第26話「ダンの告白①」
文字数 2,513文字
エリンが、「ぺろり」と舌で唇を舐めた。
楽しい夕飯が終わり、ハーブティーを飲みながら、エリンはうっとりしている。
昼間食べた焼き魚は勿論、ダンは他に魚料理を作ってくれた。
ひとつはフライパンで鱒を焼いたバターソテー、そしてもうひとつは鱒と野菜を煮込んだスープである。
焼き魚とは全く違う、バターの風味にエリンは吃驚した。
エリンが見た事もない、牛という動物の乳から作ったという。
そして鱒のスープも、ウサギの肉を使ったものとは全く違う味わいで、あっという間に完食してしまったのである。
勿論トム達にも、焼いた鱒がたっぷりと大盤振る舞いされている。
興奮冷めやらぬエリンは、大きな声で言う。
「ダン! 料理方法を変えれば、同じ魚でこれだけ味が違うんだ!」
「そうだな、鱒の料理はまだまだたくさんあるぞ」
まだまだ違う料理がたくさんある?
エリンは驚き、感動した。
「あう! 料理って凄いんだねぇ。エリン、感動しちゃったよ。今度はエリンもぜひ、作りたい、作ってみたいよぉ」
「そうか? 俺のなんて全く素人料理だけどそれで良ければ教えるよ」
「ううん! ダンはダークエルフの料理長と同じくらい凄いよ」
エリンはダンの愛情のこもった料理を食べて、地下世界に居た頃に可愛がってくれた料理長を思い出した。
ダークエルフ達が作る、料理の食材や調理方法は全然違う。
けれど、作った料理をエリンが美味しいと言うと、料理長はとても喜んでいたのである。
ダンとしては、エリンに喜んで欲しい。
だから、つい言ってしまう。
「ははは、その人が居れば、俺もプロの料理を習えたのにな」
「うん……もし居ればエリンも凄く嬉しいのに……だけど、料理長、エリンを守って死んじゃった……」
エリンの目が、遠くなっている。
……もう、エリンに同族は居ない。
父も料理長も、仲間全てがこの世には居ないのだ。
ダンの表情も辛くなる。
愛するエリンの悲しみが、まるで自分の悲しみのように感じるから。
「……そうか、御免、エリン」
「うう、あうあう……」
エリンは、料理長との思い出を呼び覚まされて感極まったらしい。
美しい菫色の瞳が、涙に濡れていた。
「エリン……」
思わずエリンの名を呼ぶダンに、エリンは切々と訴える。
「ダンは絶対に死んじゃダメだよ! エリンを置いて、どこかに行くのもいけないよぉ」
叫ぶように言い放つエリンを、ダンは「きゅっ」と抱き締めた。
「分かっているさ。俺はエリンの傍に居る」
「約束だよ、ダン」
エリンは安心する。
抱き締められた確かさは、夢ではなくはっきりとした現実なのだ。
もうたったひとりぼっちではない。
自分には、ダンが居る。
襲い来る孤独も、わけが分からない差別も怖くない!
ダンが居るから、全然怖くないのだ。
愛するふたりは、しっかり抱き合って元気が出る。
「さあ、エリン。後片付けしよう」
「了解!」
ダンとエリンは一緒に、張り切って食事の片づけをしたのである。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
夕飯後、風呂に入ってさっぱりしたのに……
ダンとエリンは、また汗だくになってしまった。
何故ならば……
ふたりは昨夜以上に激しく愛し合ったのである。
初めて好きになった相手を、もっともっと愛したい。
相手を絶対に、絶対に失いたくない!
そんな、強い気持ちの表れであった。
ふたりは今、ベッドでまどろんでいる。
「ダン、ダン、ダーン!」
大きな声で呼ぶエリンが、ダンの胸に鼻をすりすりしていた。
「ははは、エリンは甘えん坊だな」
「うふふ、だってぇ……」
ダンはもう、エリンが可愛くて堪らない。
安心しきって、胸の中で甘えるエリンを決して手放したくない。
そんなダンの脳裏に、突然アルバート達の忌まわしい言葉が甦って来た。
しかし、可憐なエリンを見たら事実とは思えない。
こんなに愛らしい少女が呪われているって?
馬鹿馬鹿しい!
一方のエリンは、今日一日の出来事を思い出していた。
高い木の上からダンと一緒に見た、地上の素晴らしい風景……
まだ、はっきりと目に焼き付いている。
生まれて初めての魚釣りは、吃驚したけど面白かった。
そして、魚という生き物がこんなに美味しいという衝撃の事実。
冗談を言い合える、優しい家族が居る充実した暮らしは、エリンにとってこの上ない幸せだ。
そして、大好きなダンにたっぷり愛して貰った。
エリンはとても満ち足りていたのである。
「ダン、これが女の幸せって奴?」
「おお、この前の相思相愛とか、女の幸せとか、エリンはたまに凄い事言うなぁ……」
「ええっ? たまになの?」
エリンは、不満そうに口を尖らせた。
勿論『ポーズ』である。
他愛のない会話。
意味のなさそうな会話。
他人から見れば、何気なく過ごしている、平凡な時間に見えるかもしれない。
だけど、ダンとエリンのふたりにとっては、大事な思い出の積み重ねとなる。
「ははははは」
「うふふ」
エリンの笑顔を見るダンが、何か決心したという表情で口を開く。
「エリン……俺はお前の事がもっと知りたい」
「うん、エリン、教えるよ」
「そうか、ありがとう。でも俺の事も知って欲しいんだ」
「エリンもダンの事もっともっと知りたい! 知らない事がい~っぱいあるんだもん!」
「じゃあ……まず俺の事を話そうか?」
ダンが、大事な話をする。
とても大事な話を。
エリンにはピンと来た。
「ごくり」と喉が鳴る。
「エリン、驚かないで聞いて欲しいんだ……俺はこの世界の人間じゃない」
「え?」
「ぽかん」とするエリンを、見つめるダンの表情。
……それは初めてエリンが見る、「怖い!」というくらい真剣なものであったのだ。