第100話「謎めいた言葉」

文字数 3,022文字

 ダンは、クローディアに対して質問を続けた。
 当然、『人喰いの迷宮』に関してである。
 クラン(フレイム)が、行方不明になった経緯(いきさつ)も改めて教えて貰う。

 冒険者ギルドには、守秘義務契約がある。

 元々、依頼とは受諾されるまでオープンである。
 広く告知され、応募者を募る。
 だが……
 受諾後は違う。
 受けたクランが誰? と言う事も含めて基本的には明かされない。
 金額等、具体的な契約条件も含まれるからだ。

 しかし、今回の趣旨を考えると、クローディアは融通を利かせた。
 契約条件も含めて、クラン炎の足どりを教えたのである。

 何と言っても人命が懸かっていた。
 
 親しいクランを救うという、純粋な気持ちから出たもので邪念は無い。
 まして、相手はダン。
 お互いに秘密を共有している。
 サブマスターとして、「問題はない」と判断したのだ。

「良く分かった……クローディアさん、ありがとう」

「いいえ……有能なクランの命を救う事に協力出来れば嬉しいですよ」

「ダン!」

 エリンが、促すように叫んだ。
 もうこれ以上は待ちきれない!
 そんな雰囲気である。

「分かった、エリン。早速支度をしよう」

「了解、じゃあ英雄亭へ戻るんだね」

「そうだな」

 と、その時。

「私も!」

 叫んだのはヴィリヤであった。
 私も! というのは迷宮探索に絶対同行したいという意思表示である。

 しかしエリンは、ヴィリヤを完全スルーした。

「ダン、早く帰って支度をしよう」

 無視されたヴィリヤは、必死で食い下がる。
 当然ながら、アピールする相手は、エリンではなくダンだ。

「ダン、私も一緒に行きますっ! お願い、連れて行って下さいっ!」

 こうなると、エリンも無視するわけには行かない。
 呆れたようなジト目で言う。

「もう、貴女。少しは身の程をわきまえて、部外者は駄目に決まっているじゃない」

「ううう~っ」

 エリンに「ビシッ」と言われて、ヴィリヤは犬のように唸った。

 クローディアは、吃驚してしまう。
 ダンとエリンが来たと聞いて、会ってみたらエルフのヴィリヤ主従も居た。
 
 クローディアにとって、ヴィリヤ達とは顔見知りレベルであって、特に親しくはない。
 冒険者ギルドという組織とエルフのVIPという、仕事上の付き合いというだけだ。

 但し、はっきりしている事がある。
 身内第一主義と言う種族的な性格からだが……
 何の所縁もない人間を、エルフは助けたりはしない。
 クラン(フレイム)とヴィリヤは、何の関係も無い筈なのだ。

 なのにヴィリヤは、クラン(フレイム)の捜索に同行したいと申し出た。
 
 脈絡を知らなかったクローディアにも、一目瞭然であった。
 女の目から見て、すぐに分かる。
 ヴィリヤは……ダンが好きなのだ。
 凄く好きだから……
 大好きな相手の助けになりたくて、同行を申し出た。

 しかしダンには、れっきとした妻のエリンが居る。
 それも今、目の前に。
 エリンの物言いを聞くと、ヴィリヤの気持ちを面白く思っていないのは明らかであった。
 果たしてダンは、最終的にどのような判断をするのだろうか?
 他人事ながらつい気になってしまったクローディア。

 そして……

「エリン、英雄亭に戻るぞ……それからヴィリヤ、ゲルダ」

「は、はい!」
「はい」

「お前達も一緒に来い、話がある」

 意外な展開。
 この場では即答しないが、ダンはヴィリヤの参加を前向きに考えるらしい。
 驚いたのは、エリンである。

「ええっ!」

「エリン、俺にちょっと考えがあるんだ」

「ダ~ン!」

 大声で抗議するエリンではあったが、ダンは首を振った。
 ヴィリヤ達が、英雄亭へ同行する事を許したのである。

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 ここは英雄亭にある、かつてニーナが使っていた私室……
 店主のモーリスが誰にも使わせず、そのままにしてくれていた。

 ダンはエリン、ヴィリヤ主従と共にその部屋で話している。
 ニーナを含めた5人も入ると、もう『ぎゅうぎゅう詰め』状態であった。
 だが、外に漏らしたくない話なので致し方ない。

 状況を聞き終わったニーナは言う。

「お(にい)の時にも聞きましたけど……こんなに危ない迷宮なのに、大きな見返りもあるから……ギルドも、簡単に閉鎖出来ないのですよね」

「ああ、人喰いの迷宮を、目当てに来る冒険者も大勢居るからな。閉鎖なんかしたら不満が凄く出るだろう」

「ですよね、それで……どうします」

「チャーリー達を助けに行くよ、絶対!」

 ダンとニーナの会話を遮る勢いで、エリンはきっぱりと言い放った。
 自分に対して優しくしてくれ、仲間だと認めてくれたチャーリー達を救いたい。
 強い思いが、エリンにはあった。

