第119話「謎めいた影」
文字数 2,985文字
ダン達一行は、迷宮地下5階を進む。
ちなみに火蜥蜴は、常人の肉眼では見えないようにしてあった。
他の冒険者クランと遭遇した時、怪しまれない為である。
実際に数組のクランと行き交ったが……誰もサラマンダーが居るのを見破る事は出来ず、何の問題も起こらなかった。
通常の魔法灯に比べると、異常なほど明るい光に照らされたダン達クランを見て、他の冒険者は納得し、羨望の眼差しを向けるだけであった。
火蜥蜴が見えない以外にも、他のクランが見とがめないのは理由があった。
何故なら、一行の中に、エルフのヴィリヤが居たからである。
普通の人間から見れば、エルフが使う魔法は時に規格外、知らないものも多々あった。
エルフは妖精の一族の末裔として、不可思議な魔法を使うという見方をされていたのだ。
地下5階は、境界線といえるフロアだ。
このフロアから、行方不明者が出始めていたからである。
そして……
ダン達は、まず最初の目的場所に到着しようとしていた。
『そろそろ例の場所だ』
『了解!』
『了解です!』
例の場所とは……ニーナの兄が死んだといわれる部屋なのである。
ニーナの兄は、あるクランに臨時雇いされ、共に行方不明者の捜索をしていた。
だが探索中に、その部屋でいきなり魔物に奇襲されてしまった。
ニーナの兄が発した「俺が盾になる! 逃げろ!」という声。
盾役として雇われた、自分の務めを果たす……
真面目な性格だったという……ニーナの兄らしい。
だが……
他のメンバーは兄を見捨て、全員あっさり逃げてしまった。
薄情にも、その後現場を見に行ったり、捜索もしなかったようだ。
ダンはニーナと知り合ってから、当時の様子を調べようとして、その『生き残り』達に会った。
詳しい話を聞こうと、少し「飲ませて」尋ねたら、彼等は全てを話した。
この生き残りは……とんでもない『外道』だった。
兄の死を深く悲しむニーナを、まるで
ニーナの兄など、まるで使い捨ての駒のような、酷い物言いをしたのである。
その上、事もあろうか……
ニーナを慰めるふりをして誘い出し、乱暴する事まで計画していたのだ。
ダンのはらわたが、煮えくり返ったのはいうまでもない。
数日後……
そのクランがある依頼を受け、王都郊外へゴブリン討伐の依頼に赴いた際、ダンは密かに鉄槌を下した。
魔法により、近辺に居たゴブリン全部を、そのクランへ向かわせるよう仕向けたのだ。
その結果……
1,000体を楽に超える、ゴブリンの群れに囲まれたクランは、生きながら喰い殺されてしまった……まさに因果応報である。
ちなみにクランメンバー達の死は、他のクランから不慮の事故として報告されていた。
閑話休題。
ケルベロスは先頭を悠然と進み、その周囲を舞う火蜥蜴が照らす先に『事件現場』はあった。
小さな城の大広間くらいの部屋である。
入口に、罠などがない事を確認してから、ダン達は『部屋』へ入った。
ニーナの兄が『亡くなって』から、もう半年以上が過ぎている。
遺体などは見つかっていないが、この迷宮で人間の遺体が見つかる方が稀である。
理由は……敢えて言わないでおこう。
『部屋』にも当然……痕跡などはない。
何もない、がらんとした空間があるだけだ。
『何だ………魔物どころか、気配もなしか……ん?』
『あ!』
『な、何?』
最初にダンが気付き、エリンとヴィリヤも気配を感じた。
突如、部屋の奥に『何か』が出現したのだ。
どうやら『実体』ではないらしい。
まるで影のような、頼りない、ゆらゆらした気配が立ち上ったのである。
その『影』を見たダンは慌てない。
『影』が攻撃力を持たず、危害を及ぼさないと見切ったからであろう。
『ふむ、どうやら……幻影の魔法だな』
『幻影?』
エリンが首を傾げると、ヴィリヤが説明してくれた。
『ええ、空間魔法の一種です。魔力で自分の姿を離れた場所に映し出します』
影は、人型としてはっきりした輪郭を作るが……
顔かたち、出で立ちまでは映さない。
本当にシルエットのみであった。
どうやら……正体を隠したいようだ。
『影』は重々しく声を発する。
けして若くはない。
壮年以上の男の声だ。
「そこの男よ、名乗れ!」
「必要ない」
正体不明の者に、それも相手が名乗らないのに、こちらから答える必要などない。
さすがに、ダンは素っ気なかった。
『影』は少し考えているようであったが、ダンの名を知りたがる『理由』を告げてくれた。
「……ふむ、ならば言おう。先ほどから常人とは思えない魔法を使う……一体、お前は何者だ? 我が王が……ソウェルが……気にしている」
「ソウェル!? まさか! お、お祖父様が?」
この世界で言うソウェルとは……エルフ族全てを統括する長の称号だ。
世襲ではなく、実力人望とも最も優れたエルフが受け継ぐと言われている。
そして、現ソウェルは、ヴィリヤの祖父が務めていた。
ちなみに『エルフ』は人間が呼ぶ俗称で、彼等は自分達をアールヴと呼ぶ。
「お祖父様? 誰だ、それは?」
「何、言ってるの! ソウェルよ! ヴェルネリ・アスピヴァーラよ!!!」
「ヴェルネリ? 違う、そやつは偽りの存在だ。真のソウェルは別にいらっしゃる」
ヴィリヤの祖父が、ソウェルではない?
性格的にも、誇りを大事にするヴィリヤはむきになる。
「偽り!? 何て事を言うのっ! それこそ嘘よ!」
ヴィリヤの激しい非難を受けた『影』は、すぐピンと来たようである。
「ふむ……女……お前は卑しきアスピヴァーラに縁ありき者か?」
ソウェルどころか……
『家』まで貶められたヴィリヤはもう我慢出来ない。
「い、卑しき! な、な、何を言うのっ! 我がアスピヴァーラ家は長い歴史を誇るアールヴの名家よ!」
「卑しきアスピヴァーラがソウェル……それは誤りだ……所詮は虚像に過ぎぬ」
「きょ、虚像!? な、な、何を言うのっ!」
ヴィリヤとのやりとりを、堂々巡りだと感じたのだろう。
『影』はいきなり話題を変える。
「お前達……この迷宮の、真実を知りたいのだろう?」
「な!」
ここでダンが、「さっ」と手でヴィリヤを制した。
そして、『影』の質問に答える。
「知りたいとは思わないが……知る必要はある。その為にここへ来た」
「ならば……先へ進め。そして謎を解き明かし、我らが下へ来い」
そう言うと『影』は「すっ」と消えてしまった。
「あ、ま、待てっ! こらっ!!!」
『落ち着け、ヴィリヤ』
『落ち着くのよ、ヴィリヤ』
ダンとエリンがなだめても、ヴィリヤの興奮は収まらない。
怒るべき相手は、もう去ってしまったというのに。
一方……
ダンとエリンは、顔を見合わせると大きく頷く。
この迷宮探索が……
単なる救助や調査で終わらない事を、確信していたのである。