第99話「人喰いという名の迷宮」

文字数 3,272文字

 アイディール王国王都トライアンフ。
 中央広場最寄りに位置するのが、冒険者ギルド本部である。

 そして、ここは本部本棟最上階のギルドマスター専用応接室。
 豪奢な肘掛け付き長椅子(ソファ)に、4人の男女が座っていた。
 ダンとエリン、そしてエルフの王宮魔法使いヴィリヤと部下のゲルダ主従である。

 クラン(フレイム)が、『人喰いの迷宮』において行方不明となった。
 ニーナの兄も、行方不明になった場所だ。
 英雄亭で事件を聞き、驚いたダンとエリン。
 もっと詳しい情報を収集しようと、ギルド本部を訪れたのである。

 ダン達の後を追ったヴィリヤ主従も、成り行きで同席する事となった。
 エリンは不満だったが、ダンが同席を許した。
 何か、考えがあるらしい。
 ヴィリヤが気に入らないエリンは腹が立ったが、今はチャーリー達を助けるのが先だ。

 やがて扉が開いて現れたのは、サブマスターのクローディアである。

「これはこれは、皆様、ようこそ。マスターのローランド様は不在ですので、今日は私だけで対応させて頂きます」

 チャーリー達の、救出に向けて意気込んだエリンは、思わず立ち上がった。
 向かい側に座っていたヴィリヤが吃驚して、目を丸くしていた。

「クローディアさん! お願いします! チャーリーが危ないんです」

 エリンの話し方は、いかにも唐突であった。
 切羽詰まっているのは感じられるだろうが、これでは肝心の話が相手へは伝わらない。
 案の定、クローディアは首を傾げる。

「チャーリー?」

 エリンは、苛々するばかり。
 もどかし気に答えを告げる。

「もう! クラン(フレイム)のリーダーですよ」

「クラン(フレイム)? ああ、人喰いの迷宮ですか」

 クラン(フレイム)行方不明の件は、クローディアにも報告が入っているようだ。
 それならば、話が早い。

「はい! クラン(フレイム)が行方不明になっている筈です」

「ああ、あの迷宮ですね」

「あの迷宮って! 大変な事が起こっているじゃない」

 気が競るエリン。
 語気がつい荒くなる。
 まるで、クローディアを責めるように。

 だが、これでは堂々巡りだ。
 結局は、回り道となってしまう。
 とうとうダンが口を挟む。

「エリン、落ち着け」

「だって、ダン! 落ち着いてなんかいられないよ」

「エリン……」

「ダンはチャーリー達を見捨てるの? 今だってきっと助けを求めているんだよ。エリン達を待っているんだよ」

「分かっている、落ち着け。だから情報を貰う為にギルドへ来たんだ」

「はい! 今のやりとりでいらっしゃった用件は理解しました」

「クローディアさん」

「人喰いの迷宮でいくつものクラン、何人もの冒険者が行方不明になっているのは把握しており、ギルドでも聞き取り調査は継続しています。クラン(フレイム)の件も含めて現在の状況と公開しても差し支えない資料をお持ちしましょう」

 クローディアは一礼すると、一旦応接室から離れたのである。

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 15分程経って、クローディアは戻って来た。
 分厚い資料の束を抱えて。

「お待たせしました、人喰いの迷宮に関してお伝え出来る内容の資料を取り揃えました」

「じゃあ、現況とギルドの方針を話して貰えますか?」

「かしこまりました」

 ダンから促されて、頷くクローディア。
 軽く咳払いすると、持って来た資料を見て話し始めた。

「人喰いの迷宮は全10層からなる地下迷宮。アイディール王国成立より遥かに前から存在する相当古い迷宮です。ちなみに人喰いというのは通称、正式には英雄の迷宮と呼ばれています」

「英雄の迷宮?」

 人喰いの迷宮とは仮の名。
 ダンが復唱すると、クローディアは微笑む。

「我が国の開祖バートクリード・アイディールが王になる前……数千年前に冒険者として修業したと伝えられる謂れから名付けられました」

「と、なるとこの国へ来る冒険者は英雄にあやかって、腕試しで潜りたくなるだろうな」

「はい! 英雄の迷宮は魔物や怪物が多数徘徊していますので、戦闘の訓練には最適だと認識されています。また結構な宝物が発見されますので英雄の名と共に冒険者には結構人気のある迷宮なんです」

