第144話「駆け引き」

文字数 2,547文字

 先頭をリストマッティ達、続いてチャーリー達に先導され、ダン達は闘技場を後にし、新たな転移門へ入った。
 ……到着した先は窓がなく、扉がひとつしかない部屋である。
 そこそこ広い部屋で、闘技場に居た全員が入っても、そんなに窮屈とは感じない。

 相変わらずダンは、抜かりがなかった。
 初見のリストマッティ達はともかく……
 いくらチャーリー達を信じているとは言っても、万が一の事もある。
 
 ダンはさりげなく姿を消すように命じ、ケルベロスとサラマンダーは異界に身を置き、透明状態となった。
 何かあったら、すぐ対応するようになっている。

 部屋には長方形のテーブルと、向かい合う形で、椅子が10脚置かれていた。
 まるで、会議室のような場所である

 『ソウェル』リストマッティは、何やら話し合いをするつもりらしい。
 先に座るよう促され、ダン達が着席すると……
 続いて、リストマッティ、ラッセ、そしてチャーリー達も座った。

 一同が落ち着いたところで、リストマッティがさっと手を挙げる。

「宜しいか、ダン殿。私達はもう少し貴方と話したい」

「ああ、俺もだ」

「その前に、はっきりさせておこうか。貴方達が彼等を連れ戻す件はどうするね?」

 ダン達が述べた目的とは……
 この迷宮の調査は勿論、そして行方不明となった者達の捜索である……
 結果、チャーリー達クラン(フレイム)、そしてニーナの兄ルネは無事に見つかった……
 本人達が希望すれば、地上へ連れて帰るつもりだ。

「チャーリー、ルネ、どうする?」

 チャーリー達は、行方不明だったというのに……
 ダンは軽い口調で聞いてみた。
 但し、態度や物言いからして、答えは予想出来ていた。

 案の定、

「ダン、悪いが……俺達は当分、地上へ戻らない」

 と、チャーリーが口火を切り、

「そうそう、ごめん、ダン」
「ここまで来て貰ったのに、悪いな、ダン」
「この件に関してだけは、チャーリーに賛成する」

 クラン炎のメンバー達も、チャーリーに同意した。
 更にルネも、

「ダンさん、申し訳ありませんが僕も……」

「そうか、ルネさん。貴方も暫く、戻らないのか?」

 ダンは敢えてルネへ、「暫く」と尋ねてみた。
 先ほど、チャーリーが「当分」と言ったから。

「はい、戻りません! ニーナの事だけが心配でしたが……貴方なら安心です」

 妹を託して安心だときっぱり答えたルネ。
 先ほど、闘技場で話してみて分かったが……
 同じ冒険者ギルド所属のルネは、ダンの評判を聞いていたという。
 腕が立って、面倒見が良いと。

 これで確定した。
 チャーリー達も、ルネも、いずれは地上へ帰る気持ちがある。
 ならば、焦る事はない。

 とりあえずダンは、彼等の意向を受け入れて頷く。

「分かった」

「ダンさん、妹を、ニーナを宜しくお願いします」

 ルネは、「助かる!」というように両手を合わせ、お願いポーズをした。
 
 ここで……頃合いと見たのだろう。
 同時に、リストマッティが会話を締める。

「……と、いう事だ。ダン殿」

 リストマッティの言葉を聞き、ダンはふっと笑う。

「成る程……もしやと思ったが、洗脳されている様子もないな」

 戻されたのは、皮肉めいたダンの言葉。
 頭衣(ドミノ)に隠されているから、リストマッティの表情は分からない。
 だが、少し不機嫌になったのは間違いないだろう。

「当たり前だ。私達はそんな、あくどい事をしない」

 洗脳を否定する、リストマッティの口調からは、はっきりと不快の波動が放たれていたのである。

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 どうして?
 チャーリーやルネ達は、地上へ戻ろうとしないのだろう?

 余計な口を挟まず……
 傍らで話を聞いていた、エリンとヴィリヤには不思議であった。
 邪悪な魔法か何かで、心を操られているとかなら分かる。
 ダンが、リストマッティへ皮肉を言ったのはその為だ。

 心をズバリ読める、ダンほどではないが……
 ダークエルフ特有の能力で、エリンは人の気持ちを、心の波動で感じ取る事が出来る。
 その能力が告げていた。

 チャーリー達も、ルネも、そしてリストマッティも、全く嘘をついていないと。
 そして、相手の考えが分かるダンは、とっくに気が付いている筈だ。
 冒険者達が、地上へ戻らない理由を。

 つんつん!

