第50話「雨のち晴れ」

文字数 2,610文字

 ここは、冒険者ギルド本館5階のギルドマスター専用の応接室。

 ローランドの『降参』により、エリンの判定試験は終わった。
 協議した結果、ローランドとクローディアの意見が一致しエリンの『ランク』はDに決定した。
 最終的にエリンへ告げるのは、マスターのローランドだ。

「エリンさんはランクDに決定だ、宜しいか?」

「ええっ? エリンが! ……いえ、私、ランクDにして貰えるのですか?」

 エリンは、珍しく神妙である。
 ダンとローランドのやりとりを、聞いていたせいだろうか。

「ああ、文句なく……後は実績を積んでダン殿のようにランクアップする事ですね」

 太鼓判を押すローランドの言葉を聞いたエリン。
 やっと、顔をほころばせる。

「うわぁ、やった!」

「本当は……文句なくランクSなんですが、ダン殿同様にエリンさんが目立つのはまずいという希望なのでしょう」

 にぎやかだが、息苦しく思える王都へ来て、エリンもダンの気持ちが分かる。
 変に注目されたくない。
 煩わしい事に関わりたくない。
 あの田舎の家でのんびり暮らしていたいのだ。

「はい! 私もダンと静かに暮らしたいので」

「静かに……か、成る程。だがあなた達ふたりはとても目立つと思いますが」

 ローランドの言葉を聞いたダンが、微かに笑う。

「ははは、ローランド様。普通に目立つのと、とんでもなく目立つのは全然違いますからね」

「うむ! 確かにそうです」

 両名ともランクSの超有名人、引く手数多な冒険者カップル。
 対して、そこそこ名の知られたランクBとDの冒険者カップル。
 同じ目立つのでも、全然違う。

 ダンの意見に納得して、ローランドも笑う。

 ローランドは、判定試験をやってみて良く分かった。
 ダンが直接自分へ、エリンの冒険者登録を頼んだわけを。

 異世界から来た勇者ダン同様、エリンも多分『特別』なのだ。
 可愛い人間の少女が、エルフの超一流魔法剣士の技を楽々と使いこなす。
 ダンの存在が、厳重な国家機密なのと同様、エリンにも重大な秘密があるとしか思えない。

