第28話「ダンの告白③」

文字数 2,613文字

 ダンの表情に、笑顔が戻る。
 今迄以上の、元気が湧き上がる。
 愛する人の優しい励ましは、何よりの力になるからだ。

 エリンも安心する。
 目の前にあるのは、いつもの優しいダンの笑顔だ。

「エリン、酷い事言って本当に御免よ! そしてありがとう! ……話を続けて良いか?」

「うん!」

 エリンは嬉しくなって、大きな声で返事をした。
 「ホッ」としたダンは、話を再開する。

「一方的で勝手な召喚に対して、俺は猛然と抗議した。元居た世界に戻せと、だが奴は完全無視した上に、俺を便利屋……いや奴隷みたいに使おうとしたんだ」

「奴隷?」

「ああ、召喚されて最初の3か月間は酷いものだったよ。毎日訓練と魔物狩りで休みなしだった。睡眠時間も一日2時間なかった」

「え? 3か月休みなし? それに殆ど寝かせてくれないなんて、酷いねぇ」

「だろう? どれだけブラック企業だよって感じさ。これはお前の為だぞとか適当に言いやがって……確かに剣の腕は格段に上達して、いろいろな魔法も使えるようになったけど」

「訓練には、なったんだ」

「一応な。だけど何かあいつの様子がおかしいと調べたら、全ては王家の命令と、俺には嘘をついていた。本当は冒険者ギルドの依頼を勝手に受けて、俺が貰う筈の報酬をピンハネしていやがったんだ」

「ピンハネ?」

 エリンは「きょとん」とした。
 さっきから『ブラック企業』とか、『ピンハネ』とかダンの話の中に意味不明の言葉が混ざる。

 ダンは「申し訳ない」というように苦笑する。

「ははは、ピンハネの意味が分からなかったか? 無理もない、御免。俺が働いたのに、あいつが冒険者ギルドから出た報酬を全部懐に入れていたんだよ、俺にはまっずい飯だけ食わせてさ」

 ダンが、3か月ただ働き?
 それは酷い!
 少なくとも、偉大な勇者に対する対応ではない。

「うわ、せこい悪党!」

「ああ、召喚魔法の準備とか日々の生活にもの凄い経費がかかったとか言い訳していたけど……女だからせこい悪女だな」

「悪女って……もしかして」

「ああ、エリンの思った通り……俺を呼び出した魔法使いっていうのは、このアイディール王国の王宮魔法使いヴィリヤ・アスピヴァーラ、リョースアールヴの女だ」

「う~、その女、いろいろな意味でエリンの宿敵」

 エリンは、拳を強く握り締める。
 やっぱりそうだ。
 リョースアールヴは、創世神に寵愛されている事を鼻にかけた、プライドばかり高くて嫌な奴等なのだ。
 少なくともエリンは、亡き父からそう教えられ、古文書でもそう学んでいた。

 ダンも大きく頷いている。

「ああ、俺もそうさ。さっきはエリンに話しているうちに、ついあいつの憎たらしい顔が目に浮かんでね」

「エリン、そいつの顔見た事ないけど、ホント憎たらしそう」

「おう、矢鱈プライドが高くて、いつもフンって感じで、鼻が天を向いてとんがっている。俺はあいつのピンハネを知って我慢出来なくなって、お仕置きしてやった」

 リョースア-ルヴ女にお仕置き?
 何だろう?
 エリンは少し気になった。

「お仕置きって? もしかして……ぶったり酷い事したの?」

「ああ、ほんの軽くだが……お尻をペンペ~ンとな」

 エリンはホッとした。

 目を閉じたエリンの頭の中に、つんと気取ったリョースアールヴの女がダンに抱えられ、お尻を打たれるシーンが浮かんだ。
 打たれる尻が痛くて、思いっきり泣き叫んだであろう女の顔を想像して、エリンは思わず笑ってしまう。

「ぶはっ! それ可笑しい。ぺんぺんって悪いことした子供へのお仕置きみたい」

「うん、俺を散々タダ働きさせた罰さ。束縛の魔法で縛ってから叩いたよ。いやぁとか、エッチとか、鬼畜とか言ってたけど、10発ほど叩いたらあいつ大人しくなってな。意外にも御免なさぁいって泣いちゃったんだ」

