第104話「協力と思惑」
文字数 2,626文字
正式には『英雄の迷宮』は、数千年以上歴史のある地下迷宮だ。
一体誰がこの迷宮を造り上げたか、今となっては分からない。
遥か昔……アイディール王国建国の祖、バートクリード・アイディールが発見し探索したと言い伝えられているのだ。
英雄がこの迷宮で鍛えられ、強くなり……
数多の冒険を経て、アイディール王国を建国してから……
その名声——つまり『アイディールドリーム』にあやかろうと、様々な冒険者が迷宮へ挑んだ。
迷宮へ挑んだ冒険者は英雄ほどの名声は得られなかったが、中には成功した僅かな者が出た。
だが大半の冒険者は、希望が叶えられなかった上、無念にも死を迎えた……
しかし、迷宮へ挑む冒険者の数は一向に減らなかったのである。
やがて……
迷宮へ訪れるおびただしい冒険者を見込んで迷宮入り口周辺にはキャンプという集落が誕生する。
主にキャンプを形成するのは武器防具、道具、食料、宿屋等を営む商人達であり、人喰いの迷宮も例外ではなかった。
『英雄の迷宮』とキャンプの存在が、完全にアイディール王国内で知られるようになってから……一般の人々もやって来た。
キャンプはその繁栄に比例して村になり、遂には町レベルになった。
しかし利権を争う愚連隊やそれに加わった冒険者達の大きな争いが繰り返され、遂に町は灰燼に帰した。
そして焼け跡にキャンプが出来て、村となり、町となり……やがてまたも同じように争いが起こった。
不毛な戦いが何度か繰り返された結果、現在迷宮周辺はアイディール王国の管理下となった。
迷宮の周辺に、もはや町は存在しない。
村さえもない。
小規模なキャンプがあるだけだ。
王家が委託した商業ギルド直営の店が、ほんの10軒ほど営まれているだけ。
何故ならばアイディール王家が、外部商人の新規参入を一切認めていないからである。
散々繰り返された、利権を求める争いが起こらないようにする為だ。
ちなみに迷宮の管理や治安の維持が必要である事から、店舗以外には冒険者ギルドの出張所と病院が設けられていた。
今回、ダンはアールヴの国イエーラの協力を得て、行方不明者の救助と調査を兼ねた探索をする形で迷宮へ挑む。
ヴィリヤの屋敷のアールヴ達は訝しがったが、ダンの存在はアンタッチャブルであり、行動には何らかの理由が伴うとだけ聞かされていた。
ようはヴィリヤが命じれば、何か意味のある行為だと捉えている。
だから、今回のダンの迷宮行きに協力する事も受け入れたのだ。
武器と食料の供給、そして人員の派遣……
友好国のイエーラが協力する、となると王国の公的機関である冒険者ギルドも指をくわえて見ているというわけにはいかない。
迷宮の行方不明に対して不介入という方針を取っている為に、依頼はしない。
だが、イエーラの対応に感謝し、同様に協力するという形を取ったのだ。
サブマスタークローディアから、緊急の魔法鳩便が送られ、冒険者ギルドの出張所詰めの職員が迷宮の入口へ出張っていた。
職員は、壮年の男性ふたり。
出で立ちは革鎧を装着した戦士と、
戦士が一歩、前に出た。
口を開き、名前を問う。
「貴君がダンか?」
「ああ、俺がダンだ。お宅のギルドの所属冒険者でランクB、あとのふたりはひとりが冒険者、もうひとりはアールヴの魔法剣士だ」
「ああ、サブマスターのクローディア様から連絡が来ている。同行者はエリン・シリウスに、ゲルダ・ボークスの2名で間違いないな」
「その通り、人喰い……じゃない、英雄の迷宮へはイエーラとギルドの協力を得て、調査及び行方不明者の救助目的で入る」
「了解だ。クローディア様からの手紙には今、貴君が言った内容が記載されていた」
ダンとギルド職員が、会話を交わす傍ら……
ヴィリヤ(実はゲルダ)は、護衛のアールヴ戦士の長と話をしていた。
「ヴィリヤ様。ゲルダ様おひとりだけ行かせて、本当に……宜しいのですか?」
「構わないわ」
「ですが……」
「迷宮の行方不明者の中にはエルフも大勢居るじゃない。私利私欲の為に勝手に入って行方不明になったんだから、同胞とはいえ私達が探す義理はないけれど……このような形なら一石二鳥よ」
「まあ確かに……」
「それにゲルダは副官だし、私の代理としてはぴったりです。彼女ほどの力量なら生還の確率が高い。迷宮は危険を伴うし、理由が理由。これ以上、人数は割けないわ」
「成る程、仰せの通りです…………」
ヴィリヤ(実はゲルダ)の、言う通りであった。
行方不明になった冒険者の中には、エルフも居た。
しかも、結構な数にのぼる。
だが彼等は、公的な任務で迷宮へ足を踏み入れたのではない。
冒険者として、個人的な富と名声を求めたのである。
なので、敢えて国として不明者の救助や捜索などしない。
一般国民ならともかく、危険を承知で迷宮へ足を踏み入れる冒険者なら自己責任だと捉えているからだ。
しかし、ダンが行方不明者の探索で迷宮へ入るのなら話は別だ。
エルフ主導で、救助へ向かうのではない。
あくまでも人間への『協力』なのだ。
エルフの国イエーラは、同胞を助ける意思があるのを、しっかり示す事が出来るから……
理屈は、通っている。
だがこれは、微妙な見え方だ。
しかし他にイエーラが協力する名目はなかった。
だから、仕方がない。
ゲルダ(実はヴィリヤ)がダンのクランへ参加するにはこれしか方法がなかったのだ。
そうこうしているうちに、ダンとギルド職員の話は済んだ。
あとは出発するだけである。
「では……行って来る」
ダンは、手を振った。
視線の先にはゲルダとアールヴ戦士、そしてニーナが居た。
ニーナは、大きく手を振っている。
「死んだ」と言われながら、行方不明の兄が見つかる淡い期待も持ちながら。
だが、それより強いのはダンとエリンに無事戻って欲しいという気持であった。
「無事を……祈る」
ダンの挨拶に応え、ギルド職員はびしっと敬礼をした。
こうして……
ダン、エリン、そしてゲルダに擬態したヴィリヤは『人喰いの迷宮』へと足を踏み入れたのである。