第89話「王女の居場所」

文字数 2,716文字

 ダンの言葉を聞いた、ベアトリスの表情は明るい。
 明るさの原因は『憧れ』と『祝福』。
 
 『大事』という言葉の持つ重み。
 すなわち、ダンから『大切な女』とされる憧れと、『愛すべき女』を得たダンへの素直な祝福。
 
 果たして……
 自分は、そのような素晴らしい男性を得る事は出来るだろうか?
 否、出来ないだろう。
 
 少し辛く思いながら、ベアトリスは笑顔を向ける。

「わぁ! それはおめでとう!」

「ありがとう! 俺は彼女達のお陰で、生きる張り合いが出来たんだ」

「うふふ、良かったわね」

 ベアトリスが祝ってくれたのを見て、ダンも「ホッ」とする。
 もしも自分がベアトリスの立場だったら……
 このように祝辞が言えるのか、自信が持てない。
 
 だが、目の前のベアトリスは優しい微笑みを浮かべていた。
 
 ダンは改めて思う。
 確かめなければならない事があると。

「ひとつ聞きたい」

「何?」

「俺はベアトリスの神託通り、悪魔王を倒した。その悪魔王以外に災厄の予感はするのか?」

「いいえ、全く無いわ」

「……やっぱりな」

 即答したベアトリスに、ダンは苦笑した。
 そして、同時に確信する。
 やはりダークエルフの怖ろしい呪いなど、存在はしなかったのだと。

「一体どうしたの?」

「世の中で、多くの人々に、絶対に常識だと信じられているものが……」

「え?」

「必ずしも、真実ではない事もある。良~く分かったよ」

 ストレートに、ダークエルフであるエリンの話をするわけにはいかない。
 創世神の巫女である、ベアトリスには尚更だ。

 片や、ベアトリスにはダンの真意が分からない。
 言っている言葉の意味は、何とか理解出来るが……

「へぇ! ダンにしては深い事言うのね」

「おお、俺にしてはか? ははは……確かにそうかもな」

 曖昧に笑うダンを、ベアトリスは何故か追及しない。
 それよりベアトリスは、やはりというかダンの生活に興味があるようだ。

「ところで……ダンはお兄様の直轄領ラーク村に住んでいるのよね?」

「いや、俺は直接ラーク村には住んでいない。村から少し離れた一軒家に住んでいるんだ」

 ラーク村とは、アルバート&フィービー夫妻が住む村だ。
 ベアトリスの言う通り、宰相フィリップの直轄地である。

「村から離れた一軒家? ふうん……どんな暮らしをしているの?」

 ……ダンは、いろいろと話をした。
 朝早く起きて動物と戯れ、畑の手入れをして草原や森で日々の糧を得る……
 美しい自然の中で、つつましく暮らしていると。
 
 聞き終わったベアトリスは、大きなため息をついた。

「何か、良いなぁ……のんびりしていて……」

「いや良いところばかりじゃない、王宮より不自由な部分の方が多い」

「不自由?」

「そうさ。侍女なんて居ないから、自分の事は自分でする。王都みたいに店もないから、自分で作れるものは作る」

「そうなんだ……でも……聞いていれば空気は良いし、身体には良さそう。それに食事も美味しいでしょうね」

「ああ、空気は保証する。食事は王宮よりだいぶ質素だろうが、俺は美味いと思う」

 ダンの話を聞いて、夢見る乙女になっていたベアトリスだが、「ふっ」と真剣な顔付きに変わる。

「……ダン、あのね」

「ん?」

「今の私みたいな女でも……お嫁に欲しいって貴族が居るの」

 王女のベアトリスを、嫁として迎える。
 その意図は、推して知るべしであろう。
 アイディール王家と縁戚になるのは勿論、創世神の巫女を娶るというステータスが得られるのだから。

「そりゃそうだろう」

「でも、目的がみえみえだわ。それに私への愛情なんか無い……単なる王女として嫁ぐ以上に、完全なお飾りの妻になるのよ」

「…………」

 確かに、ベアトリスの言う通りだろう。
 だけど本当に、ベアトリスを愛してくれる相手が出現すれば……
 
 ダンは切に願う。
 しかし、さすがに言葉には出せなかった。

 ベアトリスは震える声で言う。
 急に不安が押し寄せて来たという声だ。

「ね、ねぇ、ダン、私……怖い」

「…………」

「私は今創世神様の巫女だから、生きる張り合いがある。使命があるから貴方にも励まして貰って、こうして前向きになれる」

「…………」

「でも……私がもしも巫女ではなくなったら……神託が受けられなくなって……それなのに、身体もずっとこのままだったら……」

「…………」

「私の居場所が……なくなるわ」

「居場所……か」

「ええ、お兄様も私を(かば)えなくなったら……私は好きでもない貴族と結婚させられて、ただ無為に日々を過ごす事になる。政略結婚という国益の為には、修道院へ入る事さえも許されないでしょう」

