第169話「高貴なる4界王」

文字数 2,823文字

 何もない空間から突如現れ、全員の目の前で、宙に浮いているのは……
 銀色の地に青い模様を配した、独特のドレスを着込んだ色白で細身の女性である。

 ヴィリヤは息を呑む。
 相手は初めて会う存在である。
 
 しかし彼女の姿には見覚えがある。
 自分が、唯一無比と信じる水の魔法。
 その加護を与えた偉大なる存在。
 古文書に描かれた絵を、ヴィリヤは目にした事があった。

「あ、あ、貴女は……もしや! ア、アリトン様!」

 この世界では地・水・風・火、4つの元素が世界を成り立たせていると言われている。
 その元素を司るのが4大精霊と呼ばれる存在である。
 地はノーム、水はウンディーネ、風はシルフ、そして火はサラマンダー。
 
 更にその4大精霊をそれぞれ統括する存在が、高貴なる4界王と称される上級精霊達なのだ。
 
 水界王アリトンはそのひとり。
 あらゆる水の変遷を管理する存在であり、水の精霊ウンディーネ達の支配者である。
 伝説と言われた、高貴なる4界王のひとりが姿を現したのだ。

 慌てて跪き、頭を下げるヴィリヤへ、アリトンは凛とした声で言い放つ。

「ヴィリヤ・アスピヴァーラ、我が水の加護を与えたる者よ!」

「ははっ!」

「汝が申す通り、我は高貴なる4界王のひとり、水界王アリトンである!」

「はいっ! アリトン様にお目にかかれて……ヴィリヤは、光栄でございますっ!」

「ふむ……お前には分かる筈だ……心の中にあった、偽りの足枷から解放され、今や自由の子になったと」

「はいっ! アリトン様! 貴女の仰る通りです」

「よって、ヴィリヤ! お前の心に更なる寛容を! そして、お前の夫君となるダン・シリウスへは我が力を! 水の加護を与えよう!」

 アリトンから、『祝福の言葉』が投げかけられた瞬間!

「旦那様ぁ!!!」
「おおおっ!!!」
「ああっ!!!」

 エリン、ヴェルネリ、ゲルダの大声が響いた。
 悲鳴に近い、驚愕の声である。

「え?」

 思わずヴィリヤが振り向くと、『想い人』ダンの身体が眩く白光していた。
 まともに見えないくらいなのである。
 そして強力な魔力波(オーラ)も発せられており、見えない力で押しとどめられ、近付く事も出来なかった。

 ダンの身に、一体何が!?
 
 驚いたヴィリヤが、再びアリトンへ目を向けると……
 何と!
 アリトンはダンに視線を向け、面白そうに笑っていた。

「ほほほ、聞け! ダン・シリウスよ! 今こそ目覚めの時だ! 我が加護を受け、全属性の魔法が使用可能となった今、汝はまぎれもない救世の勇者となる。神の代理人(エージェント)となるべき時が、遂に来たのだ」

 神の代理人(エージェント)!?

 ヴィリヤ、ゲルダと共に……
 ダンを心配そうに見守るエリンの記憶が、掘り起こされる。
 かつて悪魔王アスモデウスが吐いた謎の言葉が、再び、この偉大なる上級精霊の口から告げられたのだ。

「旦那様ぁ!」

 発光してから、ひと言も発さないダンへ…… 
 エリンは、必死になって呼び掛けた。
 しかし、ダンからの反応はない。

 片や、眩く発光するダンを見つめ、頷いた水界王アリトンは、次にヴェルネリへと向き直った。

「リョースアールヴの長、ヴェルネリよ!」

「ははっ!」

 孫娘同様、跪くヴェルネリへ、アリトンは告げる。

「真実を知ったお前が本当に行い、成し遂げたかった事……遂に! 叶う時が来た!」

「…………」

 アリトンから言われても、ヴェルネリは無言だ。
 歴代の長が成し得なかった贖罪を、自分が成し遂げる。
 胸に去来する思いで、言葉が出ないらしい。

 そんなヴェルネリへ、更にアリトンは言い放つ。

「全て! 救世の勇者たるダン・シリウスに望むが良い! 手立ては既にダンが考えておる!」

「は、はいっ!」

「ヴェルネリよ! 汝の持つ危惧、懸念……それらの解決も全てダンに望むが良い! 孫娘ヴィリヤの事もそうだ。一族から出る、人の子との結婚に対する不満も……相手が、救世の勇者ならば、異論は出まいぞ」

