第80話「衝撃」
文字数 2,542文字
やはり様子がおかしい。
絶対に何かある!
『ダンが魔族』なんて酷い冗談から始まって、エリンの表情に差す陰、そして
そんな思いを持ちながら、ニーナはダンの『新妻』として働いた。
あっという間に時間は夕方になり、3人は風呂に入った。
エリンは「待ってました」とばかりにはしゃいでいた。
ダンは……思い切り恥ずかしがっていた。
エリンに、優しく全身を洗われて……
ニーナもエリンの言う通り、『流しっこ』をした。
自分の胸を、ダンから丁寧に洗って貰うのは恥ずかしかったが……
お互いの距離が著しく縮まり、とても親密になれた気がして嬉しかった。
風呂から上がったら、すぐに夕飯の支度をする。
エリンとニーナは、ふたりで料理の腕を振るう。
ニーナは、モーリスから英雄亭の料理を完全に習得していた。
元々のセンスもあって『腕前』はプロ級。
ホールだけではなく、たまに厨房も任される程だった。
片やエリンも、ダンより料理のイロハを習ってからというもの、メキメキ上達していた。
なので、夕飯に並んだ料理は多種多彩で素晴らしい味揃いとなる。
「いやぁ、ふたりとも凄いぞ、俺なんかもう用済みだな」
「ダメ! ダン、3人で料理する。エリンはまだまだ未熟者、ダンから教えて貰う事はいっぱいある」
「そうですよ! 私もレパートリーが居酒屋料理ばかりで、まだまだ修行中ですから」
王都で購入した、ワインも開けた。
ほろ酔い気分になった3人は、とても上機嫌だ。
酒を飲んだのは、これから始まる話をしやすくする為のダンの配慮でもあった。
居間で食事をしていた3人であったが……
頃合いと見たのか、ダンとエリンが目配せしてふたりで寝室に消えた。
まさかふたりだけで先にエッチをするの?
とも思ったニーナであったが、まもなくダンだけが戻って来た。
ニーナは酔った状態ながらも感じ、確信した。
これから大事な話が始まるのだと。
「ニーナ、話がある」
「は、はい!」
やはり来た!
軽い酔いのせいで、熱くなった頬を押えたニーナは、ごくりと唾を飲み込んだのである。
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ダンはニーナに、優しく微笑んでいた。
普段は、単刀直入な発言をするダンであったが、いつになく慎重になっている。
果たしてニーナが、ダークエルフのエリンを受け入れてくれるかという不安からだ。
ニーナの事は信じたい。
しかし、この世界で創世神の教えは『絶対』である。
現に気心の知れた付き合いをしていたアルバートとフィービーでさえ、ダークエルフを怖れ、嫌ってあのような物言いをしたのだ。
創世神教が運営する、孤児院で育ったニーナはどんな反応をするか、推して知るべしと考えていたのである。
だから、言い方がストレートではない。
「ニーナは幸せか?」
いきなり唐突に聞かれて、ニーナは戸惑う。
しかし、この問いの答えなど決まっていた。
「とても幸せです。ダンさん、貴方と結婚する事が出来て! そしてエリン姉とも姉妹になれて!」
「そうか! 俺もさ、お前達と出会えて本当に幸せなんだ」
「ありがとうございます」
「うん! 俺はエリンが大好きだ、ニーナはどうだ?」
「私もエリン姉が大好きです! 本当の姉だと思っています」
ニーナは、強い気持ちを込めて言った。
嘘ではない、本心である。
兄を失ったニーナは、愛するダンには勿論、エリンにも肉親の愛を感じていたのだから。
「分かった、じゃあエリンを呼ぼう。エリン、良いぞ、居間に入っておいで」
「は、はいっ!」
ダンが呼ぶと、少し噛んでエリンが返事をした。
ニーナは、やはり違和感を覚える。
もう自分とは気の置けない仲の筈なのに、エリンがやけに緊張しているのが伝わって来たからだ。
やがて……
少し躊躇いながら、エリンは入って来た。
勇気を振り絞るという感じで。
「あ!」
居間へ入って来た、エリンの姿を見たニーナ。
思わず、小さく叫ぶ。
エリンの風貌が、一変していたからである。
部屋へ入って来たエリンは、やや俯き加減だが、顔立ちは変わっていない。
髪もさらさらで、長さも腰まである。
夢見る瞳と美しい髪を合わせ持つ、端麗な美少女という趣き。
野性味溢れた褐色をした張りのある肌と、抜群のプロポーションも変わってはいない。
大きく、「どん」と突き出た胸は、相変わらず凄い迫力。
同じくらいの胸があるニーナも、圧倒されるほどだ。
しかし!
「エリン姉! そ、その髪の毛!」
まず、髪の色が変わっていた。
エリンの髪色は、薄い栗色であった筈が!
何とシルバープラチナの、輝くような髪色に変貌していたのである。
古代から、人間は髪の毛を染めていたらしい。
だからエリンも、髪を染めた可能性はある。
しかしこの状況で、ニーナはそのように考えられなかった。
髪色を変えるくらいで、エリンが極度に緊張する理由がないからである。
「ひ、瞳も! 瞳の色が違う!」
ニーナの叫び通り、瞳の色も変わっていた。
ダークブラウンの瞳は、深い
そして……
「エリン姉! そそそ、その耳は!?」
決定的に変わっていたのが……耳であった。
普通の人間の耳であった筈が、「ちょこん」と尖った可愛い耳になっている。
この耳は、分かる。
王都でも良く見かけた。
この耳は……エルフ族の耳だ!
エリン姉はエルフ?
だけど、エルフ族は体つきがもっと華奢だ。
儚く頼りなげなイメージがある。
健康的なエリンは、王都に居るエルフ族と雰囲気が違う。
呆然とするニーナに、ダンの声が届く。
「ニーナ、エリンはな。……ダークエルフなんだ」
ダークエルフ!?
ニーナの中で……
その不吉な名前は、危険を報せる半鐘のように、激しく響いていたのであった。