第20話「眩い大地②」
文字数 3,184文字
川幅は2mほど、ゆっくり静かに流れている。
「ダン、あれが川? 地上を流れる川なんだね」
エリンの言う通り、彼女が生まれて初めて見る地上の川だ。
「ああ、そうだよ」
ダンが頷くと、エリンは川がどんなものかと見たがった。
「エリンは古文書で読んだわ。ね、ねぇ、近づいても大丈夫?」
「うん、あの川なら危険はない、大丈夫だ」
エリンが聞くと、ダンはこの辺りは良く歩くという。
「素敵!」
エリンは小さく叫び、川に近づくと川面を覗き込んだ。
「ああ、綺麗な水! 底まで見えるわ! ダン、見て見て」
エリンに呼ばれたダンも、一緒に川を見た。
目を凝らしたエリンの瞳に、小さな影がいくつも映る。
「あれ? ダン、あれ、何? 何か泳いでいるよ」
「あれは魚だな」
「魚? 地上の魚って何か小さくて可愛いな」
エリンの言葉は、今迄見た事がある『魚』と比較しているようだ。
ダンは、何の気なしに聞いてみる。
「地下世界にも魚って居たのか?」
「ええ、もっと怖い顔をしていて大きいの」
「ははは、想像がつかないな……食べたのか?」
「食べる? ダークエルフは魚なんて食べないよ。だって気味悪いもの」
どうやら地下の世界の魚は、食用に向かなかったらしい。
もしくは、ダークエルフ達に魚を食べる習慣がなかったのか。
「そうか……じゃあエリンは焼き魚や魚のスープは厳しいかな。美味しいけどな」
「ええっ? 美味しいの? 魚が?」
魚が美味しい?
常識が覆される言葉を聞いた、エリンが目を丸くした。
驚くエリンに、ダンが説明する。
「ああ、目の前の魚は小さすぎて食べないが、この川の少し先に湖がある。そこには大きな
「鱒? 鱒って魚?」
「ああ、結構美味い。トムなんか、魚が大好物だ」
「え、あの妖精猫ちゃんが?」
エリンは、黒猫が喜んで魚を食べるシーンを想像してみた。
まるで、イメージが浮かんで来ない。
「おう、はぁはぁ言って暴れるくらいだ。早く食わせろって」
「うふふ、暴れるの? それって面白い! だったらエリンも食べるの挑戦しようかなぁ」
「ぜひ挑戦してくれ。……じゃあエリン、川に入ってみようか?」
ダンのいきなりな提案に、エリンはまた吃驚する。
「え? 大丈夫?」
「ああ、ここは深さが膝くらいまでしかない。ちなみにエリンは泳げるのか?」
「泳ぐ? エリンは地下温泉で、少しくらいなら泳いだ事があるよ」
「ははは、まあ良いだろう。じゃあ俺が先に入るよ」
「あ、待って」
エリンがためらっていると、ダンは靴を脱いでさっさと川に入った。
「おお、さすがに冷たいな。でもこれくらいなら大丈夫そうだ、エリン、おいで」
「う、うん……」
ダンが手を伸ばしている。
少し躊躇した後にエリンは靴を脱ぎ、片足を水に恐る恐るつけた。
「つ、冷たい!」
「ほらっ」
ダンは、「ぐいっ」とエリンを引っ張った。
「ばちゃん」と音がして、気が付くとエリンは川の中で立っていた。
「うわぁ、つめた~いっ……でも」
エリンはそう言うと、ダンの顔を見つめる。
ダンは優しく微笑んで、エリンを見守っていた。
だからエリンは、安心して甘えたくなる
「ダン、見て! 水が流れる中にエリンが立っているよ。何か不思議、そしてとっても気持ち良いわ」
「良かったな、エリン」
「うふふ、ありがとう、ダン」
幸せそうに笑うエリンを、ダンは「きゅっ」と抱き締めたのである。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
川から出た、ダンとエリンは更に歩く。
草原はもう少しで終わろうとしていた。
その先には深い森が、もっと先には高い山々がそびえている。
果たしてダンは自分をどこへ連れて行くのか?