「はいっ! アリトン様の仰る通りです!」

「うむ!」 

 ヴェルネリの返事を聞き、アリトンが満足そうに頷いた。
 と、その時。

「ちょっと、待った!」 

「ああ! 旦那様!」
「旦那様!」
「ダン!」

 発光したダンが、ようやく口を開いたのだ。
 それも、アリトンとヴェルネリの会話を遮る形で。

「おいおい! 全部、俺にって、さっきから黙って聞いてりゃ、それはちょっと無茶振りだろ? アリトン!」

「ほほほ、ダン! 救世の勇者たるお前には、それだけ我も期待しておるという事よ。そして、この者もな」

 アリトンがそう言うと、「ひゅっ!」と一陣の風が吹く。

 瞬間!
 細身の少女がひとり、現れた。
 緑色の薄絹を纏い、端麗な顔立ちの美少女だ。

「おう! オリエンスか」

 少女の顔を見たダンが、嬉しそうに笑った。
 二度目の出会いとなるエリンも、喜び勇んで挨拶する。

「オリエンス様っ! ご無沙汰ですっ!」

 驚いたのは、ヴィリヤ、ヴェルネリ、ゲルダの3人である。
 何と!
 アリトンだけではなく、もうひとり、高貴なる4界王が現れたのだから。

「な!?」
「ええっ!」
「おお、空気界王(オリエンス)様までも!」

 そう、少女の名は空気界王オリエンス……高貴なる4界王のひとり……
 東西南北、世界全てに吹き抜ける風の源。
 風の精霊シルフ達の支配者であり、あらゆる天候を司る上級精霊である。
 敏捷にして快活。
 その反面、彼女は気侭であり、奔放、そして残酷だ。

 以前オリエンスが機嫌を損ねた時、ダンの飛翔魔法が発動せず……
 あわやダンとエリンは、墜落死しそうになった。
 ※第9話参照

 しかし今、ダン達の前に現れたオリエンスの表情は、とても柔らかく慈愛に満ち溢れていた。

 傍らのアリトンが苦笑する。

「見よ、わがまま娘の爽やかな笑顔を。数千年ぶりかのう? 珍しいものよ、ほほほ」

 アリトンにそう言われ、オリエンスは「い~っ」と、可愛く舌を出す。
 そして、改めてにっこりと笑ったのである。

 オリエンスの表情を見て、アリトンも晴れやかに笑う。

「我らふたりだけではない! 火界王(パイモン)地界王(アマイモン)も、ダン、お前に協力を惜しまない、そう申しておる!」

 地・水・風・火……
 世界の根幹を為す、高貴なる4界王全員がダンに協力する。
 まさに救世の勇者に相応しい力であろう。
 この力が、新たな建国への源となる。

「ありがとう! 高貴なる4界王! あなた達の力、存分に使わせて貰う!」

 ダンは大きな声で言い放ち、深々と頭を下げたのであった。
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登場人物紹介

☆ダン・シリウス

本作の主人公。人間族の男子。

魔法、体術ともに圧倒的な強さを誇る魔法使い。

特に火と風の魔法を得意とする。

飄々とした物言いだが、性格は冷静沈着、情に厚い部分も。但し、女性に対しては基本的に奥手。

召喚された異世界で、創世神の神託が出る度、世界へ降りかかる災いを払う役目を負わされた。

だが王都暮らしを嫌い、一旦役目を果たせば、次の神託まで、普段は山里に隠れるように住んでいる。

ある時『世界の災厄である悪魔王』を倒す仕事を請け負い、絶体絶命のピンチに陥ったエリンを、偶然に助けた。

☆エリン・ラッルッカ

地の底深く暮らす、呪われしダークエルフ族の王女。地の魔法の使い手。

突如、攻めて来た悪魔王とその眷属により、父と一族全員を殺される。

しかし、悲しみに耐え、前向きに生きると決意。

絶体絶命の危機を救ってくれたダンと共に、地上へ……

ダンの自宅へ強引に『押しかけ』た。

☆ヴィリヤ・アスピヴァーラ

エルフ族の国、イエーラから来た、アイディール王国王宮魔法使い。

水の魔法の使い手。エルフ族の長ソウェルの孫娘。

ダンを異世界から、『勇者』として召喚した。 

傲慢な振る舞いを、ある日ダンからたしなめられ、以来熱い想いを抱くようになる。

☆ニーナ

人間族の国アイディール王国王都トライアンフ在住の女子、ビストロ英雄亭に給仕担当として勤める。孤児であり、両親は居ない。双子の兄が居たが、ある迷宮で死んだらしい。

以前店で仕事中、ガラの悪い冒険者に絡まれた。だが、ダンに助けられ、彼に片思い状態である。

☆ベアトリス・アイディール

アイディール王国王女にして、創世神の巫女。

ある日突然、巫女の力を得ると共に、身体の自由を殆ど失い、更に盲目となった。

ダンに神託を与え、世界へふりかかる災厄を防ぐ。

巫女として役目を果たす事に生き甲斐を感じながら、自らの将来に対し、大きな不安を抱えている。

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