 やはりというか、リョースアールヴの女魔法使いはエリンの想像通りに泣いていた。
 当然、エリンは同情などしない。

「ふうん、少しは可愛げがあったんだね」

「おお、そうだな。それで泣き止んだあいつに、何故俺を召喚したのか聞いた。そうしたら王宮に創世神の巫女とやらが居てその神託を受けたんだと」

「やっぱり創世神様の?」

「ああ、きっかけはな……その神託を受けてあいつが俺を召喚した」

 徐々に、ダンの話が核心に近づいて来た。
 エリンはそう感じて、表情が真剣になる。

 無言で話を聞きたいとせがむエリンに、ダンは話を続けてくれた。

「で、俺は反省したあいつを連れてこの国の王宮へ行った。そして宰相様……国王の弟に会った。勇者召喚成功って口実でな」

「そ、それで……どうなったの?」

「うん、俺は宰相へ全てを話した。俺自身、勇者の力なんてないし、こんなの理不尽過ぎるから元の世界へ帰してくれって。そうしたら、勇者召喚の魔法は一方通行だから、元の世界には帰る事が出来ないと言われた。俺はがっかりして、だったら自由をくれと要求したんだ」

「自由を要求? ダンが」

「おお、その宰相様が意外にも凄く話の分かる良い人だった。たま~に王国から出す依頼をこなせば、今迄みたいにこきつかったりしない、それなりの報酬も渡すって約束してくれたのさ。その上、自由に暮らすのも認めるって了解してくれたんだ」

「へぇ! よかったね」

 エリンは、素直に喜んだ。
 ダンを召喚したこの王国は、間違いなく彼を勇者として見ている。
 普通なら貴重な人材である勇者を、絶対手元に置いときたがる筈だ。
 それを、ダンがこのように気儘な暮らしが出来るよう解放してくれた。

 ダンが会った宰相という人は、凄く度量の大きい人だとエリンも思う。

 穏やかな表情のダンは、じっとエリンを見つめる。

「それで王都から少し離れたこの家をくれて、俺はひとりで自由気ままに暮らす事になった。アルバート達って監視付きだけど……その後、何回か王国からの依頼をこなした。今回、魔王討伐の依頼を受けて地下世界へ行った時に……エリン、お前と出会った。そういう事なんだ」

 ダンは話し終わると、大きく息を吐いた。
 
 しかしエリンを見つめる眼差しには、かけがえのない大事な人だという強い思いが込められていたのであった。
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登場人物紹介

☆ダン・シリウス

本作の主人公。人間族の男子。

魔法、体術ともに圧倒的な強さを誇る魔法使い。

特に火と風の魔法を得意とする。

飄々とした物言いだが、性格は冷静沈着、情に厚い部分も。但し、女性に対しては基本的に奥手。

召喚された異世界で、創世神の神託が出る度、世界へ降りかかる災いを払う役目を負わされた。

だが王都暮らしを嫌い、一旦役目を果たせば、次の神託まで、普段は山里に隠れるように住んでいる。

ある時『世界の災厄である悪魔王』を倒す仕事を請け負い、絶体絶命のピンチに陥ったエリンを、偶然に助けた。

☆エリン・ラッルッカ

地の底深く暮らす、呪われしダークエルフ族の王女。地の魔法の使い手。

突如、攻めて来た悪魔王とその眷属により、父と一族全員を殺される。

しかし、悲しみに耐え、前向きに生きると決意。

絶体絶命の危機を救ってくれたダンと共に、地上へ……

ダンの自宅へ強引に『押しかけ』た。

☆ヴィリヤ・アスピヴァーラ

エルフ族の国、イエーラから来た、アイディール王国王宮魔法使い。

水の魔法の使い手。エルフ族の長ソウェルの孫娘。

ダンを異世界から、『勇者』として召喚した。 

傲慢な振る舞いを、ある日ダンからたしなめられ、以来熱い想いを抱くようになる。

☆ニーナ

人間族の国アイディール王国王都トライアンフ在住の女子、ビストロ英雄亭に給仕担当として勤める。孤児であり、両親は居ない。双子の兄が居たが、ある迷宮で死んだらしい。

以前店で仕事中、ガラの悪い冒険者に絡まれた。だが、ダンに助けられ、彼に片思い状態である。

☆ベアトリス・アイディール

アイディール王国王女にして、創世神の巫女。

ある日突然、巫女の力を得ると共に、身体の自由を殆ど失い、更に盲目となった。

ダンに神託を与え、世界へふりかかる災厄を防ぐ。

巫女として役目を果たす事に生き甲斐を感じながら、自らの将来に対し、大きな不安を抱えている。

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