 エリンは、ヴィリヤを突っついた。

「?」

 訝し気に見るヴィリヤへ、エリンはにこっと笑った。

「大丈夫、旦那様なら」

 何があってもダンを信じよう。
 短い言葉の中に込めた、夫への信頼を、エリンは促したのだ。
 
「わ、分かった」

 ヴィリヤも、戸惑い気味で、少々噛みながらも……
 大きく頷いたのである。

 そんな、嫁同士の会話が交わされている脇で、リストマッティはいよいよ本題へ入ろうとしていた。

「さて、ダン殿……どうして彼等が地上へ戻らないか? その理由を知りたいだろう?

「まあな……」

「条件付きで教える、つまり貴方が協力を約束したら話そう」

「ふむ……もし、俺が断ったら?」

「我々の協力を断った場合……通常なら、秘密保持の為、魔法で対象者の記憶を消し、解放する。だがダン殿の場合はこのままで良かろう」

 リストマッティの、『このまま』という言葉はふたつの意味があった。
 ひとつは、ダンを信じるという投げ掛け。
 もうひとつは……
 チャーリー達の身の安全……であろう。
 
 ダンの気持ちを知ってか、知らずか、リストマッティは回答を催促する。

「さあ、いかが?」

 果たして、ダンの答えは……

「……分かった、話次第だが、基本的に協力しよう」

「話次第……そうか、それは助かる……不履行の場合の、ペナルティは敢えて決めないが……ダン殿を信じるからな」

 言い方は柔らかいが……
 たとえ口約束でも、絶対に履行せよと迫るリストマッティ……

 しかしダンは相変わらず、飄々とした口調で、

「はは、こちらもだ」

 と返し、にやっと笑ったのである。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

☆ダン・シリウス

本作の主人公。人間族の男子。

魔法、体術ともに圧倒的な強さを誇る魔法使い。

特に火と風の魔法を得意とする。

飄々とした物言いだが、性格は冷静沈着、情に厚い部分も。但し、女性に対しては基本的に奥手。

召喚された異世界で、創世神の神託が出る度、世界へ降りかかる災いを払う役目を負わされた。

だが王都暮らしを嫌い、一旦役目を果たせば、次の神託まで、普段は山里に隠れるように住んでいる。

ある時『世界の災厄である悪魔王』を倒す仕事を請け負い、絶体絶命のピンチに陥ったエリンを、偶然に助けた。

☆エリン・ラッルッカ

地の底深く暮らす、呪われしダークエルフ族の王女。地の魔法の使い手。

突如、攻めて来た悪魔王とその眷属により、父と一族全員を殺される。

しかし、悲しみに耐え、前向きに生きると決意。

絶体絶命の危機を救ってくれたダンと共に、地上へ……

ダンの自宅へ強引に『押しかけ』た。

☆ヴィリヤ・アスピヴァーラ

エルフ族の国、イエーラから来た、アイディール王国王宮魔法使い。

水の魔法の使い手。エルフ族の長ソウェルの孫娘。

ダンを異世界から、『勇者』として召喚した。 

傲慢な振る舞いを、ある日ダンからたしなめられ、以来熱い想いを抱くようになる。

☆ニーナ

人間族の国アイディール王国王都トライアンフ在住の女子、ビストロ英雄亭に給仕担当として勤める。孤児であり、両親は居ない。双子の兄が居たが、ある迷宮で死んだらしい。

以前店で仕事中、ガラの悪い冒険者に絡まれた。だが、ダンに助けられ、彼に片思い状態である。

☆ベアトリス・アイディール

アイディール王国王女にして、創世神の巫女。

ある日突然、巫女の力を得ると共に、身体の自由を殆ど失い、更に盲目となった。

ダンに神託を与え、世界へふりかかる災厄を防ぐ。

巫女として役目を果たす事に生き甲斐を感じながら、自らの将来に対し、大きな不安を抱えている。

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み