第32話「仲直り④」
文字数 2,502文字
「本当! 凄い!」
エリンが、パンに感動してから1時間後……
様々な料理が運ばれ、朝食が始まった。
今朝も、鱒の料理がメインである。
鱒のバターソテー、鱒と野菜を煮込んだスープ。
そして、スクランブルエッグ。
「えへへ! エリンの料理、褒められちゃった」
「おお、エリン。俺だけじゃなくてふたりからも褒められて良かったな」
ダンの言葉を聞いたアルバートとフィービーは、意外そうな表情になる。
「え? これってダンじゃなくて、エリンちゃんが作ったのか?」
アルバートに聞かれたダンが答える前に、エリンが拳を突き上げる。
「うん! そうだよ、エリンが作った! 昨夜ダンが作るのを見て覚えたの」
エリンの言葉を、ダンが補足説明してやる。
「そうなんだ。昨夜初めて俺が作るのを見て、すぐに出来るようになった」
「え? たった一回見ただけで……この料理を? す、凄いな」
アルバートが驚くのも、無理はなかった。
昔フィービーと一緒に、王宮でご相伴にあずかった、王宮料理人の料理にも引けを取らないのだ。
フィービーも追随して頷く。
「本当よ! 凄い!」
「さあ! 愚図愚図していると、冷めて美味しくなくなるから、食べて、食べてぇ」
エリンの声に促されるかのように、全員が料理をぱくつく。
少し温めたパンも、料理に良く合った。
エリンはというと、生まれて初めて食べるパンの食感と味に感激して、目を白黒させていた。
「いや~! 王都の料理人にも負けないよ、エリンちゃんの料理」
アルバートが感嘆の声をあげた時。
「やったぁ! アルバート
「え? アルバート兄?」
一瞬、吃驚するアルバート。
『アルバート兄』
……それは、遠い昔に呼ばれた事がある……甘く切ない記憶。
驚くアルバートを、エリンが満面の笑みを浮かべて見つめていた。
エリンの表情が、昔の記憶とだぶって来る
「うん! だってアルバート兄はフィービー
「…………」
黙り込んでしまったアルバート。
これは、先程のフィービーの反応と一緒だ。
エリンの表情に、不安の陰が差す。
「嫌……なの?」
「ち、違う! 逆! 逆だよっ! どんどん呼んでくれ」
「じゃあっ! アルバート兄」
「あおうっ!」
エリンが呼ぶ声を聞いたアルバートが、心臓を矢に射抜かれたようなポーズで、大きくのけぞった。
でも、顔には満面の笑みを浮かべながら。
「もう! アルバート兄ったら大袈裟だよぉ」
「うん、うん! そうだな! 俺って大袈裟だよな」
答えるアルバートの目が、何故か遠くなっている。
その理由を幼馴染であり、妻でもあるフィービーは良く知っていた。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
朝食が終わってからも、エリンにとっては楽しい事が一杯である。
ハーブティを飲みながら会話が弾む。
その大きな原因は、アルバート達が持って来た荷物の中身。
ダン達への『差し入れ』であった。
中には、女物の服が結構ある。
勿論、エリン用だ。
エリンは目を輝かせて、服を触っている。
「凄い! 凄いよぉ! いろんな服がい~っぱい!」
王都市民が着る一般的なブリオーがいくつかある。
そうかと思えば、農民男性が作業をする際に着用する、ジャーキンという上着にホーズというズボンの上下。
同じく、農民女性が着る可愛らしいカートルに、エプロンのセット。
これには、カーチフという被り物とパンプスまでついている。
また、旅行者が良く着るダルマティカという服とドミノというフードのセットに、渋いストローハットまであった。
ひと通り見たダンが、深く深く頭を下げる。
「悪いな、フィービー。俺同様、エリンの服まで一杯貰っちゃって! 本当に助かったよ、ありがとう!」
「良いのよ! 全部着なくなった私のお古だから」
「フィービー姉ありがとう! エリン、すっごく嬉しいよ」
「うふふ、こんな山の中でも、少しはお洒落出来るね」
「うん! エリン、色々着てみるよっ」
「ははは、エリンちゃん。今度俺にも着て見せてくれよ」
「うん! エリン、アルバート兄に見せるよっ。似合うと良いなぁ」
「ああ、カートルにエプロンなんて、可愛い村娘って感じで最高だ」
またもや、アルバートの目が遠くなっていた。
エリンを、誰かにだぶらせている事は間違いなかった。
夫の様子を見ていたフィービーが、「そっ」と囁く。
「あなた……よかったわね」
「う、うん……俺、久々に思い出したよ……ジュディの事をさ」
アルバートには、今は亡きジュディという妹が居た。
年が10才以上も離れた、兄に良く
アルバートも、目の中に入れても痛くないほど可愛がっていた。
アルバート
アルバート
どこへ行くのにも、ちょこちょこと、この幼い妹は付いて来た。
しかし!
別れは、唐突にやって来た……
流行り病にかかったジュディは、呆気なくこの世を去ったのだ。
葬式が行われ、ジュディの小さな亡骸が墓地へ埋められるのを見て、アルバートは呆然としていた。
愛する者が、この世に居ない……
もう、二度と会えないのだという悲しみを、当時少年のアルバートは嫌というほど味わったのだ。
この子は、もしかしたら……
神様が、遣わしてくれたのかもしれない。
ジュディの生まれ変わりとして……
だって!
心が、とっても温かくなっているのだから。
守るよ、ダン。
俺もフィービーもこの子を!
それに信じるよ!
呪われてなんているもんか!
俺達夫婦を、こんなに幸せな気持ちにしてくれるこの子が!
アルバートは、花が咲くように笑うエリンを見て、強く強く決意していたのだった。