第93話「貴女はもしや?」
文字数 2,323文字
時間は、午後2時を大きく過ぎていた……
人気がある店ゆえ、ランチタイムに引き続き、客足が途切れる事はない。
何と店主のモーリスは最近、昼からの『通し営業』を始めていたのだ。
孫娘代わりのニーナが居なくなった寂しさを、たくさん働いて紛らわせる為に。
しかし、ダンと旅立ったニーナは、僅か1か月で王都へ帰って来てくれた。
そして今回の『里帰り』で、エリンとニーナは給仕担当として、手伝いに入っている。
一時的とはいえ、ニーナとまた働けるとあって、モーリスも機嫌が良い。
厨房で、生き生きと働いている。
今日、ベアトリスとの『謁見』が終わったら、ダンはふたりの待つ英雄亭へ戻る事になっていた。
謁見の時間はきっちり決まっていたので、ダンが英雄亭に現れる時間も凡そ予測はついていたのだ。
当然、エリンとニーナはダンの帰りを心待ちにしていたのである。
そしてほぼ予定通り……ダンは戻って来た。
「ダン、お帰り~」
「ダンさん、お帰りなさい」
エリンとニーナが、ダンを労わる。
しかし、店内に入って来たダンはバツが悪そうな表情をしていた。
その理由を、エリンはダンが戻る前から分かっている。
「ダン……何であいつを連れて来たの?」
不満そうに抗議するエリンに、ダンは頭を掻く。
「ああ、済まん……不可抗力だった」
「むむむ~、困る!」
エリンの眉間に、皺が寄った。
腕組みをして頬を膨らませる。
「えっと、不可抗力……ですか?」
ニーナだけは、わけが分からなかった。
不思議そうに首を傾げるニーナの傍らで、ダンとエリンは渋い表情をしていた。
「ダン……ヴィリヤの熱い波動がこの前より凄く強くなっているけど……」
「ああ、エリンと一緒に会ってからもう1か月経っているし、思い直してくれたかと思ったけど……駄目だったようだ」
ダンは相変わらず後を追うヴィリヤを認識していたし、エリンは気配察知の能力で、気付いていた。
ヴィリヤが、ダンを追って来るのを。
「えっと……ヴィリヤさんって……ああ、そうなんですね」
『姉』から『宿敵』の名を聞いたニーナが漸く事態を認識した。
ダンに対する、ヴィリヤの恋心は醒めていなかったのだ。
姉エリンの、予想通りに。
エリンは、「やはり勘が当たってしまった」と苦々しい表情になる。
「そう……あのヴィリヤだよ、ニーナ」
エリンが、そう返した時……
ヴィリヤとゲルダのエルフ主従が、「そろそろ」と店内へ入って来た。
「きょろきょろ」しているのは……どうやらダンを探しているらしい。
ダンとエリンは顔を見合わせて、大きくため息をついたのである。
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「いらっしゃいませ! 英雄亭へようこそ!」
そんなふたりの前に立ったのは、メイド服姿のニーナであった。
ダンからは
ヴィリヤ相手では、エリンがやりにくいだろうと考え、自ら接客を買って出たのである。
「ええっと……」
しかし、ヴィリヤはニーナを完全にスルー。
全く、視野に入れていない。
目を凝らして、店内のあちこちを見ていた。
最早、ヴィリヤの頭の中には、ダンの事だけしか無いのである。
だが……
ヴィリヤが必死に、店内を見回しても探しても……ダンは見当たらない。
一方、ニーナは諦めず、再びヴィリヤへ声を掛ける。
「あの~」
何度か、声を掛けられて……
ヴィリヤが、漸く目の前のニーナに気付く。
しかし、ヴィリヤの認識は『単なる店員A』
……ただそれだけである。
英雄亭へ入った、ヴィリヤの目的はひとつだ。
だから、『店員』へする質問も当然決まっている。
「ねぇ、貴女、この店の店員でしょう? なら知っていますね! ダンは! ダンはどこ?」
縋るようなヴィリヤの視線。
ニーナは目の前のエルフの事を、ダンとエリンの話でしか知らない。
ダンの事が、好きなのは様子で分かる。
なら自分や『姉』のエリンと同じ。
ほんの少しだけ……興味が出て来た。
見たところ、目の前のエルフは、そんなに酷い人物だとは思えない。
姉エリンが、言うほどには。
しかし、ニーナの想像は大いなる誤解となる。
確かにヴィリヤは、『完全な悪女』ではない。
それ以前に大きな問題があったのだ。
尋ねられたニーナは、正直に答える。
「ダンさんは仕事ですよ」
「仕事?」
「はい! これから私達と一緒に仕事です」
ニーナの言った事は、本当である。
ダンもこれから、嫁達と共に英雄亭の仕事を手伝うから。
しかし、ヴィリヤにはニーナの口調が気になった。
私達?
一緒に仕事?
愛するダンの事を、親し気な雰囲気で話すメイド服の少女。
ヴィリヤへインプットされていた、ダンの言葉が甦る。
『もうひとりの妻』と。
こうなるとヴィリヤは、目の前の少女がとても気になってしまう。
メイド服姿が、とても良く似合う人間族の少女。
栗色の綺麗な髪を三つ編みにした少女。
大きな鳶色の瞳が、「くりっ」とした栗鼠のような可憐な少女。
突き出た胸は、あのエリンと同じくらい大きい。
「私達って? 貴女、もしや!」
ヴィリヤは自分の直感を確かめようと、大きく声を張り上げたのであった。