 微笑んだニーナは、ダンの意思も聞く。

「ダンさん」

「ああ、エリンの言う通り、探しに行こうと思っている。出来れば助けたいからな」

 ダンも、「当然だ」と言うように頷いた。
 
 だが、歯切れが悪い。
 気合が足りないと、エリンは思う。

「ダンったら、出来ればじゃあなくて、必ず助けなきゃ!」

 エリンが促すが、ダンは首を振る。

「いや、出来ればだ。絶対に無理はしない、安全第一。俺はともかくお前を危険にはさらせられないから」

「え? だって! エリンは大丈夫だよ」

「誤解のない様に言うが、一応全力は尽くすぞ。だがお前の命には変えられない、本末転倒になる」

「…………」

「冷たく感じるかもしれないが、これが俺の考えだ」

 と、その時。

「ダーン!!!」

 叫んだのは、ヴィリヤであった。
 遂に『放置プレイ』が、限界へ達したのだ。
 隣で、部下のゲルダは微妙な顔付きをしていた。

「あ~! うるさいっ、今大事な話をしているのに」

 エリンが耳をふさいで苦々しく言うが、ヴィリヤはスルー。

「私も同行します! ぜひ力になりたいのです」

 身を乗り出して迫るヴィリヤであったが、相変わらずダンは飄々としている。

「ああ、すっかりお前の事を忘れてた……俺に考えがあると言ったんだっけ」

「う~っ、忘れないで下さいっ、ダン!」

 しかしダンはヴィリヤではなく、ゲルダの方へ向き直る。

「そうだな、じゃあこの件はゲルダに相談だ」

「わ、私に? 相談? も、もしかしてヴィリヤ様の代わりに私が探索に同行するとか」

「当たった! その通りだ」

 惚けたダンの良い方。
 自分が同行出来ない?
 代わりにゲルダ?
 そんなの、絶対認めるわけにはいかない。

 「いらっ」としたヴィリヤは、またも叫んでしまう。

「ダ~ン!!!」

「あ~、もう、うるさいっ」

 またも、お約束の掛け合いである。
 エリンとヴィリヤは、改めてにらみ合った。
 
 そして…… ダンはニヤリと笑う。

「まあ聞け……ゲルダを連れて行くが、実はヴィリヤなんだ」

「え? どういう事ですか?」
「ダン、何それ?」
「分からないです」
「教えて下さい」

 ダンの発した、謎めいた言葉……
 
 他の4人は意味が分からず、不思議そうに首を傾げていたのであった。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

☆ダン・シリウス

本作の主人公。人間族の男子。

魔法、体術ともに圧倒的な強さを誇る魔法使い。

特に火と風の魔法を得意とする。

飄々とした物言いだが、性格は冷静沈着、情に厚い部分も。但し、女性に対しては基本的に奥手。

召喚された異世界で、創世神の神託が出る度、世界へ降りかかる災いを払う役目を負わされた。

だが王都暮らしを嫌い、一旦役目を果たせば、次の神託まで、普段は山里に隠れるように住んでいる。

ある時『世界の災厄である悪魔王』を倒す仕事を請け負い、絶体絶命のピンチに陥ったエリンを、偶然に助けた。

☆エリン・ラッルッカ

地の底深く暮らす、呪われしダークエルフ族の王女。地の魔法の使い手。

突如、攻めて来た悪魔王とその眷属により、父と一族全員を殺される。

しかし、悲しみに耐え、前向きに生きると決意。

絶体絶命の危機を救ってくれたダンと共に、地上へ……

ダンの自宅へ強引に『押しかけ』た。

☆ヴィリヤ・アスピヴァーラ

エルフ族の国、イエーラから来た、アイディール王国王宮魔法使い。

水の魔法の使い手。エルフ族の長ソウェルの孫娘。

ダンを異世界から、『勇者』として召喚した。 

傲慢な振る舞いを、ある日ダンからたしなめられ、以来熱い想いを抱くようになる。

☆ニーナ

人間族の国アイディール王国王都トライアンフ在住の女子、ビストロ英雄亭に給仕担当として勤める。孤児であり、両親は居ない。双子の兄が居たが、ある迷宮で死んだらしい。

以前店で仕事中、ガラの悪い冒険者に絡まれた。だが、ダンに助けられ、彼に片思い状態である。

☆ベアトリス・アイディール

アイディール王国王女にして、創世神の巫女。

ある日突然、巫女の力を得ると共に、身体の自由を殆ど失い、更に盲目となった。

ダンに神託を与え、世界へふりかかる災厄を防ぐ。

巫女として役目を果たす事に生き甲斐を感じながら、自らの将来に対し、大きな不安を抱えている。

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み