第60話「エリンのお手伝い①」

文字数 2,994文字

 英雄亭の、逞しい老主人モーリス・ワイルダーと美少女従業員ニーナの手で……
 ダン達が頼んだ料理は、「ずらり」とテーブルの上に並べられた。
 英雄亭の料理は素朴な田舎料理だが、いかにも冒険者向きである。
 新鮮な肉や魚を多く使い、栄養がたっぷり取れるようになっていた。
 
 量も、他の居酒屋(ビストロ)に比べると格段に多い。
 完全に、倍以上はある。
 当然ながら、味も抜群。
 それでいて、他の店の一人前以下の値段だから、とても人気があるのだ。

「わあ!」

 思わず、エリンは歓声をあげた。

「見た事のない料理ばっかり!」

 エリンの言葉を聞いた、モーリスの眉間に一瞬皺が寄った。
 ダンの頼んだ料理は、そう珍しいものではないからだ。
 しかし、すぐに笑顔を浮かべる。
 何も、聞かなかったように……

「ん? そうか! はっははは、俺はモーリス・ワイルダー。この英雄亭の主人だ、お嬢ちゃん」

 今度は、『お嬢ちゃん』と呼ばれたエリンの表情が曇る。
 子供扱いされたのが、気に入らないらしい。
 当然、エリンは反撃する。

「もう、おじいちゃん! お嬢ちゃんじゃないよ、私はエリン! エリン・シリウス、ダンのお嫁さんだよ」

 初対面のエリンから『おじいちゃん』と呼ばれてしまった。
 だが、細かい事は気にしないとばかり、モーリスは笑顔のまま言葉を返す。

「おう、そうか、そうか。そりゃ、失礼!」

 エリンとモーリスの、会話を聞いていたダンがにっこり笑う。
 面倒な説明が、省けたという表情である。

「モーリスさん、そういう事なんだ」

「了解だ! ダンが可愛い子を連れて来たってニーナから聞いたが、成る程、結婚したのか! うん、そういう事なんだな」

 納得して頷くモーリスの傍らで、ニーナがぎこちなく挨拶する。

「改めまして、エリンさん……ニーナです」

「よ、よろしくね」

 エリンも、先ほどとは打って変わってぎこちない。
 ふたりの間に、何かあったと分かっても、モーリスはそんな素振りを微塵も見せない。

「よっし! ダンとエリンちゃんの結婚は日を改めてお祝いしよう」

「ありがとう、モーリスさん。ところで今日はどうしたの?」

「ん? どうしたとは?」

 ダンから聞かれたモーリスは、首を傾げる。
 質問の意味が、いまいち分からないらしい。
 ダンが、苦笑しながら補足する。

「何言ってるんだ、モーリスさん。こんなに忙しいのに、ニーナがひとりでホール担当をやっているじゃないか? 他の子達は?」

 ダンから言われて、モーリスは「参った」という表情をする。

「それがなぁ……残りのふたりがいきなり風邪でな、休んじまったんだ」

「私なら大丈夫です、ひとりで!」

 ニーナが、すかさず「問題なし」と宣言した。
 モーリスは、何気なく店内を見渡した。
 相変わらず満席だが、殆ど料理が出た後で皆、酒を飲んでいる。
 いざとなればモーリスもホールに出れば良いし、ニーナの言う通り人手には問題なしだろう。

「ん、そうだな。まあ今夜のピークは過ぎたし、風邪組も明日には治って出勤して来るだろう。まあ何とかなるさ」

 モーリスの『大丈夫』宣言を聞いても、ダンは納得しないようである。

「そうか……」

「まあ、てなわけで今夜は少し忙しい。……またな」

 峠は越えたが、まだ料理や酒のオーダーは多少あるだろう。
 モーリスは手を振りながら、厨房へと戻って行く。

「私もまだ仕事がありますので……失礼します」

 ニーナもぺこりと頭を下げると、また仕事に戻って行った。
 ダンは、心配そうにニーナを見ていた。
 そんなダンが、エリンには気になるようだ。

「ダン……やっぱりニーナに優しい」

「え?」

「ニーナが、気にかかっていたんでしょ?」

「まあな……でも好きとか嫌いとかじゃない、ひとりで働いていて大変そうだなと思っただけだ」

 エリンがジト目で告げても、ダンはきっぱりと言い放った。
 まっすぐエリンの目を見て。
 だからエリンは、満足そうに頷く。

「うん! 分かる、ダンは嘘をついていない」

「当たり前だ。さあ、料理が冷めるから食べようぜ」

「うん!」

 こうしてふたりは、英雄亭の料理を「ぱくつき」だしたのである。

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 ダンとエリンは凄い食欲で、あっという間に皿に乗った料理を平らげて行く。
 いくつかの皿は空になって、テーブルの片隅に積み上げられている。

