第127話「エリンとヴィリヤ⑤」

文字数 2,139文字

 ダンとの恋が実らない。
 エリンと結んだ深い絆を聞いたら、入り込める余地などない。
 ほぼ絶望的となった……
 あまりにも悲しくて、我慢出来なくなり、ヴィリヤは嗚咽していた。

「ヴィリヤ……」

「…………」

 エリンが呼び掛けても、ヴィリヤは黙って泣くばかり……
 更にヴィリヤの発する悲しみで、エリンの身体は、ちくちく刺すような痛みを感じていた。

 そう……
 エリンには、ダークエルフ特有の能力がある。
 他種族に比べ、様々な気配を読むのに長けているのだ。
 ダンと一緒に森を探索した時、鹿や狼の気配を察知したのは、この能力なのである。

 気配とは、対象が存在を発する合図、すなわち波動。
 そして波動は、対象者の『感情』をも運んで来る。

 泣き出したヴィリヤの波動も、彼女の悲しみの感情を、エリンへ報せて来た。

 私は、もう駄目だ!
 二度と、取り返しがつかない事をしてしまった!
 自分のつまらない失策で、ダンの気持ちを失ってしまった。
 彼はもう私を愛してはくれない。
 単に仕事だけの繋がり……
 ……立ち直れない。

 波動を読むまでもなく、ヴィリヤは傍から見ても分かるくらいに落ち込んでいた。

 悲しむヴィリヤを見て、エリンは葛藤している。
 叶わぬ恋に、もだえ苦しむヴィリヤの事が、可哀そうになっているのだ。

 しかしヴィリヤは……ダークエルフの宿敵、エルフである。

 そもそもエルフが何故、ダークエルフの宿敵なのか?
 それは、今は亡きエリンの父が教えてくれたから。
 憎むべき存在だと……

 エルフは、とても酷い奴等だと父は言っていた。

 祖先が同じだと言われるダークエルフを、殊の外、目の敵にする。
 否、ダークエルフだけではない。
 エルフは高慢な性格故、さしたる理由もなく他種族全てを、蔑視するというのだ。

 父の発する憎しみの叫びを、物心ついた時から、エリンは聞いていた。

 熱を帯びる父の、エルフに対する非難は止まらない。
 己が容姿と知性に絶対の自信を持ち、何かにつけ鼻にかけた物言いをする。
 常に計算高くて、ずる賢い等々。

 尊敬する父から毎日、そう聞かされていたらエリンもそう信じ、エルフを憎まざるをえない。
 更に父は……激しい憎しみの籠った目で、こうも言っていた。

 ダークエルフが地上から追放されたのは、エルフが創世神へ『諫言』したのが原因だと。
 ありもしないダークエルフの罪をでっちあげたと。
 
 もしも父の言う事が事実なら……
 ダークエルフは、エルフの工作による冤罪の為に、住んでいた地上を追われた事になる。
 そんな事は絶対に許せない、鬼畜にも劣る悪魔の所業である。

 そんなエルフとは到底、一緒になどやっていけない。
 クランを組むどころか、同じ空気を吸うのだって、不可能だっただろう。

 しかし、エリンの目の前に居るヴィリヤは、そんな女の子ではなかった。
 初めて会った時こそ、やたら「つんつん」してプライドが高く、鼻持ちならない子だと感じたが……

 じっくり話してみたら、『素』は違っていた。
 むしろ自分と似ていた。

 ヴィリヤは、あまり器用ではない。
 むしろ不器用だと言い切って良い。
 計算高くなど、けしてなく、自分の気持ちに忠実である。
 
 それどころか、不器用ながらもいつも全力で頑張る、まっすぐな優しい女の子だった。
 オークの出現で混乱し、我を忘れ暴走しかけたエリンを、自らの身体を張って救ってくれたのだから。

 そう!
 違う!
 違うのだ!
 父から聞いていた悪辣なエルフとは……ヴィリヤは全く違うのだ。

 宿敵エルフであれ……
 ヴィリヤは、同じ人間の男を愛した女……
 自分と同じ……

 エリンはふと、自分がダンと出会ったばかりの時を思い出していた。

 あの時、エリンは必死だった。
 連れて行ってくれと、泣いてわめいて、ダンにとりすがった。
 高貴なダークエルフの王女とも思えない、酷い醜態をさらしたと思う。
 
 良く良く考えてみれば……
 あの時、泣いてわめいた自分も、今、目の前で嗚咽するヴィリヤも……
 全く同じではないか……

「ふっ」

 思わず微笑んだエリンの……心は決まっていた。
 この気持ちは、……ニーナの時と一緒だ。
 エリンはニーナの真っすぐな気持ちを知り、受け入れる事を決めた。
 最後は、ダンの気持ちに一任するとして。

「ふ!」

 またエリンは笑ってしまった。
 先程より、もっと大きな声で。

 そう!
 ダンは優しい。
 女子の押しに弱い。
 一途に思いを寄せる女子を、きっぱり突き放せない。

 そんな態度が、女子を悪戯に誤解させ、トラブルのもとにもなる。
 本当に、馬鹿だと思う。
 でも、種族や老若男女問わず誰にでも優しい。
 そんなダンが……エリンは大好きなのだ。

 ふと、エリンはダンを見た。
 彼は少し離れた場所で横になり、ぐっすりと眠っている。
 何も考えていないような無邪気な寝顔をして……

 つい「くすり」と笑ったエリンは、心の底からダンが愛おしいと、感じてしまったのであった。
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登場人物紹介

☆ダン・シリウス

本作の主人公。人間族の男子。

魔法、体術ともに圧倒的な強さを誇る魔法使い。

特に火と風の魔法を得意とする。

飄々とした物言いだが、性格は冷静沈着、情に厚い部分も。但し、女性に対しては基本的に奥手。

召喚された異世界で、創世神の神託が出る度、世界へ降りかかる災いを払う役目を負わされた。

だが王都暮らしを嫌い、一旦役目を果たせば、次の神託まで、普段は山里に隠れるように住んでいる。

ある時『世界の災厄である悪魔王』を倒す仕事を請け負い、絶体絶命のピンチに陥ったエリンを、偶然に助けた。

☆エリン・ラッルッカ

地の底深く暮らす、呪われしダークエルフ族の王女。地の魔法の使い手。

突如、攻めて来た悪魔王とその眷属により、父と一族全員を殺される。

しかし、悲しみに耐え、前向きに生きると決意。

絶体絶命の危機を救ってくれたダンと共に、地上へ……

ダンの自宅へ強引に『押しかけ』た。

☆ヴィリヤ・アスピヴァーラ

エルフ族の国、イエーラから来た、アイディール王国王宮魔法使い。

水の魔法の使い手。エルフ族の長ソウェルの孫娘。

ダンを異世界から、『勇者』として召喚した。 

傲慢な振る舞いを、ある日ダンからたしなめられ、以来熱い想いを抱くようになる。

☆ニーナ

人間族の国アイディール王国王都トライアンフ在住の女子、ビストロ英雄亭に給仕担当として勤める。孤児であり、両親は居ない。双子の兄が居たが、ある迷宮で死んだらしい。

以前店で仕事中、ガラの悪い冒険者に絡まれた。だが、ダンに助けられ、彼に片思い状態である。

☆ベアトリス・アイディール

アイディール王国王女にして、創世神の巫女。

ある日突然、巫女の力を得ると共に、身体の自由を殆ど失い、更に盲目となった。

ダンに神託を与え、世界へふりかかる災厄を防ぐ。

巫女として役目を果たす事に生き甲斐を感じながら、自らの将来に対し、大きな不安を抱えている。

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