第139話「未知の世界へ③」
文字数 2,776文字
ダンの話には、まだ続きがあるようだ。
「ヴィリヤ、お前も俺同様、エリンと強い絆を結んだ事は分かった」
「はい!」
「じゃあ、これも大事な事だから、改めて認識しようか。俺達が置かれた状況だ」
「置かれた状況?」
「ああ、俺はエリンと出会い、結ばれ、そしてニーナとも結ばれた。とても幸せだ。創世神の神託により下された使命もしっかり果たしている」
「は、はい……」
ヴィリヤは口籠った。
エリンとニーナに対する僅かな嫉妬と、紛れもない事実を認める気持ちが混在したのだ。
そんなヴィリヤの気持ちを察したのか、ダンは優しく微笑んでくれた。
「そして今。ヴィリヤ、これからお前とも結ばれようとしている。俺は更に幸せになるだろう」
自分と結ばれて、幸せになれる!
『想い人』から、温かい波動を受け取り、途端にヴィリヤは気持ちが
声にも著しく張りが出る。
「はいっ! ダンと結ばれて、私も凄く幸せです」
「ありがとう! じゃあ、しっかり認識しろよ。何も不幸な事は起こっていないな?」
「はい!」
「よし、ヴィリヤ。ここでお前の価値観をまたもや、思いっきりぶっ壊すぞ」
思いっきり、ぶっ壊す?
ダンの豪快ともいえる言葉を聞き、ヴィリヤは少し戸惑ってしまう。
「わ、私の価値観を? 思いっきり? ぶっ壊すの?」
「そうだ。心して聞けよ、俺は既にダークエルフに会った」
「は?」
ダンの言葉を聞いた瞬間!
……ヴィリヤの頭の中が真っ白になる。
予想だにしない言葉と内容。
ダークエルフという名称を聞き、全く頭が回らない。
そんなヴィリヤを、ダンは叱咤激励する。
「しっかり聞け、ダークエルフだ。そしてお前も既に会っている」
「ダ、ダ、ダークエルフぅ!? わ、わ、私も既に会っている???」
ヴィリヤは、ますます混乱する。
全く心当たりがない。
古文書を何度も読んで、ダークエルフの容姿は知っている。
記憶を手繰っても……会ったどころか、見た事もない。
しかしダンは、ヴィリヤの迷いを断ち切るように、「ずばっ」と直球を投げ込んで来た。
「そうさ! 俺とお前はダークエルフにより、幸せにして貰ったんだ」
「えええっ!? ど、どういう事?」
「ここで、ひとつだけ訂正しよう。嘘をついて済まん! ……エリンとニーナは魔族ではない」
「???」
「ニーナは人間、そして、エリンはダークエルフなんだ」
「え、えええええっ? で、でもエリンさんは!」
ヴィリヤは目の前のエリンを見た。
頭からつま先まで見ても、何度見ても、見紛う事無く人間の少女である。
だが、ダンは首を振る。
「ヴィリヤ、ゲルダに擬態した今のお前と同じだ。俺の魔法で変身しているのさ」
ダンはそう言うと「ピン!」と指を鳴らした。
すると、目の前のエリンの輪郭がぼやけて行く……
「あ、ああ……エリンさんの顔、顔が! 髪が!」
ヴィリヤの叫んだ通り、エリンの顔立ちが変わって行く。
瞳がダークブラウンから菫色へ、髪が薄い栗色からシルバープラチナへ、そして耳も変わった。
ヴィリヤ同様、左右からエルフ族特有の尖った小さな耳がぴょこんと飛び出したのだ。
真の姿を見せたエリンは、「じっ」と、ヴィリヤを見つめ、言う。
淡々とした口調で。
「ヴィリヤ……これが、本当の私。元の名はエリン・ラッルッカ。ダークエルフの王トゥーレ・ラッルッカの娘よ」
「え……」
あまりのショックで驚き、口籠るヴィリヤ。
ダンは、「ここぞ!」とばかりに、きっぱりと言い放つ。
「ヴィリヤ! エリンを良く見ろ。目の前に居るのは、お前が教えられたおぞましい呪われた者なのかをな!」
「…………」
「よく思い出し考えろ。エリンはお前に対し、何を、どうした? 改めてはっきりと答えてみろ」
「…………」
黙り込んでしまったヴィリヤに対し、ダンは激しく鞭を打った。
「どうした? お前は、物事の本質も見抜けない愚かな女なのか?」
愚かな女!
そんなの……嫌だ。
大好きなダンから、そう思われるのは嫌だ!
ヴィリヤは、血が出るくらい唇を噛み締め、声を絞り出すように言う。
「エ、エリンさんは……わ、私を支え、導き、し、幸せにしてくれました」
「そうだ! それこそが真実だ! ヴィリヤ! お前が自分で感じ、見届け、確信した真実なんだ」
「真実……」
「じわじわ」と、ヴィリヤの心に、ダンの言葉が浸透して行く。
確かにそうだ。
エリンとの『絆』は違う。
ダークエルフの伝承とは違う。
他者から、聞いたモノではない。
ヴィリヤが自分で見聞きし、心と身体で感じ、積み重ねて来た経験という真実で結ばれたのだ。
「そうだ、真実を見極め、しっかり受け入れろ! くだらない迷信や価値観など、容赦なくぶち壊せっ! ヴィリヤ・アスピヴァーラぁ!」
「くだらない迷信や価値観……」
ヴィリヤは今、未知の世界への扉を開けようとしていた。
新たな真実の扉を……
そんなヴィリヤを助けてくれるのは、やはりダンだ。
一転、声の調子を変え、優しく労わってくれたのである。
「頑張れ、ヴィリヤ。……優しく、エリンを抱きしめてやれ。辛い記憶からエリンを守ってくれたお前なら出来る筈だ」
「つ、辛い記憶……」
「そうだ! エリンの父と一族は全員、アスモデウスに虐殺されたんだ」
ダンの言葉を聞き、ヴィリヤの心に惨劇のイメージが浮かび上がる。
そして、怖ろしい声も聞こえて来た。
かつて、ニーナが聞いた声と同じだ。
悪魔に殺される阿鼻叫喚の声が、ダークエルフの断末魔の叫び声が聞こえて来たのだ。
「あ、あああ……」
身体が硬直し、全身を恐怖が襲う!
ようやくヴィリヤにも分かったのだ。
エリンが持つ、凄まじい恐怖とトラウマの正体が……
しかし……
「ヴィリヤ……ありがとう。私を守ってくれて……」
まるで……呪縛を解く魔法の声であった……
悪魔の恐怖に怯え強張った、ヴィリヤの心がほぐれ温かくなる。
エリンの声で、温かくなる。
「エリン……さん」
かすれた声で答えるヴィリヤの心には、またあの熱い思いが甦っていた。
『壊れかけたエリン』を守ろうとした時に起こった、真っすぐな思いが……
ヴィリヤは、もう迷わない。
エリンを優しく、だが、しっかりと抱き締めたのである。
自分の気持ちに素直となったヴィリヤは……
心の底からほとばしる熱い奔流に、またも身を委ねていたのであった。