「美味いか、エリン?」

「うん、美味しい、すっごく美味しいよ」

 エリンは料理を食べながら、先ほどから『ある人物』を目で追っていた。

「どうした?」

「ニーナ、相変わらず忙しそう」

 エリンが目で追っていた、『ある人物』はニーナであった。
 先程、モーリスはピークが過ぎたと言ったが、とんでもなかった。
 ダン達と話してから、すぐにまた客が押し寄せたのだ。
 
 現在、入りきれない客が行列を作って、店の外で待っているくらいである。
 英雄亭の人気……恐るべしだ。

「そうだな……夜も遅くなったのに、客がどんどん来る。ピークを過ぎたって言ってたけど、モーリスさんのとんだ見込み違いだな」

 ダンの言葉を聞いたエリンが、「ポン」と手で胸を叩く。

「よっし、エリン、決めたよ」

「何が?」

「うん! エリンには分かる! ダンもそう思ってるし、エリンも同じ。ふたりでニーナを手伝う」

 エリンは、ダンの気持ちを理解してくれていた。
 そして、嬉しい事を言ってくれた。
 ダンは、エリンがますます好きになる。

「そうか、エリンは本当に優しいな……でも手伝えるか?」

「大丈夫、エリン、もうニーナの仕事覚えた」

「それでさっきから、ニーナばっかり見てたのか」

「うん、完璧!」

 エリンの才能は、素晴らしい。
 僅かな時間の間に、ニーナの仕事ぶりを観察して、おおよそ覚えてしまったらしい。
 
 万が一拙くても、ここはエリンの気持ちを尊重してあげたい。
 自分が、多少フォローすれば良いだろう。

 ダンは決断し、エリンへと告げる。

「そうか……分かった、ふたりで手伝おう」

 大きく頷いたダンは、「善は急げ」とばかりにニーナを呼ぶ

「お~い、ニーナ」

 大きなダンの声が英雄亭に響き渡り、ニーナは弾かれたように飛んで来た。
 しかし疲れも溜まっているらしく、大きく肩で息をしている。 

「はぁはぁはぁ……お、お待たせ! ダ、ダン、料理追加?」

「違う! お前、予備の仕事服、持ってたな。見たところ背格好同じようだからエリンへ貸してやってくれ」

「は?」

 ニーナには、ダンの言う意味が分からない。
 目を丸くし、「きょとん」としている。

「詳しい話は後だ! お前の仕事は俺がつなぐ、さあ早く! モーリスさんにも言っておくから」

「???」

 まだ、呆然としているニーナ。
 エリンは、「すっく」と立ちあがるとニーナの手を取る。

「もう! ニーナ、早くだよぉ!」

「はっ、はい!」

 エリンに促されたニーナは、自分の仕事服が仕舞ってある、英雄亭内の私室へと向かったのであった。
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登場人物紹介

☆ダン・シリウス

本作の主人公。人間族の男子。

魔法、体術ともに圧倒的な強さを誇る魔法使い。

特に火と風の魔法を得意とする。

飄々とした物言いだが、性格は冷静沈着、情に厚い部分も。但し、女性に対しては基本的に奥手。

召喚された異世界で、創世神の神託が出る度、世界へ降りかかる災いを払う役目を負わされた。

だが王都暮らしを嫌い、一旦役目を果たせば、次の神託まで、普段は山里に隠れるように住んでいる。

ある時『世界の災厄である悪魔王』を倒す仕事を請け負い、絶体絶命のピンチに陥ったエリンを、偶然に助けた。

☆エリン・ラッルッカ

地の底深く暮らす、呪われしダークエルフ族の王女。地の魔法の使い手。

突如、攻めて来た悪魔王とその眷属により、父と一族全員を殺される。

しかし、悲しみに耐え、前向きに生きると決意。

絶体絶命の危機を救ってくれたダンと共に、地上へ……

ダンの自宅へ強引に『押しかけ』た。

☆ヴィリヤ・アスピヴァーラ

エルフ族の国、イエーラから来た、アイディール王国王宮魔法使い。

水の魔法の使い手。エルフ族の長ソウェルの孫娘。

ダンを異世界から、『勇者』として召喚した。 

傲慢な振る舞いを、ある日ダンからたしなめられ、以来熱い想いを抱くようになる。

☆ニーナ

人間族の国アイディール王国王都トライアンフ在住の女子、ビストロ英雄亭に給仕担当として勤める。孤児であり、両親は居ない。双子の兄が居たが、ある迷宮で死んだらしい。

以前店で仕事中、ガラの悪い冒険者に絡まれた。だが、ダンに助けられ、彼に片思い状態である。

☆ベアトリス・アイディール

アイディール王国王女にして、創世神の巫女。

ある日突然、巫女の力を得ると共に、身体の自由を殆ど失い、更に盲目となった。

ダンに神託を与え、世界へふりかかる災厄を防ぐ。

巫女として役目を果たす事に生き甲斐を感じながら、自らの将来に対し、大きな不安を抱えている。

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