第149話「気休めはやめて!」

文字数 1,954文字

 深き地下とは思えない広大さ……

 リストマッティ率いる、デックアールヴ達が造り上げた、この地下都市は……
 以前、エリンが住んでいた街と酷似していた。

 ラッセとその配下に先導され……
 ダン達は3人並んで手を繋ぎ、街中を歩いて行く。
 真ん中にダン、右側にエリン、左側にヴィリヤという並びだ。

 巨大な魔導灯が照らすお陰で、地下の街ではあるが、とても明るい。

 エリンの目は遠くなり、虚空を見つめる。
 自分の故郷は……徹底的に破壊され、瓦礫となった……
 今は、暗黒の空間が広がるだけ……
 命ある者は皆無……であろう。

 しかし、目の前にあるこの街は違う。
 とても活気があり、多くの人々が行き交っている。

 見やれば……
 エリンと似た、デックアールヴの美しい女が歩いていた。
 かと思えば、人間族の逞しい戦士が店らしき場所で、店主と歓談していた。
 また……
 華奢で小柄な体格の、リョースアールヴの魔法使いらしき男が露店を出し、何か物を売っている

 更に、リストマッティ同様……
 ハーフ、またはクオーターと見られる者も大勢居たのである。

 これほど、地下深き、地上とは隔絶された世界なのに……
 街を歩く者、皆が、楽しそうに、そして生き生きとした表情をしている。
 誰もが種族間の、つまらない偏見を捨てていた。
 これから起こるであろう、素晴らしい未来を夢見て、邁進しているからに違いない。

 エリンは気になって、ついヴィリヤを見た。
 やはりヴィリヤは、ショックを受けたままである。
 ダンに手を引かれ、力なく、夢遊病者のように歩いていた。
 
 歩く事、約15分……
 ダン達が案内されたのは、リストマッティの別宅のひとつだという、こじんまりした建物であった。

 3間続きの部屋であり、エリンは懐かしそうに見渡していた。
 やはり、デックアールヴの建築様式である。

 ラッセ達は、一礼して引き下がる。
 「護衛を残すので、何かあれば」と言う。
 ダン達が、勝手に外出したり、居なくなっては困るだろうから……
 多分、『見張り役』も兼ねているに違いない。

 こうして、室内が、ダン達だけになると……

「エリン、おいで」

 ダンが、まずエリンを呼ぶ。
 エリンは、「待っていました!」とばかり、思い切りダンの胸へ飛び込んだ。

 愛する妻を優しく抱き締めながら、ダンは言う。

「エリン、お前の正体を彼等に明かそうと思うが……エリン自身は、どう考える」

「うん! あの場で、ずっとずっと……言いたかったよ。私もデックアールヴだって! 貴方達と同じ一族だよ、仲間だってね」

「じゃあ、……今後はリストマッティ達に協力する……それで構わないな?」

「ええ、私は、ラッルッカ家唯一の生き残りだもの。……地上に、デックアールヴの為、新たな居場所を作る為、頑張りたい」

「そうだな、俺も同じだ。お前の夫として、尽力したい」

「うん! これからは、ルネさんとも、チャーリー達とも、力を合わせて働けるなんて、凄く嬉しいよ」

「分かった! じゃあ、次回、リストマッティ達と会った時に、変化の魔法を解除し、デックアールヴであるお前の正体と、本当の身分を告げよう」

「了解!」

 エリンの心地よい返事を聞き、ダンは彼女をそっと放すと、

「ヴィリヤ……」

 と言い、今度はヴィリヤをそっと抱き締める。

 部屋に入ってからも、ヴィリヤはずっと、元気なく無言だった。
 辛さを、じっと耐えていたのだろう。

 しかし、ダンの抱擁が合図だった。

「うう、ううう……うわあああああ~ん」

 抱き締められたダンの温かい手により……ヴィリヤの心の堰が切れた。
 悲しみに暮れた、ヴィリヤの号泣する声が、部屋に、大きく大きく響き渡った。

 ダンは優しくヴィリヤを抱き締める。
 泣きじゃくるヴィリヤを、そっと包むように……
 そして言う。

「ヴィリヤ、俺は、お前の中に、貴いアスピヴァーラの血が、確かに流れていると知ったよ」

「うう……え、え? 貴い?」

 ダンの意外な言葉を聞き、ヴィリヤは泣き止み、驚いた。
 今のヴィリヤは、自身の血を呪っていたからだ。

 醜い嫉妬から……
 今迄、親しく暮らしていた者達を、虚言を弄する、汚いやり方で陥れる……
 死にも等しい、地の底へ追いやるなんて……
 最低だ……自分にはそんな下劣な血が流れている……  
 そのアスピヴァーラの血が?
 貴い?

 どうして!
 何故?

 気休めに、いい加減な事を言うと……
 いくら大好きなダンでも……嫌いになる!

 ヴィリヤは、ダンに怒りを覚え、「きっ!」と睨んだのであった。
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登場人物紹介

☆ダン・シリウス

本作の主人公。人間族の男子。

魔法、体術ともに圧倒的な強さを誇る魔法使い。

特に火と風の魔法を得意とする。

飄々とした物言いだが、性格は冷静沈着、情に厚い部分も。但し、女性に対しては基本的に奥手。

召喚された異世界で、創世神の神託が出る度、世界へ降りかかる災いを払う役目を負わされた。

だが王都暮らしを嫌い、一旦役目を果たせば、次の神託まで、普段は山里に隠れるように住んでいる。

ある時『世界の災厄である悪魔王』を倒す仕事を請け負い、絶体絶命のピンチに陥ったエリンを、偶然に助けた。

☆エリン・ラッルッカ

地の底深く暮らす、呪われしダークエルフ族の王女。地の魔法の使い手。

突如、攻めて来た悪魔王とその眷属により、父と一族全員を殺される。

しかし、悲しみに耐え、前向きに生きると決意。

絶体絶命の危機を救ってくれたダンと共に、地上へ……

ダンの自宅へ強引に『押しかけ』た。

☆ヴィリヤ・アスピヴァーラ

エルフ族の国、イエーラから来た、アイディール王国王宮魔法使い。

水の魔法の使い手。エルフ族の長ソウェルの孫娘。

ダンを異世界から、『勇者』として召喚した。 

傲慢な振る舞いを、ある日ダンからたしなめられ、以来熱い想いを抱くようになる。

☆ニーナ

人間族の国アイディール王国王都トライアンフ在住の女子、ビストロ英雄亭に給仕担当として勤める。孤児であり、両親は居ない。双子の兄が居たが、ある迷宮で死んだらしい。

以前店で仕事中、ガラの悪い冒険者に絡まれた。だが、ダンに助けられ、彼に片思い状態である。

☆ベアトリス・アイディール

アイディール王国王女にして、創世神の巫女。

ある日突然、巫女の力を得ると共に、身体の自由を殆ど失い、更に盲目となった。

ダンに神託を与え、世界へふりかかる災厄を防ぐ。

巫女として役目を果たす事に生き甲斐を感じながら、自らの将来に対し、大きな不安を抱えている。

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