「エリン、おふたりにお礼は?」

「は、はい! ローランド様、クローディアさん、ありがとうございます」

「「こちらこそ」」

 エリンのお礼に頷くふたり。
 そして、ローランドはついエリンを褒めてしまう。

「エリンさん、貴女は間違いなく才能がありますよ」

 ローランドの発言は、お世辞ではなく本音である。
 それほど彼は、エリンの才能を認めたのだ。
 竜殺しの英雄から褒められれば、エリンも悪い気はしない。

「うふふ、才能があるなんて、エリン、ほめられちゃった」

 エリンは嬉しくなりながらも、少し前に終わったダンとローランドの戦いを思い起こしていた。
 ランク判定試験が終わった後、約束通りふたりは手合わせをした。

 その時、はっきりと分かった。
 ローランドは自分に対して、凄く手加減をしてくれていたのだと。

 そしてダンとローランドの手合わせの方はというと、実力の違いがはっきりしていた。
 英雄ローランドは……
 ダンから完全に、『子供扱い』されていたからである。

 力、技、速度、瞬発力、スタミナ……
 戦士として超一流の筈のローランドが、全てにおいてダンに圧倒されていた。

 ローランドは、例の『闘気』も勿論使っていた。
 しかし、全然通用しなかったのである。
 何故ならば、ダンがローランドを上回る『闘気』を使ったからだ。

 加えて、ダンは魔法も使う。
 秘匿しておきたいせいか、覚え立ての『地の魔法』は使わなかったが、火と風の中級魔法でローランドを翻弄したのである。

 ちなみに、クローディアも呆然としていた。
 彼女は初めて上司とダンの戦いを見たのである。
 
 そして……
 何となく凄いとは思っていたダンの実力を、ローランドという物差しで改めて思い知ったのだ。

 手合わせで完全にダンに遊ばれてしまったが、ローランドはすっきりした表情をしていた。
 まるで深い悩みが吹っ切れたように……

 そんなローランドへ、ダンが言う。

「ローランド様、いつか一緒に冒険をしましょう。僻地で人に害為す魔物を共に倒しましょう」

 傍らに居たエリンが、目を丸くする。
 ダンの性格を考えると『任務』や『依頼』でもないのに自分から他人へ『冒険』しようなんて言い出すとは思わなかったからだ。

「冒険!?」
 
 エリンと同じ事を、ローランドも感じたようであった。
 「ハッ」としたローランドであったが、驚きはすぐ笑顔に変わる。

「僻地で魔物を倒す……か。うむ、良いかもしれない! ダン殿、ぜひ声を掛けて欲しいものです」

「はい! 絶対にお声がけしますよ」

 ダンとローランドの会話を何気に聞いていたエリンだったが大事な事を思い出す。
 よくよく考えたら、何とエリンが仲間外れになっているではないか!

「ああ、駄目だよ、ダンったら! エリンもぜ~ったいに、一緒なんだから」

「ははは、分かった、エリンも一緒だな」

 ダンが優しくフォローしてくれたので、エリンは嬉しくなって傍らのクローディアを振り返る。

「そうだよ、も~! だからクローディアさんも一緒だよ」

「え!? わ、私もですか?」

 驚くクローディアへ、エリンは悪戯っぽく笑う。

「そうそう! クローディアさんだって……強いでしょ? だったら4人で組むの! 最強になるよ、この4人なら!」

「ははははは! クローディア、光栄だな。こうなったら4人のクラン名を考えないといかん」

 エリンの突然の『提案』に、ローランドが大きな声で笑った。
 クローディアは、久々にローランドの楽しそうな笑い声を聞いて、これまた嬉しくなる。

「はっ、はい! ローランド様、考えておきます! え~と、何が良いでしょうか」

「ははははは!」

 何故か、笑いが止まらないローランド。
 そしてダンも、クラン結成に対して本気になったようである。

「楽しみですね、クローディアさん、お願いしますよ」

「やった~」

 得意そうに拳を突き上げるエリンの姿を見て……
 ローランドは昨日までの鬱々とした気分が、「すっきり」と晴れて行くのを感じたのであった。
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登場人物紹介

☆ダン・シリウス

本作の主人公。人間族の男子。

魔法、体術ともに圧倒的な強さを誇る魔法使い。

特に火と風の魔法を得意とする。

飄々とした物言いだが、性格は冷静沈着、情に厚い部分も。但し、女性に対しては基本的に奥手。

召喚された異世界で、創世神の神託が出る度、世界へ降りかかる災いを払う役目を負わされた。

だが王都暮らしを嫌い、一旦役目を果たせば、次の神託まで、普段は山里に隠れるように住んでいる。

ある時『世界の災厄である悪魔王』を倒す仕事を請け負い、絶体絶命のピンチに陥ったエリンを、偶然に助けた。

☆エリン・ラッルッカ

地の底深く暮らす、呪われしダークエルフ族の王女。地の魔法の使い手。

突如、攻めて来た悪魔王とその眷属により、父と一族全員を殺される。

しかし、悲しみに耐え、前向きに生きると決意。

絶体絶命の危機を救ってくれたダンと共に、地上へ……

ダンの自宅へ強引に『押しかけ』た。

☆ヴィリヤ・アスピヴァーラ

エルフ族の国、イエーラから来た、アイディール王国王宮魔法使い。

水の魔法の使い手。エルフ族の長ソウェルの孫娘。

ダンを異世界から、『勇者』として召喚した。 

傲慢な振る舞いを、ある日ダンからたしなめられ、以来熱い想いを抱くようになる。

☆ニーナ

人間族の国アイディール王国王都トライアンフ在住の女子、ビストロ英雄亭に給仕担当として勤める。孤児であり、両親は居ない。双子の兄が居たが、ある迷宮で死んだらしい。

以前店で仕事中、ガラの悪い冒険者に絡まれた。だが、ダンに助けられ、彼に片思い状態である。

☆ベアトリス・アイディール

アイディール王国王女にして、創世神の巫女。

ある日突然、巫女の力を得ると共に、身体の自由を殆ど失い、更に盲目となった。

ダンに神託を与え、世界へふりかかる災厄を防ぐ。

巫女として役目を果たす事に生き甲斐を感じながら、自らの将来に対し、大きな不安を抱えている。

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