エリンは問う。
「ダン、どこまで行くの?」
「もう少し先に俺が気に入っている場所がある。見せたいものってそこから見る景色なんだ。そこへエリンを連れて行きたい」
「そうか! そうだよね、ダン、エリンと約束していたものね」
ダンがお気に入りの場所に連れて行ってくれ、特別なものを見せてくれる……
特別なもの、ダンがエリンへ見せたいもの……
ダンは約束を忘れてなどいなかったのだ。
エリンには、それがとても嬉しかった。
「さあ、俺の手をしっかり握れ」
「はいっ!」
「飛翔魔法を使えば、その場所まではすぐに行けるけど、エリンにはいろいろ教えたいからな」
「うん、教えて、教えてっ」
エリンに教える。
ダンはエリンに対し、今迄も素晴らしい事を教えてくれた。
これからも聞きたい。
教えて欲しい。
好奇心旺盛なエリンは、とてもわくわくしていた。
「じゃあ、早速……これから森の中に入るが……森の中って方向感覚が狂いやすいんだ」
「方向感覚?」
「自分が今どこに居るか、どちらへ向かっているかをしっかり把握する事が大事なんだ。俺達は家からここまで来た。帰る時にどちらへ歩けば良いか、ちゃんと分かっておくことだ」
「うん! エリン、分かるよ。迷子にならないようにって事だよね」
「おお、偉いぞ、エリン。たとえば今日みたいに晴れた日なら太陽が目印になる。太陽は東から昇って南を回り、西に沈む。これを覚えているだけでも大きいぞ」
「うん! 分かった、エリンは理解したよ……じゃあダン、太陽がない日は?」
「そうだな、エリン。曇りや雨の日、そして夜は太陽が出ない、そんな時の為に俺は手を打ってある」
ダンは、指を差した。
エリンが見ると、見上げるような大きな木のてっぺんに、赤い旗が揺れている。
どうやら……ダンが取り付けたものらしい。
「俺達は、まっすぐ北へ向かって歩いて来たから、この赤い旗は目印になる。旗はいくつかつけてあるぞ。そしてあれもそうだ」
ダンが今度は、森の中を指差した。
一本の木の幹に、大きな板が打ちつけてあり、白い矢印が描かれていた。
「矢印の方向は俺達の家だ。迷ったら矢印の方向を目標に歩く。この板もあちこちにつけたんだ。俺達は夜目が利くから昼は勿論、真夜中でも見える筈さ」
「おお、ダンは偉い!」
「ははは、エリンに褒められて嬉しいぞ」
「うん、さすがエリンの夫だ」
「ははは、どんどん褒めてくれと言いたいが、ちょっと避難しよう」
ダンが急に避難しようと言い出したので、エリンは眉を顰める。
何か危険が迫っているのだろうか?
「避難?」
「エリンは気配を感じないか? 俺は索敵の魔法を使えるけど」
ダンの問いにエリンは首を横に振る。
「ううん、エリンは索敵が出来ない」
「そうか……」
エリンが索敵の魔法を行使出来ないと聞いて、ダンは残念そうだ。
敵の来襲を予測出来れば、こちらから先手を打てる。
これがあるとなしでは、差がとても大きいのだ。
しかし、エリンの尖った耳がぴくりと動く。
「……でも……ああ、でもエリン感じるよ。誰かが追われてる。そしてたくさんの気配が追って来ている」
「そうだ、エリン。その感覚は大事にするんだ、敵が来たらすぐに分かるからな」
ダンはそう言うと、いきなりエリンを横抱きにする。
「え? これって」
「うん! エリンの思った通りさ、
ダンの放った言霊により、ふたりの身体が浮き、凄まじい速度で上昇する。
気まぐれな