第52話「ディーンの遺言」

文字数 3,342文字

 バイロンは挨拶をした後、言う。

「君に話がある」

「話?」

「報告とお願いだ、私の願いを聞いて欲しい」

「は、はぁ……」

 ローランドは、気のない返事をした。
 妻と息子に死なれた彼は、何もやる気が起こらなかったからだ。

 しかしバイロンは、そんなローランドに対し、お構いなく話を続ける。

「君がディーンを亡くした経緯(いきさつ)を聞いた、……その後の騎士団との揉め事もだ」

「…………」

「まず……これだ」

 バイロンが差し出したのは、何と亡きディーンからの手紙だった。
 宛名は、バイロン様となっている。

「こここ、これは!?」

「うむ……君の息子からの私への手紙だ。地方を回る旅の商人が、だいぶ前に託され、漸くこの王都に届いた」

 バイロン様と書いてあるのは、間違いなく懐かしい息子の筆跡であった。
 無気力だったローランドの瞳に、気力が甦って来る。

「バ、バイロン殿! 見ても! 中身を見ても構いませんか!」

「ぜひ見て欲しい、その為に持って来た」

 ローランドはひったくるようにして、バイロンから手紙を受け取ると……
 むさぼるように、読んだ。
 手紙の内容は……熱い言葉で書かれた意見書であった。
 冒険者ギルドの長を務める、バイロンへの申し入れである。

 地方の治安維持の為に、冒険者ギルドの冒険者達を活用する。
 地方に跋扈する山賊や魔物の討伐を、ギルドの依頼として設定するのだ。
 依頼に見合う報酬であれば、冒険者達も動く。
 王国の騎士や兵士が動かなくとも、治安の向上に繋がるという内容である。

 ディーンは実際に地方に赴き、改めて惨状を知った。
 義勇団に所属して戦いながら、他にも何か方法はないかと考えに考え抜いたのだろう。

 幼いディーンは、子供の居ないバイロンに可愛がって貰った。
 まるで、実の祖父のように。
 だから、手紙を寄越したのだ。

 しかし何故、自分に便りを寄越さなかったのだろう?
 報せてくれたならば、助けに行ったのに!
 全力で!
 全てを投げ捨てて! 

 ローランドは、辛かった。
 だが……
 無理もないと思った。
 自分は息子の『期待』を見事に裏切ってしまったのだから。

 ローランドが手紙を読み終わると、バイロンはじっと彼を見つめていた。

「実は……私はもう長くない」

「え!?」

 ローランドは驚いた。
 しかしバイロンは達観しているようで落ち着き払っている。

「あと1年持つか、持たないかだ」

「な!」

「ははは、死病にとりつかれているのさ」

「何ですって!」

「私はマスターに就任以来、だいぶ前から君の息子と同じ事を考え、努力して来た。しかし残念だが……現在の冒険者ギルドはまだゴロツキの集まりだ。……そんな奴らを地方へ送り込んだら、奴らが山賊に早変わりだ」

「…………」

 ローランドは、どう返事をしていいか分からなかった。
 生粋の騎士であったローランドにとって、冒険者など眼中になかったからだ。

 しかし冒険者ギルドのマスターであるバイロンは、決心して色々と動いていたようである。

「ディーンの死の経緯(いきさつ)を知り、ローランド……君の騎士団との揉め事も聞き、私はこの国を救うにはと改めて思った、冒険者ギルドを変えなければならぬとね。王家にはこの考えを分かって頂ける方は殆ど居ないが、幼いながらもフィリップ様には理解をして頂けた」

「フィリップ様に!?」

「ああ、あの方は利発で優しく誠実だ。皇太子リシャール様の弟君で、欲がなく上をお立てになるから、兄上にとても好かれている。この先は大きな力を持たれる方だよ……今後、冒険者ギルドを大いに応援してくださるだろう」

「……そ、それで私にどうしろと?」

 フィリップ・アイディールは、現王リシャールの実弟で現宰相である。
 当時のバイロンの見立ては、正しかった事になる。
 しかし、その時のローランドにとっては、どうでも良い事だった。
 
 一体、バイロンは何を言うつもりなのだろう。
 ローランドは、次の言葉を待った。

 そして、バイロンから出た言葉は予想外のものである。

「ローランド! 冒険者ギルドへ来て欲しい! 君なら適任だ! 君はサブマスターとして私と共に冒険者ギルドを改革する。かつてこの国を創った英雄は一介の冒険者だった。その英雄の高潔な意思を受け継ぐ、志ある冒険者が集う組織に作り替えるのさ……そしていずれ私の跡を継ぎマスターとしてギルドを牽引するのだ」

「…………」

 ローランドは返事をしなかった。
 無言であった。

 バイロンの誘いも失意のローランドには響かなかったのだ。
 冒険者ギルドを、崇高な組織へ改革しようとするバイロンの考えは理想的だが、現実的ではない。
 息子ディーンも甘い夢を見ていたようだが、所詮冒険者など烏合の衆であり、実際に『ならず者』の集団なのだ。

「君の亡き息子は父親を誇りに思っている、君は息子の遺志を継ぐべきだ、私はそう思う」

「馬鹿な……私は……」

「これを……君に渡す」

 バイロンが取り出したのは、先程とは別の手紙であった。
 宛名は……ローランド様となっている。
 そして筆跡は!?

