第161話「モーリスの決意③」

文字数 2,419文字

 ダンは優しく、感極まって泣きじゃくるエリンの背を撫でている。
 
 そんなエリンの様子を、ニーナ、ヴィリヤ、ゲルダの3人は、慈愛の眼差しで見つめていた。

 モーリスも、思い出す。
 大混雑の英雄亭で……
 酔っ払いに絡まれながらも、奮闘してくれたエリンの姿を……
 給仕をした経験もないのに、一生懸命に頑張って助けてくれた。

 他人ながら、目の中に入れても痛くない、愛娘のように思う、ニーナからも聞いていた。
 ダンの妻でありながら、片思いの恋に悩むニーナを励まし、導き、仲をとりもってくれた事を……

 何故だろう?
 と、モーリスはまたも思う。

 最近、自分が他人に対し、とても優しい気がすると。
 可愛がって来たニーナだけではなく、従業員を労り、店に来た客を大いにもてなそうという気持ちが強くなっている……

 酸いも甘いも嚙み分けた年齢に達した、元冒険者のモーリスである。
 単純に、エリンには凄い能力があると、信じはしなかった。
 だが、生と死を隣り合わせにし、生きて来た経験から、現実を無理やりねじまげる、愚かな行為もしない。

「ダン、お前の言う通りさ。エリンちゃんは素敵な子だ」

 モーリスが放った言葉を背に受け、エリンは「くるり」と振り向いた。
 顔が、涙と鼻水とよだれで凄い事になっている。
 年頃の女子なら、絶対に見せたくない顔だ。

「モーリスさん!」

「エリンちゃん、お前は最高だよ」

「うわうっ!」

 シンプルだが、文字通り『最高の誉め言葉』をかけられたエリンは、歓喜のあまり、今度は、モーリスへ抱きついたのである。

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 ダンはゲルダへ伝えたように、「これから何をするのか」を説明した。
 背負わされたダンの重責を知り、モーリスの驚きも、更に大きくなる。

「そりゃ……とんでもない話だ。ダン達が新しい国を作るってか」

「ああ、そうさ。その為に、これからイエーラに飛び、話をまとめ、その後で王宮に行き、宰相フィリップ様と会う」

「むむ、ダン。お前は凄い奴だと思っていたが、俺の想像を遥かに超えているよ」

「でも、モーリスさん、それが俺の役目だ」

「そうか、大いに頑張ってくれよ。だが、そうなれば……」

 モーリスは、物言いの途中で口籠った。
 ダン達は、遠く離れたどこかで、国造りに邁進する。
 当分は、この王都に戻っては来ないだろう。
 ニーナとも、永遠の別れになるかも……しれない。