「人気がある迷宮……」

「はい、最早伝説ですが……バートクリード様の宝も隠されていると」

 英雄が修行した迷宮で、同じように腕を磨く。
 その上、隠された財宝もあるかもしれない。
 冒険者に人気があるのは、理屈として分かると、エリンは思う。

 ではダンは?
 ダンは、この迷宮に潜った事があるのだろうか。
 勝手が分かれば、探索し易い。
 
 しかし、今迄のダンの言動を見れば可能性は低い。
 もしも知っていれば、反応が全く違うであろうから。
 
 だがエリンは、念の為に聞いてみる。

「今更だけど……人喰いの迷宮って、ダンは潜った事があるの?」

「いや、ない。俺は単なる腕試しで迷宮に潜る事はしなかった。基本依頼があったモノしかやらないから」

「そうなんだ……」

 予想通りの答えであった。
 ダンは、人喰いの迷宮で冒険した事はない。
 腕試しをせずに、受けた依頼をこなす事で力を付けて行ったのだ。

 エリンがそんな事を考えていたら、再びダンが尋ねる。

「で、クローディアさん、現況は?」

「ええ、実はクラン(フレイム)だけではなく、少し前から行方不明者が出るようになりました。まあこのような迷宮では良くある事なのですが」

「良くある事!?」

「はい! 迷宮に限らず、冒険者が依頼を遂行しようとしたり、腕試しをする際には原因不明の突発的な事が良く起きます」

「原因不明と言うのは、想定は出来るが、確定が出来ないと?」

「仰る通りです。原因が魔物との戦いで命を落としたものなのか、人間同士の争いなのか、それ以外の原因なのか……はっきり言えばギルドとしては行方不明者に対しては傍観という方針(スタンス)です」

「傍観……成る程、特別な理由や事情が無い限り、捜索などはしないという事か」

「そうです。最終的にはギルドマスターの判断ですが、明確な理由が無い限り、ギルドが介入して特別な捜索、調査はしません」

「私的な依頼は許可しているが、という事だな?」

「はい、捜索、調査に限らず当ギルドへ来た全ての依頼は審査をした上で、正式な案件として冒険者へ案内します。被害者に近しい方が依頼された捜索依頼を断る明確な理由がなければギルドの正式な依頼として受注しますので」

「そうか……エリン、ニーナの兄さんはそのような依頼を受けて命を落としたんだ」

「ダン……」

 エリンはニーナの悲しみを思うと、胸が張り裂けそうになる。
 どんなに、悲しかっただろうと。

「クローディアさん、人喰いの迷宮がそれほど古いなら、地図がある筈だ。悪いが、それを譲って貰えないか?」

「構いませんよ、オリジナルは無理ですが、魔法複写したものがありますから」

「助かる! それと行方不明者の傾向はあるかな?」

「傾向?」

「どのような状態の死体が出るとか、遺留品があるとか。もしくは目撃者が居れば、何か手掛かりになる証言から傾向が出ている筈だ。行方不明者のな」

「はい、傾向はあります。人喰いの迷宮でいえば、死体が殆ど出ないのです。更に言えば遺留品もです」

「死体が殆ど出ない? ……遺留品もか」

「ええ、そして目の前で忽然と消えたという証言もありました」

「忽然と? そうか……成程な」

「ダン……」

 クローディアの話を聞いて、ダンは何かを感じたらしい。

 人間が、忽然と消える迷宮って……
 エリンはチャーリー達、クラン(フレイム)への心配……
 そして未知への不安が、黒雲のように湧き上がっていたのだった。
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登場人物紹介

☆ダン・シリウス

本作の主人公。人間族の男子。

魔法、体術ともに圧倒的な強さを誇る魔法使い。

特に火と風の魔法を得意とする。

飄々とした物言いだが、性格は冷静沈着、情に厚い部分も。但し、女性に対しては基本的に奥手。

召喚された異世界で、創世神の神託が出る度、世界へ降りかかる災いを払う役目を負わされた。

だが王都暮らしを嫌い、一旦役目を果たせば、次の神託まで、普段は山里に隠れるように住んでいる。

ある時『世界の災厄である悪魔王』を倒す仕事を請け負い、絶体絶命のピンチに陥ったエリンを、偶然に助けた。

☆エリン・ラッルッカ

地の底深く暮らす、呪われしダークエルフ族の王女。地の魔法の使い手。

突如、攻めて来た悪魔王とその眷属により、父と一族全員を殺される。

しかし、悲しみに耐え、前向きに生きると決意。

絶体絶命の危機を救ってくれたダンと共に、地上へ……

ダンの自宅へ強引に『押しかけ』た。

☆ヴィリヤ・アスピヴァーラ

エルフ族の国、イエーラから来た、アイディール王国王宮魔法使い。

水の魔法の使い手。エルフ族の長ソウェルの孫娘。

ダンを異世界から、『勇者』として召喚した。 

傲慢な振る舞いを、ある日ダンからたしなめられ、以来熱い想いを抱くようになる。

☆ニーナ

人間族の国アイディール王国王都トライアンフ在住の女子、ビストロ英雄亭に給仕担当として勤める。孤児であり、両親は居ない。双子の兄が居たが、ある迷宮で死んだらしい。

以前店で仕事中、ガラの悪い冒険者に絡まれた。だが、ダンに助けられ、彼に片思い状態である。

☆ベアトリス・アイディール

アイディール王国王女にして、創世神の巫女。

ある日突然、巫女の力を得ると共に、身体の自由を殆ど失い、更に盲目となった。

ダンに神託を与え、世界へふりかかる災厄を防ぐ。

巫女として役目を果たす事に生き甲斐を感じながら、自らの将来に対し、大きな不安を抱えている。

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