第72話「新たなる出発①」
文字数 2,233文字
食材の仕入れの為である。
彼はいつも住み込み従業員ニーナを伴い、ふたりで買い出しをしていた。
だが今朝は、ダンとエリンが加わり、合計4人である。
4人の中でも、エリンとニーナは特に張り切っていた。
ふたりはダンの妻として、これから新たな生活を始める希望に満ち溢れている。
エリンは、朝の市場に来て独特の雰囲気に圧倒され、目を見張った。
昼間の市場とは、また違うのだ。
様々な食材がある。
肉、魚、野菜、果物、更にそれぞれを加工したものなど数えきれないほどだ。
ニーナの親身な説明もあって、エリンは新たな料理習得の為に食材を覚えようと前向きであった。
昨夜結んだ、3人の絆は確かなものだったようだ。
男性と抱き合ったこともない処女のニーナには、当然ながら全てが生まれて初めての経験であった。
普段なら臆してしまう癖に、あんなに大胆になった自分が今でも信じられない。
思い出すと、顔が真っ赤になるのが分かる。
あれから……
エリンが、ダンの服も強引に脱がせてしまった。
3人は、全員が素っ裸になったのだ。
隣でモーリスが寝ていたので、さすがに最後の『エッチ』こそしなかったが……
3人で抱き合い、お互いに身体をまさぐると、とても安心した。
ニーナは裸の自分へ、これまた裸になったダンの温もりが伝わって来て、あまりの気持ち良さに「ぶるぶる」震えてしまった。
またニーナは、同性のエリンに抱かれても嫌悪感はなかった。
むしろ、家族としての一体感に満ち足りてしまう。
そして、決定的な事を3人はした。
お互いの胸に、小さなキスマークを付けたのだ。
まずは、エリンがダンへキスを求めた。
ニーナが見守る中、甘い雰囲気でお互いにキスしながら、抱き合うふたりは神々しかった。
エリンに求められ、ダンがエリンの胸の谷間へ「そっ」と唇をつけると、褐色の肌に赤く印が付いた。
お返しとばかり、エリンもダンの胸へキスマークを付ける。
エリン曰く、これが愛の証だという。
こうなると、ニーナも同じ事をして欲しいと素直に感じ、おねだりした。
まずは唇へキス。
ニーナにとっては、記念すべきファーストキスだった。
ダンはニーナの乾いた唇を、優しくついばむようにキスをしてくれた。
ニーナは一番好きな相手であるダンと、記念すべきファーストキスが出来て感動した。
愛する人と、キスをすれば甘い味がする。
彼氏の居る、英雄亭の同僚が自慢していたのは嘘ではなかった。
次にダンは、ニーナの胸に優しくキスをした。
そっとダンの唇が触れ、ニーナは唇へのキス以上に感じてしまう。
ダンは数回キスをすると、赤ん坊のようにニーナの胸に顔を埋めた。
すると不思議な事に、ニーナは突然まだ見ぬ母のような気持になり、そっとダンの頭を抱えてやったのである。
最後にダンはエリン同様、ニーナの胸にもキスマークを付けてくれた。
エリンと、同じ場所である。
ニーナも、教えて貰いながら、ダンにキスマークをつけた。
ついたキスマークを見て、ダンが自分のものになったみたいで嬉しかった。
ダンは、キスマークの場所もちゃんと考えてくれていた。
胸の谷間の少し下……
服で微妙に隠されて見えない部分なので、他人には分からないのも嬉しい。
今、ニーナは市場を歩きながら、夫婦3人共通の秘密を持つという感じで「ぞくぞく」している。
昨日までの自分は、もう居ない。
見える世界が、まるっきり違っている。
愛し愛されるというのは、本当に幸せだと思う。
市場を一緒に歩くエリンとニーナは、まるで仲の良い姉妹のようである。
エリンと話すニーナの楽しそうな様子を見たモーリスは、何があったのかは気付いていた。
ダンの魔法が発動する前に、ニーナの『告白』が聞こえていたからである。
やがて……
市場での買い出しは終わった。
4人は、食材を古ぼけた荷車に積んで引きながら英雄亭に戻り、朝食の準備をする。
ニーナとモーリスにとっては、いつもの日常的な光景である。
モーリスは、ふとニーナを見た。
相変わらず、エリンと楽しそうに話している。
ニーナが、この英雄亭に勤めてもう3年近い。
これまで、一生懸命良く働いてくれた。
生まれてすぐ捨てられ、両親の顔も知らないのに、辛さも見せず明るく働いてくれた。
唯一の肉親である兄が死んだ時はモーリスも悲しくなって、祖父のように慰めた。
しかし、明日からニーナはもう『ここ』には居ないだろう。
市場への買い物も、今日が最後だと感じている。
ダン達と一緒に、どこかへ旅立つに違いない。
「それで良い」と、モーリスは思う。
老齢の自分はずっとニーナとは居れない。
ニーナはダンの事がずっと好きであったし、やっと思いは通じたのだから。
人間は、愛する相手と一緒に暮らすのが一番。
創世神様の恵みがあれば、やがて子供も生まれるだろう。
生まれたのがもし女の子だったら、母親のニーナに似て、絶対美人になるに違いない。
モーリスは一抹の寂しさを感じながらも、何か仕事をやり遂げたような達成感と安堵感に満ちていたのであった。