなかった、ダンの反撃……
 
 目の当たりにした、エリンとヴィリヤが魂で叫ぶ。
 ふたりとも驚愕し、目を丸くしていた。
 圧倒的に強いダンに対する、感動と頼もしさが、ふたりの身体を包んでいる。
 エリンは命を助けて貰った時の感動が、ヴィリヤはいつも神託をやり遂げる頼もしさを……

 一方、思い切り力を込め、振るった拳を止められたオーガは……
 「信じられない!」と、まるで人間のように驚き、声のない悲鳴をあげた。

 瞬間!

 ダンの右手がオーガの腹に吸い込まれ、重い音を発した。
 見た目とは裏腹、とてつもない力により、身長3mを楽に超えるオーガが、呆気なく吹っ飛ぶ。

 そして、戦いの行く末を見守っていたオーガエンペラー達の足元まで、地響きを立てバウンドして転がって行くと……
 そのまま「ぴくり」とも動かなくなってしまった。
 ダンの一撃を喰ったオーガは、既に絶命していたのだ。

 仲間が殺された!?
 こんな人間に?

 微妙な静寂が、暫しその場を支配した……
 だが、それは戦いのインターバルでもあった。

 ごがはああああああああっ!!!
 ぐおあああああああああっ!!!

 オーガエンペラー以下全てのオーガが、「仲間の仇!」とばかり、一斉に咆哮し、「どっ」とダンへ迫って来た。
 すると、ダンの身体がぶれたように消える。

 そして、

 ぶしゃ!
 どっ!
 ぐしゃ!

 肉を打つ音、破砕する音、断末魔の悲鳴が辺りを満たした。
 そして先ほどと同じように、迷宮の床を鳴らす大きな地響きも。
 オーガ達はあまりにも速い動きで自分達を圧倒する敵――ダンにより、次々と倒されていったのである。

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 配下のオーガ達は全て、あっという間に倒された。
 ……残ったのは、オーガエンペラーのみであった。

 今、ダンとオーガエンペラーは一対一で対峙している。
 一般的に、オーガの知能は低い。
 上位種であるオーガエンペラーは、少しだけましだ。

 魔物のオーガにも、さすがに恐怖の感情くらいはある。
 今戦っている相手が、もし人間ではなかったら……
 例えば、巨大で強靭なエンシェントドラゴンか、何かだったら……
 オーガエンペラーは怯え、とっくに逃げ出していただろう。

 だが、目の前に居るのはたったひとりの人間だ。
 それも、美味そうな女ふたりを連れた華奢な人間なのだ。
 所詮は……『餌』の筈。

 その本能的な先入観が、オーガエンペラーの恐怖を和らげ、その場に踏み止まらせていた。

 ごがはあっ!

 オーガエンペラーは咆哮する。
 相手の人間が、動じない事は分かっていたが……
 威嚇せずにはいられない。
 普通は怯え、逃げ出す筈……

 だが目の前に居る人間は腕組みをしたまま、悠然と自分を眺めていた。
 やがて人間――ダンの口が動くと、ゆっくり言葉が発せられる。

「悪いが……餌にはならない」

 ダンが静かに語るのは、オーガエンペラーへの引導宣告に等しい。

 があああああっ!!!

 オーガエンペラーは、ひときわ大きく咆哮すると、ダンへ向かい最後の突進をした。
 並みのオーガの倍近くある巨体が軽やかに、迷宮の床を移動し、ダンへ迫ったが……
 ひきつけるだけ、ひきつけてから、ダンはあっさりオーガエンペラーの拳を躱すと、がら空きになった腹へ、渾身の一撃をぶち込んでいたのであった。
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登場人物紹介

☆ダン・シリウス

本作の主人公。人間族の男子。

魔法、体術ともに圧倒的な強さを誇る魔法使い。

特に火と風の魔法を得意とする。

飄々とした物言いだが、性格は冷静沈着、情に厚い部分も。但し、女性に対しては基本的に奥手。

召喚された異世界で、創世神の神託が出る度、世界へ降りかかる災いを払う役目を負わされた。

だが王都暮らしを嫌い、一旦役目を果たせば、次の神託まで、普段は山里に隠れるように住んでいる。

ある時『世界の災厄である悪魔王』を倒す仕事を請け負い、絶体絶命のピンチに陥ったエリンを、偶然に助けた。

☆エリン・ラッルッカ

地の底深く暮らす、呪われしダークエルフ族の王女。地の魔法の使い手。

突如、攻めて来た悪魔王とその眷属により、父と一族全員を殺される。

しかし、悲しみに耐え、前向きに生きると決意。

絶体絶命の危機を救ってくれたダンと共に、地上へ……

ダンの自宅へ強引に『押しかけ』た。

☆ヴィリヤ・アスピヴァーラ

エルフ族の国、イエーラから来た、アイディール王国王宮魔法使い。

水の魔法の使い手。エルフ族の長ソウェルの孫娘。

ダンを異世界から、『勇者』として召喚した。 

傲慢な振る舞いを、ある日ダンからたしなめられ、以来熱い想いを抱くようになる。

☆ニーナ

人間族の国アイディール王国王都トライアンフ在住の女子、ビストロ英雄亭に給仕担当として勤める。孤児であり、両親は居ない。双子の兄が居たが、ある迷宮で死んだらしい。

以前店で仕事中、ガラの悪い冒険者に絡まれた。だが、ダンに助けられ、彼に片思い状態である。

☆ベアトリス・アイディール

アイディール王国王女にして、創世神の巫女。

ある日突然、巫女の力を得ると共に、身体の自由を殆ど失い、更に盲目となった。

ダンに神託を与え、世界へふりかかる災厄を防ぐ。

巫女として役目を果たす事に生き甲斐を感じながら、自らの将来に対し、大きな不安を抱えている。

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