「は!? こ、これは!?」

「私への手紙に同封されていた……君宛……だ」

 バイロンの言う通り、それは間違いなくディーンからローランドへの手紙であった。

「当然、中身は開けていない、君自身で確かめるんだ」

「…………」

「私はこれで失礼する、……良い返事を貰えると信じているよ」

 バイロンは、そう告げると帰って行った。
 残されたローランドは、震える手で手紙を開封したのである。

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 父上様

 貴方がこの手紙を読む頃に、私はこの世には居ないでしょう。
 黙って、家を出てしまってごめんなさい。

 父上が、どんなに私を愛していたか。
 亡き母上の分まで、私にたくさんの愛情を注いでくれていたか。
 充分に分かっています。
 私は、父上に愛されて本当に幸せでした。

 だけど私は、無理なお願いをしてしまいました。
 さすがの父上でも、あの腐りきった騎士団を変えるのは容易ではありません。

 しかし、父上は頑張りました。
 決して退きませんでした。
 会う騎士の誰もが、父上を悪く言いました。
 
 何人とも喧嘩になり、殴り合いになりました。
 散々殴られ、蹴られました。
 
 私も決して退きませんでした。
 父上は正しい事をやっている、私の尊敬する方だからです。

 ですが、これ以上、父上ばかりに無理は言えません。
 私も、何かをしなければ。
 この国の民の為に。

 だから決断しました。
 私は、苦しむ人達を助けたい。
 これ以上、王都でぬくぬくと暮らしたくない。

 だから、私は義勇団に入りました。
 そして拙いながらも戦って、苦しむ民の力になる事が出来ました。
 今迄鍛えてきた剣が、何とか役に立ちました。
 たくさんの人に、喜んで貰えました。
 尊敬する父上に、少しでも近づきたい!
 そう思って頑張りました。

 しかし、明日行われる戦いは相当きついです。
 敵はオーガ数百。
 対して私達は、僅か30人少し……
 私達の剣は錆びて刃こぼれし碌に斬れず、弓の糸は切れ持つ矢の数も満足にありません。

 私は、死ぬかもしれません。
 だけど悔いはありません。
 正々堂々と戦って、もし天に召されたら……母上に初めて会えますから。

 私は、母上にお会い出来たら、胸を張って言います。
 あなた達の息子ディーンは、おふたりに対して恥じない生き方をする事が出来たと。

 父上……お元気で。
 ご自愛くださいませ。

 亡きディーンからの手紙を読み終わったローランドは……
 長い間、じっと立ち尽くしたまま動かなかった。

 数日後……
 ローランドは冒険者ギルドにバイロンを訪ねていた。
 
 そしてギルドのサブマスターとして新たな人生を踏み出したのであった。
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登場人物紹介

☆ダン・シリウス

本作の主人公。人間族の男子。

魔法、体術ともに圧倒的な強さを誇る魔法使い。

特に火と風の魔法を得意とする。

飄々とした物言いだが、性格は冷静沈着、情に厚い部分も。但し、女性に対しては基本的に奥手。

召喚された異世界で、創世神の神託が出る度、世界へ降りかかる災いを払う役目を負わされた。

だが王都暮らしを嫌い、一旦役目を果たせば、次の神託まで、普段は山里に隠れるように住んでいる。

ある時『世界の災厄である悪魔王』を倒す仕事を請け負い、絶体絶命のピンチに陥ったエリンを、偶然に助けた。

☆エリン・ラッルッカ

地の底深く暮らす、呪われしダークエルフ族の王女。地の魔法の使い手。

突如、攻めて来た悪魔王とその眷属により、父と一族全員を殺される。

しかし、悲しみに耐え、前向きに生きると決意。

絶体絶命の危機を救ってくれたダンと共に、地上へ……

ダンの自宅へ強引に『押しかけ』た。

☆ヴィリヤ・アスピヴァーラ

エルフ族の国、イエーラから来た、アイディール王国王宮魔法使い。

水の魔法の使い手。エルフ族の長ソウェルの孫娘。

ダンを異世界から、『勇者』として召喚した。 

傲慢な振る舞いを、ある日ダンからたしなめられ、以来熱い想いを抱くようになる。

☆ニーナ

人間族の国アイディール王国王都トライアンフ在住の女子、ビストロ英雄亭に給仕担当として勤める。孤児であり、両親は居ない。双子の兄が居たが、ある迷宮で死んだらしい。

以前店で仕事中、ガラの悪い冒険者に絡まれた。だが、ダンに助けられ、彼に片思い状態である。

☆ベアトリス・アイディール

アイディール王国王女にして、創世神の巫女。

ある日突然、巫女の力を得ると共に、身体の自由を殆ど失い、更に盲目となった。

ダンに神託を与え、世界へふりかかる災厄を防ぐ。

巫女として役目を果たす事に生き甲斐を感じながら、自らの将来に対し、大きな不安を抱えている。

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