「…………」

「…………どちらにせよ、ダン……貴方にも会えなくなる、凄く寂しくなる……お兄様以外に……こんなに分かり合えたのは……ダン、貴方が初めてだから……」

「…………」

「私……巫女でなくなったら、どこか遠くへ行きたい。誰も私の事を知らない土地へ……その土地で全く違う私になって暮らしたい」

「…………そうか」

 ダンは思う。
 人間は誰しも、前向きに生きる為には心の支えが必要だと。
 そして何か不安があっても、心の拠り所があれば強くなれる。

 ベアトリスには……今、そのどちらもない。
 絶望という淵に、片足をかけている。
 だからダンは、つい言ってしまう。

「もしも……」

「え?」

「もしも行くところがなければ……俺のところへ来い。理由を話して、フィリップ様には俺からお願いする」

 衝撃的ともいえるダンの言葉。
 ベアトリスは、目を丸くして吃驚してしまう。

「え、えええっ?」

 驚いているベアトリスへ、ダンは念を押すようにして言う。

「もしも! 万が一! の場合……だけだぞ、あくまでも」

「もしも? 万が一? の場合……だけ?」

「そうだ! フィリップ宰相ばりの超イケメンで、ベアトリスを真剣に愛してくれる相手が現れれば……今の話は一切無しだ」

 ダンの言葉は、思い遣りに溢れていた。
 そう、ダンは作ってくれた……
 将来への不安と絶望が襲っていたベアトリスへ、『最終の避難場所』を作ってくれたのだ。

「……うふふ、ありがとう……本当にありがとう、ダン!」

 ダンへ、何度も言う礼の言葉には……
 ベアトリスの、心の底からの感謝の気持ちが、いっぱいに籠っていたのである。
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登場人物紹介

☆ダン・シリウス

本作の主人公。人間族の男子。

魔法、体術ともに圧倒的な強さを誇る魔法使い。

特に火と風の魔法を得意とする。

飄々とした物言いだが、性格は冷静沈着、情に厚い部分も。但し、女性に対しては基本的に奥手。

召喚された異世界で、創世神の神託が出る度、世界へ降りかかる災いを払う役目を負わされた。

だが王都暮らしを嫌い、一旦役目を果たせば、次の神託まで、普段は山里に隠れるように住んでいる。

ある時『世界の災厄である悪魔王』を倒す仕事を請け負い、絶体絶命のピンチに陥ったエリンを、偶然に助けた。

☆エリン・ラッルッカ

地の底深く暮らす、呪われしダークエルフ族の王女。地の魔法の使い手。

突如、攻めて来た悪魔王とその眷属により、父と一族全員を殺される。

しかし、悲しみに耐え、前向きに生きると決意。

絶体絶命の危機を救ってくれたダンと共に、地上へ……

ダンの自宅へ強引に『押しかけ』た。

☆ヴィリヤ・アスピヴァーラ

エルフ族の国、イエーラから来た、アイディール王国王宮魔法使い。

水の魔法の使い手。エルフ族の長ソウェルの孫娘。

ダンを異世界から、『勇者』として召喚した。 

傲慢な振る舞いを、ある日ダンからたしなめられ、以来熱い想いを抱くようになる。

☆ニーナ

人間族の国アイディール王国王都トライアンフ在住の女子、ビストロ英雄亭に給仕担当として勤める。孤児であり、両親は居ない。双子の兄が居たが、ある迷宮で死んだらしい。

以前店で仕事中、ガラの悪い冒険者に絡まれた。だが、ダンに助けられ、彼に片思い状態である。

☆ベアトリス・アイディール

アイディール王国王女にして、創世神の巫女。

ある日突然、巫女の力を得ると共に、身体の自由を殆ど失い、更に盲目となった。

ダンに神託を与え、世界へふりかかる災厄を防ぐ。

巫女として役目を果たす事に生き甲斐を感じながら、自らの将来に対し、大きな不安を抱えている。

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