「ふう……」

「…………」

 大きなため息をついたモーリスを、ダンは「じっ」と見つめた。
 そして、

「モーリスさん、ここからが本題だ」

「え? 本題?」

 ダンは何を言うのかと、モーリスは訝しがる。
 エリンの正体。
 ダンの果たす役割。
 これらが、本題ではないのかと……

 そして相変わらずというか、ダンは単刀直入である。

「モーリスさん、貴方にも来て欲しい。俺達の新しい国へ」

「へ!?」

 モーリスは絶句した。
 とんでもない……誘いである。

 しかし、ダンは「しれっ」と言う。

「俺達を支えて欲しいんだ。いや、俺達だけじゃない、ニーナの兄ルネやチャーリー達大勢の冒険者もな」

「な? お前達や冒険者を支えるって? お前、何言ってる? 俺は単なる、居酒屋(ビストロ)の親爺だぞ」

「いや、貴方には元、手練れの冒険者という素晴らしい経験がある。そして、とびきり素敵な料理の腕もある」

「え?」

「俺達は、まずバートクリード・アイディールのように、冒険者の国を創る。そして世界で難儀する人々を救う」

「おお、そうなのか……そりゃ、すげぇや」

 冒険者の国……
 この国アイディールも、かつてそう呼ばれていた。
 今や、世界でも有数の大国となってしまい、そう呼ばれなくなってしまったが……

「ああ、それが新たな国の存在価値であり、大義だ。だからモーリスさん、貴方の力を借りたい」

「ふうむ……」

「これから協力を要請する、ローランド様と共にな」

 自分の後に、冒険者ギルドのマスター、ローランドにも声をかける?
 モーリスは、思わず言う。

「おいおい、偉大なるドラゴンスレイヤーと居酒屋の親爺じゃあ、天と地の差だろうが」

「何言ってる! 英雄亭はローランド様にだって、ひけを取らない」

「な!?」

「日々の冒険に疲れた身体を癒し、明日への活力を与えてくれる最高の場所、それが英雄亭じゃないか」

「お、おお……」

「英雄亭が冒険者達の、いや! 王都のオアシスだと、この場の全員が思っている。悪いが、この店は移転させて貰うぜ」

 どうやら……
 ダンは、モーリスの本心を見抜いているらしい。
 背中を押して欲しいという、願望も……
 だからなのか、有無を言わさない、物言いだ。

「ち! な、何だよ、ダン。俺の知らない間に、勝手に決めやがって」

「悪いな……モーリスさんには、俺の子供を抱いてやって欲しくてな、強引にでも連れて行く」

「な!? お前の子供ぉ!?」

 ダンの言葉を聞き……
 モーリスの脳裏には、新たな英雄亭で、ダンとニーナの子を抱き、あやす自分の姿が浮かんだ。
 成長した、その子が、自分を、「じいじ!」と可愛く呼ぶ姿も……

 モーリスは、そこまで考えると、苦笑する。

「何だよ、ダン。年寄りの俺に、まるで、うぶな娘っ子を口説く時みたいな、強引な言い方しやがる」

「ははは、だな」

「ふん! 悪くねぇ……了解したよ。俺を呼ぶ用意が出来るまで、(ここ)で待ってりゃ良いんだな?」

「お! という事は?」

「ああ、俺も行く! お前達と共に、新しい国へ行く!」

 はっきりと言い放った、モーリスの表情は……
 新たな人生へ踏み出す、希望と期待に、満ち溢れていたのである。
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登場人物紹介

☆ダン・シリウス

本作の主人公。人間族の男子。

魔法、体術ともに圧倒的な強さを誇る魔法使い。

特に火と風の魔法を得意とする。

飄々とした物言いだが、性格は冷静沈着、情に厚い部分も。但し、女性に対しては基本的に奥手。

召喚された異世界で、創世神の神託が出る度、世界へ降りかかる災いを払う役目を負わされた。

だが王都暮らしを嫌い、一旦役目を果たせば、次の神託まで、普段は山里に隠れるように住んでいる。

ある時『世界の災厄である悪魔王』を倒す仕事を請け負い、絶体絶命のピンチに陥ったエリンを、偶然に助けた。

☆エリン・ラッルッカ

地の底深く暮らす、呪われしダークエルフ族の王女。地の魔法の使い手。

突如、攻めて来た悪魔王とその眷属により、父と一族全員を殺される。

しかし、悲しみに耐え、前向きに生きると決意。

絶体絶命の危機を救ってくれたダンと共に、地上へ……

ダンの自宅へ強引に『押しかけ』た。

☆ヴィリヤ・アスピヴァーラ

エルフ族の国、イエーラから来た、アイディール王国王宮魔法使い。

水の魔法の使い手。エルフ族の長ソウェルの孫娘。

ダンを異世界から、『勇者』として召喚した。 

傲慢な振る舞いを、ある日ダンからたしなめられ、以来熱い想いを抱くようになる。

☆ニーナ

人間族の国アイディール王国王都トライアンフ在住の女子、ビストロ英雄亭に給仕担当として勤める。孤児であり、両親は居ない。双子の兄が居たが、ある迷宮で死んだらしい。

以前店で仕事中、ガラの悪い冒険者に絡まれた。だが、ダンに助けられ、彼に片思い状態である。

☆ベアトリス・アイディール

アイディール王国王女にして、創世神の巫女。

ある日突然、巫女の力を得ると共に、身体の自由を殆ど失い、更に盲目となった。

ダンに神託を与え、世界へふりかかる災厄を防ぐ。

巫女として役目を果たす事に生き甲斐を感じながら、自らの将来に対し、大きな不安を抱えている。

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